− Long Goodbye −
バイクに乗り始めて20年以上もの年月が過ぎた。
いつも楽しいことばかりだった訳じゃない。
悲しいときもつらいときもバイクに乗っていた時期があった。
バイクに纏わる「別れ」というシチュエーションはたくさんある。
新しい愛車を購入したときの古い愛車との別れ。
バイクを手放し、そしておりていった仲間との別れ。
緊張しながら初めて後ろに乗せた彼女との別れ。
いろんな別れを経た今でも僕はバイクに乗っている。
いや、むしろバイクと別れられないと言った方が正しいのかもしれない。
そして僕には、決して忘れることのできない、いや忘れてはならない別れがある。
あいつと出会ったのは寒い2月のことだった。
その日僕は、革ジャンとGパンでフラリとバイクで出掛けた。
何処に行くともなく、街中を抜けて郊外へ向けてバイクを走らせていた。
交通量の多いバイパスで車の流れを左右のフットワークでかわし、
凍てついた空気を切り裂くようにひとしきり加速した後、
あったかい缶コーヒーを飲むために公園の駐車場に入った。
メットを脱いでタバコに火をつけ、大きく白い息を吐いた。
そこにあいつは車で現れた。
僕のバイクにゆっくりと近寄ってきて、そしてすぐ横に車を停めた。
「こんにちは。寒くない?」
子供のように無邪気に微笑みながら、あいつはそう言った。
街中を走っているとき、猛スピードで横を抜いていったバイクを追いかけてきたらしい。
「バックミラーに映ったと思ったら、すぐに前に出て小さくなってった。」
「こんな大きいバイクだったらスピードも出そうだね。」
「でもこの時期、車の方が暖かいよ。バイクも気持ちいいんだろうけど。」
にこやかにゆっくりと話す、人懐っこい感じがなぜか憎めなかった。
これがあいつとの出会いだった。
僕たちは不思議とすぐに打ち解け、それからその公園でいろんな話をした。
お互い似たところがあったのだろうか、まるで何年も前からの知り合いのような感じがした。
時間はあっという間に過ぎて行き、やがて夕暮れが近づいてきた。
「今度一緒にメシでも食いに行こう。」僕たちは再会を約束した。
それから僕たちはどんどん親しくなっていった。暇を見つけては会い、電話をし、
食事をし、ドライブをし、会わない間に起こったいろんなことを報告した。
あいつはバイクには乗っていなかった。乗りたいとも言わなかった。
でも、僕のバイクの話をいつもうれしそうに聞いてくれた。
まだ若かった僕たちは、時には漠然と将来の夢を話したりもした。
話をしているだけで、あいつの考えが僕の考えとシンクロしているのが分かった。
そして僕たちは、いつの間にかお互いになくてはならない存在になっていった。
知り合って1年が過ぎた頃、僕は信じられない言葉をあいつの口から聞いた。
『そのうち会えなくなる時がくる。必ず別れがやってくる。』
いつもにこやかに話すあいつが、珍しくまじめな顔で話しをしている間、
僕はあいつが何を言っているのか分からなかった。いや、分かろうとしなかった。
当時の僕はそんなことは想像できなかったし、信じたくもなかった。
あいつがいつかは僕の目の前からいなくなるなんて…そんなのウソに決まってるさ。
僕は心の中で、何も聞かなかったことにしていた。
それからというもの、あいつも僕も、平静を装いながら変わらずに過ごしていたに違いない。
会えばいつものように冗談を言い、穏やかに笑って話をした。
でも、別れの時は確実に迫ってきていた。
ある時あいつは、いいところへ連れて行ってやると言って夜に僕を呼び出した。
何もない真っ暗な山道を少し入ったところであいつは静かに車を停めた。
ヘッドライトを消すと、目の前の暗闇の中に無数の蛍が飛んでいるのが見えた。
僕はじっと息を呑んで美しい光の乱舞にしばらく見とれていた。
幻想的に舞う小さな光を見つめながら、「儚い命なのに一生懸命飛んでいるんだよ。」
あいつはそんな哀しいセリフを穏やかな笑顔でつぶやいた。
その夜、僕とあいつは車の中で、蛍が舞っているのをいつまでも見守っていた。
それから数ヶ月。別れの日は突然やってきた。
このまま会えなくなるなんて信じられなかった。
このままあいつが手の届かない所へ行ってしまうのを信じたくなかった。
どうすることもできない自分が悔しかった。
涙が止まらなかった。人目もはばからずに僕は大声で泣いた。
あいつも涙を流しながら、初めて出会った時に見せた無邪気な微笑みを精一杯浮かべてくれた。
心が引き裂かれる思いだった。あいつと出会った運命を恨んだ。
いつかあいつに、「分かれることになるくらいなら出会わなければ良かった」と言ったとき、
「本当にそう思う?」と悲しそうな目で怒られたことがあった。
もちろん本心なんかじゃない。でも出会いだけを与えてくれたのなら…と悔やんだのは事実だ。
僕とあいつの最後の日。
静かに横たわったあいつは、小さな手を力なく握り締めて小さな声で僕の名前を呼んだ。
僕はあいつの両手を自分の両手で包み込んであいつの名前を呼び続けた。
ずっと、ずっと、あいつの声が聞こえなくなるまでずっと…。
二人の永遠の別れの日、あいつの言った最後の言葉を僕は一生忘れない。
小さな手から伝わってきた、あいつのぬくもりを僕は一生忘れない。
あれからどれだけの年月が流れただろうか。
もう二度と行くことはないだろう、そう思っていた場所に僕はバイクで訪れた。
あいつとここで最後の待ち合わせをした日と同じように、
僕は途中にある自動販売機で缶ジュースを2本買って行った。
1本は僕の缶コーヒー、そしてもう1本はあいつが好きだったオレンジジュース。

ひっそりとした静かな小道を通り、僕は想い出の場所に辿り着いた。
道は少し変わっていたけれど、景色は何も変わっちゃいなかった。
そう、すべてがあの頃のまま。時間が止まったような木漏れ日の中で、
僕はメットを脱いでタバコに火をつけ、静寂の中で大きく息を吐いた。
今にもあいつが笑顔で現れそうな、そんな静かな午後だった。
想い出を一つ一つたどりながら、僕はベンチに座ってひとしきり泣いた。
あいつとの数年間の想い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡って行った。
泣き疲れて涙が流れなくなった頃、僕はバイクのエンジンをかけた。
「さようなら…。ありがとう…。」そうヘルメットの中でつぶやいてその場所を後にした。
あいつとの最後の別れの日、素直に言えなかった言葉が、やっと言えた。
“It’s time for a long goodbye 想い出は永遠に・・・”
あいつがいつでも見守ってくれている、そう信じて僕はバイクに乗り続ける。