フィリピン人の遺骨が盗まれる


The Times   http://www.thetimes.co.uk/
2011/9/26の記事 Japanese veterans charity 'stole Filipino bodies'
の翻訳を掲載します。Timesのサイトは、記事検索は会員のみになります。
元記事を読まれたい方は、図書館等でお探し下さい。

追記:2011/11/11
※元記事の "veterans charity" では「遺族団体」になってしまいますが、
厚生労働省から事業を受託して遺骨収集を行っている団体は、遺族団体ではありません。

※厚生労働省「フィリピンでの遺骨帰還事業に関する検証報告書」
(2011年10月5日公表)は、下記からダウンロードして読むことができます。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001qkjd.html

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日本の遺族の慈善団体<訳者注:空援隊を指す>が「フィリピン人の骨を盗んだ」
リチャード・ロイド・パリー(アジア編集局)
翻訳:大崎正治

彼ら<空援隊>は第2次世界大戦で戦死した兵士の遺骨を日本に持ち帰るという高貴で理想にあふれた好意のつもり
で、フィリピンの遠隔の島々に渡り、ジャングルを抜けて進んだ。しかし、日本政府が恥を忍んで検査を行った結果、彼
らは今や、よくて無知な間抜けか、さもなければ最悪の墓泥棒と非難を浴びせられている。

漏れた報告書によれば、ある東京の慈善団体が女性や幼児を含むフィリピン人の遺骨を戦死した兵士として違法に日
本に持ち去った。日本の国立墓地に納められた遺骨の中には帝国陸軍の兵士ではなく、最近死亡したフィリピン人の
盗骨されたものが含まれているようだと言う。

日本の厚労省が書いたこの報告書では、この団体が意図して盗骨を行った証拠は無いというが、丁度フィリピン大統
領が来日したこの時期に出たので、きわめて困惑したことになった。

50万以上の日本兵士がフィリピンで死んだ。そのおおかたは、日本の無条件降伏以前にフィリピン解放で連合軍の進
軍した戦線で戦死した。そのうち38万人の骨が回収されていない。侵略の末敗北した日本兵は戦闘による傷害のほか
飢餓や病気で死んだが、1945年以後毎年、フィリピンの地方では住民が日本兵の錆びた兵器やぼろぼろの軍服ととも
に骨をジャングルから掘り出してきた。

フィリピンから毎年収集された遺骨は2006年頃にはわずか45体に減っていた。ところが、2009年に空援隊と名乗る団
体が日本政府の認可を受けて遺骨収集事業を引継ぎ、めざましい成績を挙げた。

最初の年だけで、彼らはじつに7,740体の遺骨を発見・収集した。昨年には若干減ったが、それでも6,289体も収集し
た。

けれども、空援隊のこの驚くべき成功はかえって、フィリピンを熟知して、65年前死んだ本当の日本兵の遺骨を人跡稀
な密林で収集する困難さを知る日本の生還兵たちから強い疑惑を買った。

こうして真実が暴露された。空援隊は、遺骨の所属する部隊や戦死の場所を示す歴史文書の裏付けのもとに苦労の
多い捜索をせずに、地域住民にカネを振りまきつつ、彼らが持ちこんだ遺骨を確かめもせずに受け取ったのである。

今年になって、日本遺族団体の役員とフィリピンの少数民族のリーダーが、先住民族委員会に文書を提出して、空援
隊の活動は「正義に反し、祖霊を汚し、社会的にも悪質だ」と書いて、空援隊がフィリピンでこれ以上活動を続けること
を許さないよう要請した。

さらにこの文書は、先住民の墓地が掘り上げられ、現地住民の遺骨を「日本兵のもの」として売られている事実を挙げ
て、「著しく嫌悪すべきこと」と呼んだ。

イフガオの先住民のリーダーであるセサール・ドルノワン氏は、「誰がわれわれの遺骨を持って帰ったのか知りません
が、彼らはたくさんの人から遺骨1体500ペソ(7.40ドル)で買って行きました」と述べた。彼はまた、空援隊がここに来て
遺骨捜索を開始してから、この民族の土地で計500体の骨が消えてしまったと語った。

別の先住民マンギャン族のリーダー、アニウ・ルパグ氏は、ミンドロ島では1600人の遺骨が盗まれたと述べた。

1945年に戦死した父親の遺骨を待っている一人の日本人、亀井亘氏はこう言っている。「地方の住民はみな山岳部で
質素に住む人々で、このようなインチキを考えつくような人たちではないです。彼らは骨を持って行けばオカネが合法的
にもらえると聞いて、遺骨をオカネもうけの手段と思ったのはありうるでしょう。」

亀井氏はこれまで、日本兵が戦死した場所とわかったところおよそ30カ所以上訪れた人物であるが、彼はTimes紙に
次のように語った。「遺骨の収集というものは、現場の人々と人間的な関係を築いてはじめて達成できることであって、
わずか1-2度村に入って、"日本兵の遺骨はどこにある?"と聞いたくらいでは、何も結果は得られないのです。」

2009年に空援隊の協力者富田カズヤは、100体分の遺骨を白色シートに包みトラックで運んでいるところを捕まって逮
捕された。しかし、地方の報道によると、彼に対する告発は、マニラの日本大使館が介入して取り下げられたという。

35万体の無名戦死者が納められている千鳥ヶ淵国立墓地には、問題のニセの遺骨の幾体かがすでに入っていると、
厚労省の報告書は認めた。

去る日曜日3日間の予定で訪日したアキノ大統領は、日本に持ち去られたフィリピン人の遺骨の返還をつよく求めるつ
もりだと語った。


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