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旧町名復活 全国の動向


旧町名 復活の動き

岩手県 盛岡市(更新日:2007/09/04)
2007/03 藩政時代の旧町名を愛称として活用する動きがみられ、市中心部の菜園地区を東西に通る市道の電柱に「亀楽町通」「高砂町通」の看板が登場したそうです。
2004/10/23 「第3回盛岡旧町名復活・井戸端会議」が開催される。
2003/06/28 「盛岡旧町名復活・井戸端会議」が開催される。
2003/05/31 「城下盛岡旧町名・井戸端会議」が開催される。
2002/09/03 市民団体「文化地層研究会」が「城下盛岡旧町名探求地図」を作製する。市民に大きな反響を呼ぶ。
宮城県 仙台市(更新日:2007/12/20)
2007年度の「歴史的町名復活検討委員会」の活動はここでご覧になれます。
2007年10月長崎市視察。
2006年10月金沢市視察。
2006/04 旧町名復活を目指した新事業「歴史的町名復活検討事業」を2006年度行うそうです。本年度は視察などの調査だけだそうですが、予算は1000万円を付いているそうです。
2005/12 報道によれば、来年度旧町名復活の方向で検討に着手するようです。
2002年 活用路線への標柱の設置を行い,「歴史的町名ハンドブック」が発行されました。
2001年 前年の提言により事業計画が作られ、「歴史的町名活用路線」が決まりました。
2000/06/01 「歴史的町名等活用推進委員会」が発足し、その提言により旧町名を道路の通称名として使うことを決める。
福島県 会津若松市(更新日:2004/12/01)
2002年 甲賀町一丁目住民が、「甲賀町」復活を求める請願を市議会に提出し、採択される。
2001年 「歴史的町名を復活させる会」が発足する。
東京都 千代田区(更新日:2007/08/01)
2007/08/01 東京都千代田区の旧町名の復活などを検討している区長の諮問機関「千代田区住居表示検討懇談会」(座長・小西徳応明治大教授)は、三崎町と猿楽町の二地域について、約四十年ぶりに「神田」を冠した旧町名に戻すよう求めた中間答申を石川雅己区長に提出したそうです。
これには住民の強い要望があったそうで、区はこれを受けて来月にも関係地域で意見交換会を実施し、合意を得た上で区議会に住居表示変更を諮る方針だそうです。異議はほとんどないとみられ、区民商工課は「企業に対しては変更決定から実際に施行するまで猶予期間をつくるなどして業務への支障を減らし、理解を求めていく」と説明しており、順調に進めば二、三年後には、都への届け出を経て二つの「神田」が復活する見通しです。
2004/11 三崎町、猿楽町の「神田冠称」の復活について、住民多数の署名を添えて要望書が提出されました。
東京都 中央区(更新日:2005/02/04)
2005/02/04 本年度に行われている町名のあり方に関する調査をより実りあるものとする為、町名にまつわるお話を聞く「町名等についての座談会」が開催されました。
2004/12 東京都中央区では、「区にふさわしい町名のあり方や活用策」を検討する為の「町名検討会」が設置され、12月に第1回委員会を開かれました。その中で、旧町名復活の可能性や旧町名を含む町名の活用について検討がなされているそうです。
東京都 台東区(更新日:2004/12/01)
2006年10月 7、8日の両日、旧町名活用事業『浅草猿若町を知る「165 年目の猿若町」』が開催されました。猿若町は江戸歌舞伎の始祖である猿若勘三郎にちなんで天保13年(1842年)に生まれた町で、芝居小屋や芝居茶屋が建てられ役者や芝居関係者の住まいがあったそうです。猿若町会ではこれまでも歴史書の作成(昭和48年)、ウォークラリー開催(平成15年)、シンポジウム開催(平成17年)等の活動を続けているそうです。
2004年 旧町名活用事業を区が募集し、事業費の一部を支援する制度を開始する。
「旧町名活用シンポジウム」(主催:台東区、後援:総務省)が開催される。
2003年 「旧町名活用研究会」が発足し、旧町名復活を視野に入れながら、旧町名を活用したまちづくりについての検討を始める。
2002年 台東区役所が、旧町名復活に関する法や制度、区民生活への影響の調査を行う。
旧町名消滅後も。自治会名や町内会名の多くが、旧町名を継承。学校名、公園名、駅名、バス停名などでも旧町名を利用している。
長野県 上田市(更新日:2007/01/20)
2007/01 戦国武将真田氏が上田城を築いた時に生まれた「海野町」と「原町」の復活に向け住民説明会が開かれるそうです。
2006年 市民を中心とした「歴史的地名と住居表示に関する研究会」の昨年一月の答申で、上田城が築かれた当初からの由緒ある地名で、現在も自治会の名称として使われている両町名復活が盛り込まれたという。
1989年 永野市長が掲げた選挙公約により「上田・城下町活性会旧町名復活研究打合せ会」が発足し、復活案の作成に着手したものの復活までは至らなかったそうです。
1982/01 旧町名復活運動が起ったものの復活までは至らなかったそうです。
富山県射水(いみず)市(更新日:2005/01/06)
2005/11/01 合併により誕生した新射水市で、「射水郡下村小杉」が古い地名である「射水市倉垣小杉」に変更となった。
2004/11/07 市と射水郡4町村が合併して平成17年3月に発足する「射水市」の合併協議会では、5市町村で同じ町名・字名を持つ17ヶ所について調整を行った結果、下村の小杉を「倉垣小杉」という古い地名に戻すことが決まった。
大分県豊後高田市(更新日:2005/03/31)
2005/03/31 新豊後高田市で、昭和に使っていた「是永町」「水取」「本町」「鍛冶屋町」「金谷町」「浜町」「新町」「新地」「今町」の9つの町名が復活した。
2004/09/30 豊後高田市と真玉町・香々地町が合併して平成17年3月に発足する新「豊後高田市」の合併協議会で、新しい住居表示を決定する際、昭和に使っていた9つの町名を復活させることが決まった。
1979年に旧豊後高田市と旧田染(たしぶ)村が合併した際、「大字高田」に変わった「是永町」「水取」「本町」「鍛冶屋町」「金谷町」「浜町」「新町」「新地」「今町」が復活することになった。
背景には、豊後高田市が昭和30年の町並みを再現した「昭和の町」で地域おこしを行っていることがあげられている。「昭和」への思いが、町名の復活へ繋がったと思われます。

地名街区方式による復活

※地名街区方式は大阪市が編み出した苦肉の策だったようです。
大阪市中央区(更新日:2008/05/08)
1988/ 大阪市が「渡辺町」を「久太郎町4丁目」に住居表示変更しようとしたが、ここが渡辺姓のルーツであった為、渡辺姓の末裔が作る全国渡辺会が名前の変更に反対したそうです。その結果、○丁目の次の番地代わりに「渡辺」残されることになりました。
現在ここにある「坐摩(いかすり)神社」は久太郎町4丁目渡辺−3。隣にある大阪神社庁が入っているビルは、久太郎町4丁目渡辺−6です。
埼玉県鴻巣市(更新日:2008/05/08)
2008/04  鴻巣駅東口に4月1日にオープンしばかりの駅前公園「エルミパーク」は本町1丁目3番であったが、地名街区方式の採用による40年前の町名復活が提案され旧町名が蘇った。復活したのは「宮本町」と「本一町」の2つで、それぞれ「本町1丁目宮本町」「本町1丁目本一町」となり、公園内の境界には表示板が設置されました。
 公園内には人が住んでおらず住所変更等市民生活への支障がないこと、費用があまり掛からないことなどが決め手となり、再開発組合や市の協力が得られたそうです。

旧町名 活用の動き

福岡県 福岡市(更新日:2007/07/06)
2007/07/06 大名一丁目町内会と大名紺屋町商店会では旧町名を『通り名』として復活し、電柱5本に名称と由来を掲示しました。
復活した名前は、「東小姓町通り」、「西小姓町通り」、「鉄砲町通り」の3つだそうです。
2006/08/25 報道によれば、福岡市中央区大名1丁目の紺屋町商店街周辺の通りに旧町名を愛称として復活させ、買い物客の利便性を向上させようという試みが進んでいるそうです。「鉄砲町」、「東小姓町」、「西小姓町」と云う旧町名に「通り」を加えて「鉄砲町通り」のように利用する計画のようで、九州電力の協力を得、町内会の承認を経て、早ければ10月ににも旧町名とそのいわれなどを説明する看板を電信柱に掲示する計画だそうです。


平成16年12月01日公開、平成20年05月08日更新