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銀屋町の歴史

年号(西暦) 出来事 記事
江戸初期 銀屋町が誕生する 銀屋町の誕生は江戸初期とされています。外町(文録元年(1592年)以降に作られた町)の一つです。江戸時代の始まりは慶長8年(1603年)ですので、それから元和10年(1624年)までの間に誕生したと思われます。
寛永年間
(1624〜1644年)
銀屋町と新銀屋町が合併して銀屋町となる 新銀屋町は新白銀町とも呼ばれたようで、皓台寺門前にあったようです。
寛文3年
(1663年)
寛文の大火 66町の内、全焼57町、半焼6町。復興時には、碁盤状に整備して町を作ったと聞いています。難を逃れた現在の金屋町辺りが当時のままなので、碁盤状の町並みではないそうです。
寛文12年
(1672年)
大町分割により長崎の町割が完成する 内町26ヶ町、外町54ヶ町の80ヶ町となり、明治元年まで変更がなかったそうです。(7年廻り11ヶ町ずつの踊り町)
文化3年
(1808年)
戸数224戸(553人) 長崎市中明細帖に銀屋町の戸数224戸、人数553(男294,女259)の記録があるそうです。
文政2年
(1819年)
大名行列を初奉納する
文政3年
(1820年)
傘鉾「流金出世鯉」が完成
天保9年
(1838年)
上野 彦馬 銀屋町に生まれる 日本初の職業写真家。文久2年(1861年)中島川河畔に「上野撮影局」を創設しました。
明治元年
(1868年)
高野 房太郎 銀屋町に生まれる 我国労働運動の先駆者。明治30年(1897年)日本初の近代的労働組合「鉄工組合」の中心人物で、生協活動の生みの親としても有名です。
大正元年
1912年
森 敦 銀屋町に生まれる 芥川賞作家。「月山」により昭和48年(1973年)第70回芥川賞を受賞しました。
大正年間 古賀 十二郎 銀屋町に居住 長崎の地方歴史家、洋学史研究者。長崎全般の歴史研究である「長崎学」を創始しました。
昭和10年
(1935年)
戸数124戸(725人)
昭和11年
(1936年)
大名行列(最後の奉納)
昭和35年
(1960年)
戸数146戸(716人)
昭和41年
(1966年)
町界町名変更により
古川町と鍛冶屋町になる
昭和57年
(1982年)
長崎大水害
昭和60年
(1985年)
鯱太鼓初奉納
平成7年
(1995年)
銀屋町公民館落成
平成13年
(2001年)
戸数150戸
平成19年
(2007年)
町名町界変更
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平成15年6月15日公開、平成19年1月9日更新