甲子園への道

 

ミレニアム

 

最終更新日 2000.11.3


 今年もディベート選手権(「ディベート甲子園」)に取り組んだ。初めてだった昨年とは,感じるものも違ったものだった。選手をはじめ多くの方々からのご要望により,今年の取り組みを簡単にまとめてみたい。


平成13年度へ向けた取り組みはここ!


<本文>  

 1.案内のハガキ   2.参加者募集    3.ジャッジから見たディベート講座    4.練習スタート

 5.選択「ディベート」   6.選手登録   7.出場チーム決定   8.練習   9.立論作成  

 10.東北大会へむけて   11.東北大会(出発)  12.東北大会(開会式)   

 13.東北大会(第1試合:対 いわき市立田人中)   14.東北大会(観戦:昼食)

 15.東北大会(準決勝:対 石巻市立湊中)   16.東北大会(決勝:対 いわき市立江名中)

 17.東北大会(閉会式:凱旋)  18.全国に向けて(登録)  19.全国大会(練習)  20.全国大会(出発)

 21.全国大会(開会式)   22.全国大会(予選第1試合:対 神戸大学附属明石中学校)   

 23.全国大会(引率教師オリエンテーション:レセプション)   24.全国大会(2日目の朝)

 25.全国大会(予選第2試合:対 私立創価中学校)    

 26.全国大会(予選第3試合:対 私立岡山白陵中学校)

 27.全国大会(決勝トーナメント抽選:昼食)     28.全国大会(準々決勝:対 私立東海中学校)

 29.全国大会(散策)   30.全国大会(3日目)  31.全国大会(帰路)  32.解散

 


ディベート甲子園 2000 立論集


<掲示板から> 激励の言葉の数々と選手の決意

 

<参考までに> 昨年度の取り組み 初出場 東北大会3位入賞!


1.案内のハガキ

 思えば,昨年は1枚のハガキからスタートした。それは,ディベート体験講座の案内で,それに興味を持った僕は山形大学まで出向き,初めて本格的にディベートを体験したのである。それがディベートへの取り組みの第一歩だったのだ。そして,気がつけば東北大会で3位。

 今年も同じようなハガキが学校に届いた。今年の講座の会場は仙台市である。ディベート体験講座には昨年参加したのでパスし,もうひとつの「ジャッジから見たディベート講座」に参加してみることにした。同時に,今年も大会への参加希望者がいるのかどうか,とりあえず生徒に投げかけてみることにした。

 

2.参加者募集

 ディベートの大会に出場するのは僕ではなく,4名の生徒である。まず,参加を希望する生徒がいるのかどうかが問題である。幸い昨年の生徒が東北大会で3位となり,ディベート大会の存在そのものは生徒たちに知られていたようである。しかし,今年の場合,僕は1年生の授業にしか顔を出していないので,大会の主力になるであろう3年生からどれだけの希望があるかは未知数だった。ただ,5クラスのうち1組だけは2年生の時に担当しており,授業の中でも簡単なディベートを取り入れていたので,そのクラスからの参加希望に望みをつないだ。1組にはかなり活躍するであろうと予想される生徒も数名いた。

 まず,簡単なポスターを作成し,社会科教室横の掲示板にさりげなく貼り付けておいた。3年生の授業がないので教室で宣伝することができないのが辛い。しかし,ポスターを掲示したその日のうちに参加希望者が僕の所に来た。しかも男子4人。それから少したってさらに男子2名が・・・。うれしい誤算である。けれども,1組からの参加希望者はいなかった(笑)。授業で宣伝できないので,僕は1組の目ぼしい生徒に声をかけていたが,彼女たちには簡単に振られてしまっていたのだ(笑)。ところが,何日かして,1組の女子生徒2名が参加を表明。彼女たちの力量は十分に知っていたので,とても嬉しかった。これで,とりあえず大会に参加できる見通しがたった。

 

3.ジャッジから見たディベート講座

 5月のある日,仙台市の宮城教育大学で行われた「ジャッジから見たディベート体験講座」に参加した。自分としては,仙台まで高速に乗って行くというのは,かなりの決心である(笑)。だが,試合で勝つことを考えれば,ジャッジがどのように判定を下すかを理解しておく必要があるのだ。会場は山の上にあり,近くにはコンビニもない。昼食を取ろうにも,日曜日ということで学食も休み。運良くカップラーメンの自販機を見つけ,これが昼食。気が付けば,僕と同じような人がいた。あとで分かったのだが,この方も講座の参加者だった(笑)。

 講座はとある建物の4階で行われた。かなり暑かった。それほど広くない教室に約30名の受講生。講師は,連盟の常任理事である西部氏である。ディベート界ではとても有名な方である。この人の話が聞けるだけでも来た甲斐があったというものだ。受講者の中には,昨年の大会に出場していた中学校の先生方もいらっしゃっており,最前列に座っていた。が,僕は後ろの席に座り特に誰かと話をするわけでもなく,テキストなどを眺めていた。

 西部氏の講義は,決して一方的なものではなく,問題の演習やその解説があったり,実際にビデオを見てのフローシートへの記入があったりしたので,楽しく,しかも具体的に理解することができた。視聴したビデオは昨年の中学の部の全国大会決勝のものだった。論題はサマータイムに関するものだが,とても懐かしく思えた。この時は,まさか自分たちがビデオで映し出されている会場へ行けるとは思ってもみなかった(笑)。最後に,質問の時間があったのだが,大会に直接関わるような具体的な質問が出された。その質問を聞いただけで,質問者が大会を前にすでに相当の準備を進めていることが伺えた。それを聞いて,僕も自然と大会参加への気持ちが高まってきたのだった(笑)。

 帰宅してから,講師の西部氏にメールを送った。すぐに返信が来た。とても嬉しかった。

 

4.練習スタート

 とりあえず,大会に参加できるだけの希望者は集まった。ただし,その多くが運動部の部員であり,まだシーズン中でディベートの練習ができる状態にはない。変な話ではあるが,大会で敗れないとディベートには取り組めないのである。運動部は市,地区,県,東北と大会が続くのだが,多くの生徒が市で勝ち残り地区大会へと進むことになった。地区大会ではかなり敗退したのだが(笑),女子1名は優勝して県大会へ。また,男子1名も県大会へ進むこととなり,日程的に見てこの2名の大会参加は難しくなった。残る女子1名もブラスバンド部に所属し,ディベートの東北大会とブラスの地区大会がほぼ同じ時期となり,十分な練習は望めなない。

 それでも,できるだけの人数で集まり,放課後や土日に練習に取り組んだ。ほとんどの生徒がディベートそのものを知らないので,昨年,山形で行われた体験講座のテキストをもとに講義をしたり,全国大会決勝のビデオを視聴したりしてディベートについての理解を深める努力をした。理解力のある生徒たちだったので,こうした学習はスムーズに進んだ。それに,生徒たちが妙に意欲的で・・・。いわゆる怖いもの知らずといったところである。また,今年の論題である「死刑制度」については,まだ授業で学習しておらず,手持ちの資料集をもとに簡単に論点を抑え,各自で学習を進めていくように考えた。けれども,リサーチの経験がない生徒たちにとって「自分で学習を進める」というのは極めて困難なことだった。

 

5.選択「ディベート」

 本校では,今年から選択教科の履修方法が変わり,社会科では前期2単位で「ディベート体験講座」というコースを開設した。選択したのは男子ばかり12名で,この中には大会への参加を希望した6名が含まれている。女子,特に参加希望の2名がいないのが残念である(笑)。隔週で2時間ずつの時間があるので,大会の準備にも使えそうなものだが,これはあくまでも授業であるから,12名全員がディベートを楽しめるような内容を心がけた。実際に取り組んだ論題としては「昼食は弁当が良いか給食が良いか」とか「授業中の座席は自由にすべきである。是か非か」「酒の自動販売機は撤廃すべきである。是か非か」などである。途中で,モデル立論集を購入したので,その立論を活用し,反駁の楽しさを体験できるように心がけた。参加希望の6名の生徒は多少はディベートの何たるかを知っているので,この授業自体もスムーズに進めることができた。

 直接,大会参加に関わらなくても選択の授業で「ディベート」を継続的に開設できれば,ディベートの裾野も広がるだろうと思う。そして,将来的には2年生で「ディベート」の授業を開設したり,総合的な学習で学び方の1つとして「ディベート」の体験をしたりすることで,さらにそれは広がるだろう。あわよくば大会の論題で校内予選の実施なども可能になるかもしれない。

 小人数に絞って鍛える(というより,それしかメンバーがいない:笑)という昨年の方法よりも,人数が多かった今年の方が多彩な練習に取り組めたことは確かである。大会で勝てるチームを作るには,やはりそれなりの人数は必要であり,大会直前の準備だけでは限界がある。授業等を通してディベートの裾野を広げるという地道な努力が,大会で活躍できるチームを作る前提になるのだと思う。

 

6.選手登録

 東北大会への選手登録が近づいていた。実際に試合に出場する4名の選手を登録するわけである。参加者募集の時点から試合に参加できるのは4名だけであり,練習していても参加できない場合があることを告げていたので,僕としては自由に選手を選べることになる。4名しかいなかった昨年と比べれば,これは実に嬉しいことであるが,誰にするかを決めるのはそれなりに難しいことでもある。ただし,参加を希望した全員は,本人の都合が悪くない限り,仙台で行われる東北大会へは連れて行くつもりだったから,練習している生徒にとっては,それほど大きな問題ではなかったようである。

 まだ,運動部の大会が続いていた。ディベートの練習は満足に行っておらず,誰がどのくらいの力量を持っているかも分からない。それで,本当に「とりあえず」という形で選手を登録することにした。まず,僕から声をかけた1組の女子2名。それから運動部に所属していない男子。さらに,その時点で最もやる気の感じられた男子。この4名で登録をし,大会の様子を見て変更を申し出ることとした。こうして,正式に大会への参加申し込みを行った。それは締切日の前日。学校からFAXで申し込んだ。

 

7.出場チーム決定

 大会参加の申し込みをしたものの,返事はなかなかこなかった。FAXでの申し込みだったので,かなり不安だった(笑)。かなり遅れて東北支部の事務局から資料が送付されてきた。今年の中学校の部の参加校は6校で,そこには昨年の全国大会出場校2校,さらに本校が昨年の3位決定戦で敗れた学校も含まれている。6校のうち3校は福島県の学校である。しかも,今年から全国大会への参加校が全国で16校と半減。東北地区からは優勝校ただ1校のみが全国大会へ出場できるという厳しいものであった。僕からすると,全国大会はおろか東北大会で1勝できるかどうかの自信もないのだが,怖いもの知らずの生徒たちは全国大会出場へ向けて大いに気勢をあげていた(笑)。

 僕としては,半数が福島県の学校であるのが多少気になった。というのは,東北大会に行って,県内のチームとしか戦えないようでは,せっかく仙台まで行った甲斐がないではないかと思ったからだ。ちなみに,昨年は宮城県の学校3校と秋田県の学校と戦った。これなら東北大会という感じがする(笑)。ただ,今年の場合は予選リーグを行うということで複数の試合が可能なので,仙台に行く甲斐がある。いろいろとこだわるのは,会津若松から仙台まで行くのは一苦労であるからだ(笑)。せっかく仙台まで行って,県内の学校と1回だけ試合をして負けて帰ってくるのは辛いものがある。

 もう一つ。今年は6校の参加なので,表彰は優勝と準優勝のチームだけである。3位になっても賞状もないかもしれない。これも意外とプレッシャーである。というのも,やはりせっかく行って手ぶらで帰ってくるのは辛いものがある。できれば,最下位であっても「努力賞」とかいう賞状が欲しいくらいだ(笑)。昨年は,予選リーグで3すくみとなり,1勝しただけでまさかの3位入賞。しかも,賞状だけでなく楯までいただいた。今年は3位になっても表彰されないわけだから,これは辛いものがある。表彰してもらうためには決勝に進まなければならないが,そのためには昨年全国大会に出場した2チームのうち1つを破らなければならないわけである。これは至難の技である。こんなことまで考えてしまうのは,まさに2回目の出場ならではだろう。昨年はもっと謙虚だったし,ここまで頭が回っていなかった(笑)。

 

8.練習

 土日を中心に練習を行うこととしたが,全員がそろうことは一度もなく,とにかく集まっただけのメンバーで,できることをするしかなかった。まずは,ビデオをもとにしたフローシートへの記入練習。これは思ったより対応できていて驚いた(笑)。生徒一人一人の能力は高いと見た。まだ立論ができていないので,死刑制度に関するディベートは行えない。それで,適当な論題を作ってディベートを体験させた。はじめは1対1。次に2対2を行った。大会まで時間がないのだが,いきなり死刑制度に関するディベートはレベル的に見て不可能である。やはり,このへんから地道に進めるしかないのだ。この部分が選択やその他の授業等でできていれば,かなり効率よく練習もできるのだが・・・。

 同時に,死刑制度についてのリサーチを進める必要がある。図書室で文献を探すにも,テーマがテーマなだけに文献はほとんどない。そんな中,近くにある市立図書館から大量の本を借りてきた生徒がいた。これは昨年にはなかったことで,明るい見通しを持つことができた。何と言っても自分たちがやるという主体的な姿勢が必要なのである。また,インターネットでの情報収集も行われ,それなりの資料が集まってきた。僕自身もポケットマネーで(笑),ディベート以外には使わないであろう「犯罪白書」を購入した。田舎の街では,死刑制度などという専門的な内容に関する資料は限られている。市立図書館の存在は大きかった。それと,インターネットでの検索は地方であることのハンデを感じさせないものがあり,その威力に驚かされた。中でも,JDA(日本ディベート連盟)で行われた死刑制度に関するディベートの記録は,準備を進めていく上で非常に役にたった。

 さらに昨年との相違点の1つは,卒業した先輩諸君の協力である。大会出場まで何度も学校に足を運び,具体的なアドバイスを行ってくれた。また,練習試合も行うことができた。全くの手探りで進めた昨年と違い,先輩諸君の応援は僕にとっても非常に心強いものだった。特に昨年は不可能だった4対4の練習は有意義だった。より実践的な練習が進められた。加えて,自分たちを応援してくれる人たちの存在は,何かに取り組む者にとっては大きな支えになるものである。 

 

9.立論作成

 ディベートのもととも言える立論。本当は生徒が作ってこそ意味があるのだろうが,初心者の彼らに大会用の立論を作らせるのは酷である。それでも,簡単なリンクマップを作成させ,全体で討論しながらメリットやデメリット,その発生過程や重要性・深刻性を考えた。それをもとに僕が実際の立論を作成した。試合では,その場に応じた反駁が大切なのは言うまでもないが,最初に提示する立論がしっかりしたものならば勝利へ一歩近づけることになるのだ。

 そんなわけで,昨年度に引き続き苦難の立論作成がスタートした。僕としても,どうせやるならしっかりとしたものを作成したい。ただ,これだけは,やってもやってもキリがない(笑)。独り善がりにならないように,時々読んでもらったり,生徒が6分という決められた時間内に読みきれるかどうかを確認したりしながら作成を進めた。おかげで,死刑制度についての理解が深まった(笑)。

 実は,モデル立論集という本を注文していた。その中に死刑制度に関する立論が集録されているのだ。正直言って,死刑制度の定義や,肯定側のプランすらも,どのように書いて良いのか分からなかった。昨年のサマータイム制の場合,過去に同一の論題で大会が行われているので,たくさんの資料があったのだが,死刑制度は今回が初めてで何も具体的な資料がないのだ。立論が作成できなければ具体的な練習も進まないわけで,僕としては相当焦っていた。結局,モデル立論集の到着を待つことなく,自分の発想で立論作成に着手したのだった。

 全体の流れは昨年のものを参考にし,肯定側,否定側の立論をとりあえず作成した。読み返せば読み返すほど,改善すべき点が出てくる。作っては直すことの繰り返しである。家ではもちろん,学校でも仕事をしているような顔をしながら立論の作成に取り組んだ。きっと,よそのチームの先生方も同じような苦労をされているに違いない。

 

10.東北大会へ向けて

 ディベートの大会は,東北大会からスタートする。まだ一般化していないので出場校も少ない。というより,そう簡単にはチームを作ることはできないだろうと僕は思っている。ある程度訓練された4名の生徒と,それなりの立論。これを作るには担当者の並々ならぬ努力が必要なのだ(笑)。それに,大会は1学期の終わりに行われている。この時期は,成績処理や通知表の作成に忙しく,学級担任としては時間的な余裕がない。幸い僕の場合は,学級を持っていないのでディベートに取り組んでいられるというのが正直なところだ。

 さて,大会を前に支部事務局からのFAXが入った。それは中学校の出場校が7校に,そして全国大会への出場枠が2校に増えたというものだった。全国なんて考えていないので,別に何ともないのだが,出場校が増えたことにより,当初予定されていたリーグ戦ではなくトーナメント戦となったことには,かなりがっかりした。なぜなら,せっかく遠くまで行くのに1試合で終わってしまうかもしれないからだ。しかも,それが県内のチームだったら最悪である(笑)。7校に増えても表彰の変更はないらしい。ますます辛い大会になりそうである。

 チーム内にも問題はあった。エースと目される女子生徒が英検の2次試験の日と重なってしまったのだ。英検はお金を出しているものだし,せっかく一次試験をパスしたわけだから,僕としては何とも言えない。彼女は仙台から帰って来て試験を受けることを考えていたようだが,いくら何でもそれは不可能だと説明した。あとは彼女の選択に任せるしかないのだ。英語科の先生にも相談していたようだった。もともと,自主的に希望してきたのは男子だけだからやむを得ないのだが・・・。翌日,結局,彼女は英検をけって大会へ参加することを選んでくれた。感謝。彼女がいれば・・・。

 大会となれば相手がいる。相手はどのような立論で臨んでくるかは分からない。だだし,ある程度の予想は可能である。そこで,相手がどのような立論できたらどう反駁するか。また,こちらの立論にどう反駁されたらどう再反駁するかをあらかじめ考えておき,そのために準備しておく必要かある。いわゆる反駁カードの作成である。ところが,正式な試合を経験していない彼らにとっては今一つ反駁カードの重要性がわかっておらず,うまく作成できない。また,急いで作成してみても,試合でそれを使いこなすだけの練習ができていない。そんなわけで,試合に向けての不安は山ほどだった。だが,なぜか生徒たちは楽観的であった(笑)。

 

11.東北大会(出発)

 7月16日。日曜日。いよいよ東北大会の日である。テニスで県大会に出場する女子1名を除き,男子6名,女子1名の計7名。それにこれまでいろいろと協力してもらった3年生の社会科担当の先生と僕。さらに,生徒輸送に協力していただいた生徒の保護者2名。合計11名での出発である。昨年よりも人数が多く,活気がある(笑)。昨年は4名の生徒と僕だけ。しかも途中から雨で,ちょっと寂しいものがあった。今回は天気も良く,しかも,生徒の保護者が多数,見送りに来てくださった。

 集合時刻までに全員が集合。実は一番最後に来たのが僕である。僕と保護者が運転する2台のワンボックスに分乗した。とりあえず,今日の試合に参加予定の4名と先生が僕の車に乗った。連絡を取り合うために体育科からトランシーバーを借りておいた。保護者の方から指し入れをいただき,生徒たちが出発のあいさつをして,予定の6時半には出発した。

 磐梯河東I.Cから入り,磐越自動車道,東北自動車道を経由して仙台へ向う。途中の五百川P.A,菅生P.Aで休憩。2台の車は快適に進んだ。時間も予定より早く余裕があった。ところで,今回の会場は宮城学院女子大学であるが,実は僕は行ったことがない。もちろん,僕の車にはカーナビはついていない(笑)。頼りになるのは助手席に乗っている先生である。この先生は大学時代を仙台で過ごしているのだから心強い。ただし,大都市仙台は変化が激しく,道路も次から次へと新しくなっている。手持ちの道路地図は最新のものではなく,少し不安があった。そこで,菅生のP.Aで販売されている宮城県の地図を立ち読み(笑)。しっかりと頭に焼き付けて,持参の道路地図と照合。やはり,新しい道路ができていた。この道路のおかげで,意外と簡単に会場にたどり着けそうである。

 仙台宮城I.Cで高速を降り,仙台市の郊外を通って会場へ向った。特に道に迷うこともなかった。生徒たちはトランシーバーを使って盛りあがっている。顧問としては,立論を読んだり,反駁シートに目を通したりしてほしいのだが・・・。そのうち,女子生徒の具合が悪くなった。会場まではあと少しなのだが・・・。彼女には悪いがかまわず車を運転して会場へ。駐車場に着くと彼女は・・・。ちょっとかわいそうだった。

 会場の宮城学院女子大学は,広々とした緑の多い素敵な学校だった。会場へ向うと,いくつかの学校の生徒たちもいたが,まだ受付は行われていなかった。ロビー周辺で休憩。ふと,開会式会場を覗いてみると,大きな横断幕に組み合わせ表などが既にセッティングされていた。今日1日熱い戦いが繰り広げられるのかと思うと,多少ワクワクしてきた。 

 

12.東北大会(開会式)

 受付時刻となり,受付を行う。ここで,以前登録した選手の変更を告げた。実はこの部分に多少の不安を感じていた。一度,登録した選手を当日変更できるのかどうか・・・。事前に大会事務局にFAXは送付しておいたのだが,特に返事がなかったのである。きちんと変更できてまずは安心した。もし不可能なら,違う生徒の名札でも着けさせて出場させるしかないのである(笑)。まあ,それも可能なわけだから,実際にチームとして登録しておけば,各試合とも同メンバーが出場するのであれば,選手登録というのはそれほど厳密になる必要はないのではないかと思った。寄せ集めチームの苦しいところである(笑)。

 開会式は階段状の大きな講義室で行われた。各チームは受付で配付された校名表示カードとともにまとまって座っていた。昨年全国大会へ出場した学校,昨年試合をした学校など,表示カードで確認することができた。我がチームはステージ向って左側最前列に陣取った。目の前に組み合わせ表があった。もちろん,チーム名は記入されていない。トーナメント表なのだが,敗者戦もあり,1回目で負けても少なくとも2回は試合ができるようであり安堵した(笑)。それによると,最初の試合に勝てば3位以内確保。最初に負ければ,2回目以降勝ちつづけても4位にしかなれない。よって初戦が大きな意味を持つ。それは組み合わせにかかっている。

 ディベートの試合は,決められた論題に対して肯定側,否定側に分かれて戦う。論題によっては立場によって有利・不利があるし,チームによって「こちら側が得意」というものもある。我がチームとしては,否定側が希望であるのだが・・・。いよいよ開会式が始まり,組み合わせ抽選となった。中学校の部は7チームの参加なので,1チームだけ1回戦不戦勝の場所がある。そこには,昨年優勝のチームが入った。あとは実際にくじを引くことになる。主催者側により,昨年の成績や地域性を考慮して2グループに分けられての抽選となった。我がチームは昨年優勝チームと同県ということで反対側のブロックに。当然,このブロックには昨年準優勝のチームも入る。さらに,昨年3位決定戦で戦ったチーム。それから同県の初出場のチーム。以上4チームが同一のブロックに入った。準優勝のチーム,3位のチームに勝てる気は全くしないし(笑),初出場のチームにしても優勝チームと同地区の学校で,おそらく練習試合などをしているであろうから,これも手ごわい。つまり簡単に勝てる相手はいないということである。まあ,当然ではあるが・・・。抽選はステージ上で生徒が行う。その結果,我がチームは同県の初出場チームと,いきなりの第一試合。しかし,運良く否定側を引いた。いよいよスタートである。

 

13.東北大会(第1試合:対 いわき市立田人中)

 第1試合は305号室で行われた。相手は同じ福島県の田人中学校。初出場である。しかし,全国大会に出場している江名中学校と同じいわき市の学校であり,顧問の先生は先日の「ジャッジから見たディベート講座」にも参加していた。我が校の選手にしても事実上初めての試合であり,相手が初出場であることはなんら利点にはならない。

 肯定側の田人中学校は立論で「誤判による死からの救済」と「刑の執行による人権侵害の救済」という2つのメリットをあげた。発生過程,重要性ともにきちんと述べられており,すばらしい内容の立論だった。また,ディベータ−も堂々としており,とても聞きやすかった。その後,否定側質疑があった。本校チームで最初の登場となる。それなりの質問がなされたが,必ずしも的を得た答えとは言えなかった。立論の内容が自分の言葉で説明できるほど十分な理解がなされていないように思われた。続いて,否定側の立論である。堂々とした態度で,強弱なども上手くつけられていた。ここでは「国民感情に背く」「犯罪防止効果の低下」という2つのデメリットをあげた。これまで苦労して作り上げた立論だが,いざ試合の場で聞いてみると,どうも自信がない。肯定側質疑では,こちらの立論を繰り返して述べられるようなものもあり,有利に展開したようだった。ここまでが前半戦であるが,相手側の立論が素晴らしさが目立った。

 いよいよ反駁である。最初に否定側第一反駁だが,我がチームでは唯一の女子生徒が担当した。適切にナンバリングがなされ,観戦していた僕と同じような考えで反駁が行われた。初めての対外試合での反駁だが,思ったより落ち着いて反駁できたと思う。反論に根拠となる資料を付け加えることもできた。肯定側第一反駁では,担当者が緊張したのか時間を有効に使えず,発言できないでいた時間も多かった。僕としては有効な反駁がなされる前に,早く時間が過ぎて欲しいと祈るようであった。否定側第二反駁は,ここまでの流れに乗り,第一反駁をふまえて議論をまとめることができた。最後に肯定側第2反駁が行われた。驚いたことに,「議論のまとめ」からスタートした。昨年の試合では経験していないことである。とても迫力のあるものだった。ただ,内容は事前に準備されたもののようであり,必ずしもこの試合での議論を踏まえているとは思えなかった。ジャッジがどのように判断するかにかかるわけだが,スピーチのまとめ方としては,とても優れているものだった。

 これで試合が終了。交換する色紙に記入しながら,ジャッジの判定を待つことになる。自分の学校のチームの試合だと,なかなか冷静に判断するのは難しい。この大会では負けても何度か試合はできるが,初戦で勝つかどうかは成績に大きく影響することになるので,とても気になった。ジャッジは3名だが,主審は昨年のディベート体験講座で講師をつとめられた池田修氏である。特徴ある髪型で,とても明るい方である。時間となり池田氏が講評と判定を述べた。とてもわかりやすい納得できるもので,さすがだと思った。まず,コミュニケーション点は9対13で,かなり高く評価していただいた。そして,判定。判定は割れていた。1−2。かろうじて,我がチームが勝利! 初戦突破である。選手は当然のような顔をしているが,僕は冷や汗ものだった。まあ,とりあえず勝利し安堵した。

 

14.東北大会(観戦:昼食)

 引き続き,同じ教室で秋田県の能代市立第二中と宮城県の石巻市立湊中の試合が行われた。能代ニ中は昨年の準優勝校(全国大会出場),湊中は本校と3決で戦い本校が敗れたチームで,どちらも強豪である。組み合わせ上,この試合で勝ったチームと準決勝で戦うことになる。そこで,教室にとどまり観戦することになった。一方,となりの教室ではトーナメントの反対側の山の試合が行われていた。決勝や3決で対戦する学校の試合なので,この試合にも生徒を送り記録させた。事前に相手側の立論の概要が分かっていれば,戦いやすいわけである。ましてや,ジャッジの講評は大きなヒントになる。同じ教室では,能代ニ中が肯定側,湊中が否定側で試合を行っていた。事前の資料等では,今回の論題の場合,肯定側有利と言われていた。確かに,資料は肯定側の方が入手しやすい。ただ,実際に立論をまとめ試合をしてみると否定側が有利に思えた。肯定側は「誤判による誤殺の防止」「基本的人権の保障」をメリットとして述べ,否定側は「被害者側親族の精神的ダメージの継続」「仮出所中の犯罪の増加」をデメリットとして述べた。よそのチームの試合だと,比較的冷静に観戦できるから不思議である。立論の内容はもとより,反駁の進め方等もとても勉強になった。この試合では,湊中が2−1で勝利し,午後に本校チームと戦うことになった。一方,隣の教室では昨年度優勝校の江名中が3−0で完勝。しかも,否定側のデメリットを1つしか上げていないという,我がチームの予想しない内容だった。

 ここで昼食。僕ともう一人の引率の先生は昼食を準備していない。しかも,日曜日で大学の学食や売店も休みである。そこで,愛車でコンビニを探した。ある程度予想されたことではあるが,こういう時に限ってコンビニは見つからない。時間は限られているのに,コンビニを探す僕の愛車は,どんどん会場から離れていく。ようやくマクドナルドの看板を見つけた。ドライブスルーでダブルチーズバーガーのセットを購入。急いで会場へ引き返した。何とか開始時刻には間に合ったが,すでに選手は試合の準備をしていた。僕のいないうちに否定側を引いていた。大事な時にいなかったので,かなり生徒に不安を与えたようである。これが原因で負けたらまずい。しかし,所詮,競技するのは生徒である。そんなふうに思えるようになってきた自分は,かなり年をとったと思う。以前,運動部の顧問をしていた時は,とてもこんな心境にはなれなかった。さすがに,この場でハンバーガーを食べる勇気はなく,試合後までお預けとなった。

 

15.東北大会(準決勝:対 石巻市立湊中)

 この試合に勝てば全国大会出場となる。しかし,昨年度の大会,3決で対戦し敗れてしまった相手である。しかも,昨年度の準優勝校に勝っての準決勝進出である。気分的には重いものがある。さらに,我がチームは否定側を引いた。湊中の選手たちは,我が校の第一試合を観戦しており,我が校がどのようなデメリットを出してくるか,すべて理解している。しかも,ジャッジの講評まで聞いているから絶対に有利である。もし,我がチームが第一試合と別のデメリットを出せれば別だが,そのような準備は全くなされていない。一方,我々も湊中の試合は観戦し記録している。けれども,それは湊中が否定側の試合であり,肯定側としての手のうちは,まだ何も見ていない。つまり,湊中は自分の手札をふせたまま,相手側の持ち札が分かるのである。反対に,我が校は相手の札に関しては何も情報はなく,自分の立論は全て展開してしまっているのである。明らかに我がチームが不利である。

 いよいよ試合がスタートした。主審は,昨年の試合で負けた時の人だった。これも僕の気持ちを重くした。肯定側は「誤判からの救済」と「人権に対する考え方が広がる」という2つのメリットを出してきた。こちら側は,第一試合と全く同じ立論である。こうなると,否定側は,いかに肯定側の立論を理解し,それに反駁していくか。そして,デメリットの発生とその深刻性をいかに訴えていくかがカギとなる。ただ,第一試合と同じ否定側ということで,反駁担当者は気分的には楽だったと思われた。肯定側の立論は,我がチームが準備していたものと,ほぼ同じ内容だったので,これまで何度も練習してきたものであった。つまり,攻守ともこれまでの練習や準備が生かせるものだった。あとは,その成果を発揮していかに上手く反駁していくかがカギとなる。試合では,肯定側がプラン導入のメリットを証明する必要があるのだが,なかなか難しいようであった。反駁の流れから言っても,否定側の議論が勝っているように思えた。しかし,判定が出るまでは分からない。

 講評では,発言のし方等に注意があり,コミュニケーション点では11−10と相手側より低い評価だった。しかし,判定は0−3で勝利。あっけなく全国大会出場を決めた。喜ぶ生徒たち。僕としては,これで賞状を貰えるという変な安堵感があった。

 終了後,決勝まで時間があったので,外で休んだ。何だかとても不思議な気分であった。朝からかなりの時間がたっているので,疲れも激しい。以前,運動部の顧問をしていて勝ちたくてしょうがなかった頃を思い出した。その頃と比べると,あまりにもあっけない勝利。勝敗にこだわるのではなく,もっと違ったところに大切なものがあったのかもしれないと,つくずく思った。

 

16.東北大会(決勝:対 いわき市立江名中) 

 いよいよ決勝である。まさか,こんな遅い時間まで試合をしていられるとは思ってもみなかった。多くの人たちが見ている。休憩したとは言え,選手たちはかなり疲れているようである。よそのチームと対戦したのは今日がはじめてであり,しかも3試合目である。今までにないディベートづくしである。

 相手は,昨年度の優勝校である。1ヶ月の練習で出場してきた我がチームとは格が違う。こちらが肯定側を引いた。肯定側は今回はじめてである。せっかく作った立論だから,どの程度通じるか使ってみたい気はしていたが,内容的には否定側よりも自信がない。それに,肯定側は第1反駁の負担が大きい。限られた時間で有効な反駁ができるか,それも不安であった。

 いよいよ試合開始。肯定側のメリットは「誤判からの救済」と「生きる権利の保障」である。「誤判からの救済」では冤罪と量刑誤判の2点から発生過程を述べた。また「生きる権利の保障」では数多くの資料をおりこんだ。否定側は「罪なく殺される人の増加」というデメリット1つだけである。否定側がデメリットを1つしか出してこないということは事前につかんでいたので,特に驚かなかったがさすがに1つに絞っているだけあって,発生過程も深刻性の素晴らしい内容だった。もっとも,特別に新しい視点が出てきたわけではなく,何とか対処できそうなものだった。質疑では双方が意味を取り違える場面もあったが,とりあえず後半戦へ進んだ。 否定側の反駁はさすがで,証拠資料の適切に提示されていた。肯定側も負けじと反駁したが,自分たちの立場に反する発言をするなど疲れも見られた。それでも,前年度の優勝校におくすることなく堂々と試合を進めることができた。

 判定は予想通り,0−5で完敗だった。しかし,丁寧な講評はとても勉強になり,励みになった。今日の3試合は,いっしょに行った若い先生がすべてビデオで撮影してくれた。これが,後の練習にとても役だった。特に,決勝での否定側の立論は,全国大会での立論のひながたになったと言って良い。

 

17.東北大会(閉会式:凱旋)

 閉会式で表彰された。賞状に楯,それに全国大会出場の認定書をいただいた。手ぶらでなくて良かったというのが正直な気持ちである。終了後,全国大会に関わる資料をいただいた。駐車場で写真を撮影し,すぐに帰路へついた。仙台から会津若松までは長い道のりである。しかも,翌日は人間ドック。そんなわけで,高速を飛ばして急いで帰った。ちょうど皆既月食の日であったが,まだ月はよく見えていなかった。学校へつくと,保護者の方々が出迎えてくれた。楯や賞状は,いっしょに引率してくれた先生に渡して帰宅した。

 翌日,人間ドックのために行った病院の待合室で新聞を読んだ。当然,ディベート大会を主催している読売新聞である。県内版に大会のことが出ていたが,優勝が同じ県内の江名中学校,それに高校の部も県内の高専が優勝したので,そちらが大きく取り上げられていた。それでも,新聞に結果が掲載されているのを読むのは,悪い気はしない。ドッグ終了後,学校に戻り,多くの方々から御祝詞をいただいた。うれしかった。多目的広場には「祝 特設ディベート部 東北大会準優勝 全国大会出場」という垂れ幕が下げられた。終業式の日の賞状披露で,ディベートに取り組んできた7人が壇上にあがり,大きな拍手を受けた。 

 

18.全国に向けて(登録)

今回の大会では,1チーム4名でディベートが行われる。4名の選手は事前に登録されており,試合での変更は認められない。つまり,大会参加には最低4名の生徒が必要である。しかし,4名いれば十分だというわけではない。サポーターの生徒がいれば,他チームの試合を記録し,次の試合に生かすことができるのである。東北大会では7名の生徒が参加し,多くの成果を収めることができた。だが,全国大会に連れていくことができる人数は限りがあるのだ。それは,会場,日程の都合による。東北大会は日帰りで,しかも自家用車で移動できる会場であったから,可能な限り生徒を連れていくことができた。しかし,全国大会は千葉県と東京都で行われ,2泊する必要があるのだ。当然,参加費用の問題が生じる。昨年来,ディベートの大会参加に関しては,学校の生徒活動振興会から費用を出してもらっている。仙台までの日帰り往復ならば,2万円程度で収まるのだ。しかし,東京方面へ2泊となれば最低でも一人3万円は必要だろう。

 そんなわけで,全国大会への参加生徒数は必要最低数ということで4名に限定しなければならなかった。もっとも,全国大会に出場できただけでも上出来であり,他チームの試合を偵察して,それを次の試合の参考にしようなどという発想はなかった。それよりも,一緒に練習してきた生徒を全員連れていくことができず,人選をしなくてはならないのが辛かった。今年,ディベートへの取り組みを表明したのは,男子6名,女子2名の計8名であった。途中,地区のテニス大会で優勝し県大会への出場を決めた女子がはずれた。そして,全国大会の日程が水泳の東北大会,ブラスバンドの県大会と重なるため男女各1名が参加不可能となり,残るは男子5名。このうち,東北大会に出場したのが3名で2名はサポーターだった。第1反駁を担当した女子が出場できないのが痛い。ここで,5名の中から4名を選ぶという究極の選択を迫られることとなった。東北大会に出場した3名が残っているものの,サポーターを第1反駁に入れるのは難しいので,誰をどの担当にするか再度考え直すことにした。悩んだあげく,サポーターの1名を立論とし,質疑はそのままとした。そして,第1反駁は東北大会で立論を担当した生徒,第2反駁はそのままとした。こうして新しいラインアップが完成した。本当に全員で全国大会へ行きたかっただけに,まさに苦渋の選択であった。すぐに,FAXで選手名簿を送付し登録を完了した。

 次に,宿泊場所や乗車券等の手配がある。遠くへ大会に出かけると,こうした仕事があるからやっかいである。宿泊場所は,大会関係の業者を通じて確保したが,なかなか返事が来なかったので,結構焦った。会場への移動は新幹線や高速バスが考えられた。料金的には高速バスが圧倒的に有利なのだが,時間の関係で新幹線を予約した。

 

19.全国大会(練習)

 東北大会が終わってから数日は特に練習は行わなかった。というより,平日なので実際に練習する時間が確保できなかった。僕も次なる大会への事務手続きや学校の仕事で忙しかった。少しミーティングをした以外,全員が顔を合わせることもなかった。とりあえず,一度はディベートから離れる形となったが,全国大会へ向けて気持ちを切り替えるのは,良かったように思われた。

 すぐに夏休みとなった。休み中は学習会などの校内行事はないものの,僕自身が他の部の県大会の引率に行ったり,研修会に行ったりで,思うように練習日程は組めなかった。また,生徒の塾の夏季講習などがあり,全国大会出場メンバーが揃うのは難しかった。それでも,お互い都合をつけて,7,8回の練習日を設定した。いずれも午前か午後の3時間程度である。 とりたてて,何をやって良いかも分からず,まずは東北大会のビデオを見て,再度試合を検討した。しかし,具体的にどのようにビデオを活用して良いかわからず,何となく視聴することが多かった。ただ,立論を練り直す上では,試合のビデオはとても参考になった。特に否定側立論は優勝した江名中学校のものを徹底的に研究し,我がチームもデメリットが1つだけの立論に練り直した。

 役割を変えたので,立論担当者は,ひたすら6分の制限時間内に立論を読むことができるように練習した。質疑は,質問のノウハウよりも初めて聞く相手側の立論をフローに記録できるよう過去の試合のビデオをもとに練習した。反駁は,特に第1反駁担当が立論担当からコンバートされたので,反駁のノウハウを最初から学習し直した。この時期になると,練習に参加するのは全国大会出場者4名だけとなり,練習のバリエーションは限られたものになってきた。一人一人が自分の担当の練習をする他は,僕を相手に4対1の練習をするのがせいぜいだった。そんな中,とても助かったのは昨年のディベーターが学校に来てくれたことだ。高校生となった彼らは,現在はディベートは行っていないが,形の上だけでも試合練習ができるのは嬉しかった。また,精神的な面で先輩からのアドバイスはとても参考になった。

 この時期,僕は立論の練り直しに時間をかけていた。東北大会での講評を踏まえて構造や証拠資料を吟味した。もっとも,僕が立論を作成しても試合をするのは選手であるから,選手が立論の内容を十分に理解している必要がある。そこで,リンクマップの作成から再スタートし,生徒の発想を生かしながら立論を練り直すことにした。立論は,「これで完璧だ」ということはなく,読み直せば読み直すほど,いろいろと気になる部分が出てきて終わりがない。しかし,ある程度形にしないと実践的な試合練習もできないので,5,6回の書き直しで一応の完成を見た。

 次に必要なのは,反駁カードである。東北大会では,それほどの準備もなく,ほとんど場当たり的な対応で試合に臨んでいた。全校大会ではこうはいかない。そこで反駁カードの作成に取りかかった。僕の方は立論の作成に忙しいので,反駁カードは選手に作成させるしかない。まず,予想される反駁あるいは相手の立論を考えリストアップした。それを主に反駁担当者が分担して反駁カードの作成にあたった。思ったより上手く進み,反駁の質を向上させる上でも効果があったように思う。全国大会を前に読売新聞の県内版で参加する3校の取り組みが紹介された。我が校の紹介では「でたとこ勝負だがしゃべりは上手い」という僕のコメントが先頭を飾っていた。ちなみに江名中学校では反駁カードを150枚準備しているという内容だった。我が校の作成した反駁カードをはるかに上回るものであり,さすが全国大会常連校だと感心した。とにかく,自分たちにできることをやるしかないと思った。

 英語科のベテランの先生からは餞別をいただいた。この先生はバドミントン部の顧問で,全国大会には何度も出場している。とても嬉しうかった。前日,最後の練習を終え,校務センターにいる先生方に生徒たちが出発のあいさつをした。謙虚なあいさつが望まれたが「賞状をもらってきます」などという大口をたたいていた。焦った。

 

20.全国大会(出発)

 いよいよ全国大会当日の朝がきた。初日の会場である千葉県の神田外語大学には12時半には着かなければならない。7時半に会津若松駅に集合する約束になっていた。かみさんに送られて駅に行ってみると,生徒たちは全員揃っており,保護者も見送りに来ていた。また,国語科の若い女性の先生も見送りに来てくれた。うれしかった。

 さあ,出発と思ったら,なんと電車が止まっていた。どうやら先の駅近くで人身事故があり,電車は完全にストップしているようだった。磐越西線は電化されているものの単線で,事故があるとすべて止まってしまうのである。郡山からは新幹線に乗ることになっているので,発車時刻までに着かなければ,開会式に間に合わない。かなり焦った。機転を利かせてバス乗り場へ走った。高速バスで郡山まで行くことができるはずだ。しかし,直前にバスは出たばかりであり,次のバスでは新幹線の発車時刻に間に合わない。どうしたら良いのか迷った。そして一刻も早い決断が必要だった。そこで,我が家へ電話して父親に愛車を運転してもらうことにした。すぐに父が車を持ってきた。郡山までは僕が運転することとし,高速道路で郡山駅を目指した。これで何とか新幹線には間に合いそうである。インターを出てから駅に行く道が分からなかったが,適当に運転していたら駅にたどりついた。おかげで,電車で行くよりも早く郡山に着いた。郡山駅で不通区間の払い戻しを受けようとしたが,どうやら手続きが面倒らしく下車駅で精算するように言われた。時間もないので,不乗証明だけ受けて新幹線に乗った。ようやくたどり着いたという感じだったが,生徒たちは何事もなかったかのようにリラックスしていた。

 東京駅で乗り換え,京葉線で海浜幕張へ向かった。見るからにディベートの大会に参加すると思われる中高校生がたくさんいた。昼食の前に払い戻しを受けようとしたが,ほとんどないケースらしくとても時間がかかった。おかげで昼食の時間がとれなかった。しかたなく,駅から会場の神田外語大学までの道を5人で歩いて行った。幕張は近代的な町並みで素敵だったが,暑かった。

 

21.全国大会(開会式)

 どうにか時間に間に合い神田外語大学に到着した。大学は広いので,会場がどこなのか探すのも大変だが,適当に歩いているうちに開会式の行われる建物(4号館)にたどり着いた。すぐに受付をすませ,開会式の行われる会場(101教室)に入った。広い階段教室で,すでにたくさんのチームが入っていた。学校名が表示されており,指定された場所に座った。我がチームは最小人数。首都圏のチームは多くのサポーターも来ており,他校と交流したり,試合の準備をしていたりした。どのチームも,とても強そうに思えた。多くの選手がペットボトルを持っていた。ディベートに飲み物は欠かせないのだが,僕らはそこまで気がまわらず手ぶらで会場に来てしまった。もっとも,昼食すらとっていないのだが・・・。とりあえず,学校と我が家に到着の連絡をした。受付でいただいた資料を見ると,予選の組み合わせがあった。同じブロックには,前年度優勝の関東地区代表:私立創価中学校(東京都),前年度ベスト4の近畿地区代表:国立神戸大学附属明石中学校(兵庫県),そして2回目の出場となる中国地区代表:私立岡山白陵中学校(岡山県)である。どうみても,東北地区第2代表である初出場の我がチームは勝てそうもない。近くにいた江名中学校の先生にお話をお聞きすると,明石中との試合に勝てれば・・・ということだった。しかし,明石中も相当強いですよと言われた。当然だと思った。ネームプレートが配付され,徐々に全国大会という雰囲気が高まってきた。開会式は,予定通り1時に始まった。いろんな方のあいさつや諸連絡などがあった。東北大会よりも参加校が多いわけで,会場は熱気に包まれていた。

 開会式が終わり,出場校の多い高校の部の予選第1試合からスタート。ここで時間ができたので,学内の食堂で遅めの昼食を取った。中学の各チームは,それぞれの場所で第1試合に向けての準備中だったが,こちらとしては,まずは食事である。昼食後,試合に向けての最後の準備。と言っても引率の僕は適当に指示だけ出して,あとは緑の多い学内を散歩しようと考えた。ところが,ちょっと歩いただけで汗。学内は冷房が利いているが,外は相当の暑さである。しかたなく,控え室で新聞を読んだりして過ごした。

 

22.全国大会(予選第1試合:対 神戸大学附属明石中学校)

 いよいよ全国大会のデビュー戦である。相手は,神戸大学附属明石中学校である。我がチームは否定側。東北大会での勝利はすべて否定側だったので,気分的には戦いやすい。ただ,メンバーを変更したので,立論が6分以内に読み終えられるか,第1反駁が適切に行われるのか,少し不安があった。相手が附属中というのも気分的には嫌だった。前任校が附属だったので,附属と公立の違いみたいなものは感じでいる。生徒も先生もそれなりのレベルであることは間違いなく,しかも4度目の出場だから,これまでのノウハウも蓄積されているはずである。会場の1号館202教室には,選手以外にもたくさんの観戦者がいた。明石中の生徒はもちろん,同じ予選ブロックに入っている創価中や岡山白陵中のリサーチャーもいるはずである。我がチームの関係者は引率している僕だけであるから,残りはすべて相手方と考えても過言ではない。オーダー用紙を提出。その後,選手の紹介と注意事項が告げられた。明石中は全員が女子生徒で,試合前から独特の関西弁で元気に語り合っていた。それに引きかえ,我がチームはどことなく緊張気味。全国大会のデビュー戦であるから当然であろう。

 いよいよ試合がスタート。最初は,肯定側の明石中の立論である。どことなく関西弁っぽい発音での立論だが,聞き易いものだった。ただ,幸いというか6分間で準備した原稿を読み終えることができなかったようである。これは,初出場の我がチームにとっては,とてもラッキーなスタートだった。肯定側があげたメリットは「冤罪死刑がなくなる」と「憲法を守る」だった。それに対して否定側は「罪なく殺される人の増加」というデメリット1つを挙げて戦いを挑んだ。結果は1−2で,まさかの勝利。試合終了後,控え室に戻り学校に勝利の連絡。まさか,勝つとは思ってもみなかったので,とても嬉しかった。あと1勝すれば予選を抜ける可能性が高くなる。また,1勝しただけでも,他の試合でのポイント次第では決勝トーナメントに残れる可能性がある。期待が大きく膨らむ1勝だった。

 

23.全国大会(引率教師オリエンテーション:レセプション)

 1日目の試合は予選の1試合だけである。終了後,引率教師対象のオリエンテーションがあった。会場の教室に入ると,各チームの引率の先生方が揃っていた。事務局の方から引率旅費1万円をいただいた。また,連盟の理事長から名刺をいただき挨拶を受けた。オリエンテーションの内容は,理事長のあいさつの後,宿泊や移動,3日目の日程等の説明であった。多くのチームが晴海のホテルに宿泊するようで,幕張から晴海までのバス移動について詳しい説明と確認が行われた。

 午後6時20分から,学内のレストランでレセプションが行われた。昼食を食べた場所である。1階フロアには,立食形式で食べ物や飲み物が並べられ,それらを多くの選手たちが取り囲んでいた。我がチームは謙虚にはじっこの方に陣取っていた。始まる前から熱気があり,いろいろと交流がなされていた。明石中の生徒たちも近くにいたが,とても明るい雰囲気だった。東北大会で全国大会出場をかけて戦った石巻市立湊中学校の先生がいらっしゃった。今回はジャッジとして参加されているということだった。ほとんど知らない人ばかりだったので,湊中の先生といろいろと語り合うことができて嬉しかった。この先生は,国語科の先生であり,これまでのディベートへの取り組みや学校の様子などを伺い,とても勉強になった。いよいよレセプションが始まり,短い挨拶の後は,すぐにジュースで乾杯! あとは,食べ物に群がるような光景。さすがに若者の食欲は旺盛である。僕が行った時には,ケーキやフルーツくらいしかないく,あっと言う間にめぼしい物は消滅していた。レセプションを夕食の代わりにしようともくろんでいた僕の計画は崩れた。2時間ほどの予定であったが,ホテルに早めに着きたいと思い,途中で抜け出した。

 海浜幕張の駅まで歩き,そこから京葉線で新木場まで。すると,大会事務局が準備した晴海行きの専用バスが待っていた。よくある大型の観光バスである。バスガイド付き。このバスに多くのチームが乗車するわけだったのだが,結局他のチームは時間まで現れず,何と我がチームの5人だけを乗せて出発した。貸し切りバスで約20分。夜の湾岸を走った。宿舎は晴海のホテル浦島である。なぜかわからないが,ホテルの前に屋台が出ていた。ホテル内にはコンビニに近い店があり,おみやげの他にもいろいろと購入することができた。生徒はそれほど空腹を感じていないようだったので,4人分として2000円を渡しお菓子などを買うように言って夕食代わりにした。生徒はツイン,僕はシングルの部屋に入り,1日目の日程を終えた。僕は一人缶ビールで予選1勝を祝ったが,思えば朝から長い1日だった。

 

24.全国大会(2日目の朝)

 あまり眠れないまま2日目の朝を迎えた。パソコンもプリンタもない状況では,もはや立論を修正するのも困難なのだが,それでも反駁カードに手を入れたりした。福島では見られない東京の深夜番組などを見ているうちに,あっと言う間に時間が過ぎてしまった。生徒たちは12時には寝たようであった。これまでの経験で言えば,宿泊を伴うような大会参加では,朝の動きが1日の出来を決定すると言って良い。決まった時間に起床できるか,朝食はきちんと食べているか・・・。そのあたりを見れば,試合の結果はほぼ予想できるものだ。この日の場合,ほぼ時間通りに朝食を食べに行くことができた。食欲も旺盛。昨日の夕食が夕食だっただけに,よく食べている。いったん部屋に戻り,出発の準備。この日は,同じホテルに宿泊したチームが新木場の駅までチャーターしてある2台のバスで移動する。7時50分が集合時刻。僕は早々と1階のロビーで待っていたのだが,生徒がなかなか降りてこない。バスの発車時刻は刻々と迫る。朝のエレベーターラッシュでなかなか降りてこられないようだった。結局,一番最後にバスに乗ったのは我がチームであった。こんな調子では先が思いやられる。しかし,バスに乗って考えてみれば,新木場の駅に一番に辿り着けるのは,最後にバスに乗車した我らである。気をとりなおして,新木場に到着するやいないや券売機にダッシュ。すぐにホームへ移動。他チームより早く下りの電車に乗ることができた。だが,それは各駅停車で,次の快速に追い越されることが分かった。やむを得ず,快速停車駅で待ち,快速に乗り換えた。すると,ディベートの各チームの姿が・・・。急いだだけで効果なし。やはり,出発時の遅れをプラスに変化させることはできなかった。駅から大学まで,他チームといっしょに歩いて行った。

 

25.全国大会(予選第2試合:対 私立創価中学校)

 受付を済ませ,控室へ。すでに多くのチームが来ていた。本日対戦する創価中学校は我がチームのそばに陣取っていた。昨年度の優勝チームであり,みるからに賢そうであり,強そうである。昨日,組み合わせを見て,創価中と対戦することを知った瞬間,僕はまず1敗するのは確実だと悟った。ところが,怖い者知らずの生徒たちは,この強敵に立ち向かおうとする意欲に満ちていた。2日目の予選は2試合とも我がチームは肯定側となる。予選突破には,あと1勝は必要であり,創価中に勝つことが難しいとなると,第3試合の岡山白陵中に何とか勝たねばならない。岡山白陵中が創価中との第2試合を見に来ることは十分に予想される。我がチームの手の内が読まれてしまう。そこで創価中戦ではあえてダミーを出し,第3試合に賭けるという方法もないわけではない。しかし,肯定側立論は1つしか準備しておらず,急にそのような対応を取ることは困難だ。これまでの経験でも,このような発想で最初から勝ちを捨てるような行動は次の本命の試合でも良い結果を生むものではない。意を決し,正々堂々戦うことにした。

 試合は9時30分から1号館201教室で行われる。オーダー用紙を提出して準備した。選手以外にもたくさんの人が教室にいたが,我がチームの身内は僕だけだから,他の人はすべて相手方と思った方がいい。いよいよ試合がスタート。昨年の優勝校と対戦できるなど夢のような話だ。自分たちがどこまで通用するのか精一杯戦ってほしいと願った。最初に肯定側である我がチームの立論。若干緊張していたようだが,時間内に読み終えることができた。メリットは「誤判による死からの救済」と「殺人事件の減少」である。これまで,肯定側では勝ったことがないので,どのような展開になるか不安だった。これに対して,否定側の創価中は「犯罪増加」というデメリットをあげてきた。その発生過程は「仮出獄」によるものと「抑止力の低下」によるものである。立論自体は我がチームの否定側立論と重なるもので,それなりに対処できる内容であり案外対等に戦えるかもしれないと思った。しかし,反駁がすばらしく0-3で完敗であった。負けたということで,選手は残念そうであったが,僕としては昨年全国優勝のチームとの力の差が思ったほど大きなものとは感じられず,ちょっと嬉しかった。それに,組み合わせを見た時から,この結果は予想していたので,ショックを受けることもなかった。大切なのは次なのだ。

 

26.全国大会(予選第3試合:対 私立岡山白陵中学校)

 予選を突破するには,やはりもう1つ勝たねばならない。白陵中は未勝利だが,ここで我がチームが破れれば,白陵中,明石中と我がチームがそれぞれ1勝2敗で並ぶ可能性が高い。そうすると,勝った試合が2−1で,負けた試合が0−3である我がチームが予選を突破できる可能性は極めて低い。やはりここで勝たなければならないのである。我々が相手チームについて,ほとんど何も知らない反面,おそらく相手側は我がチームの立論をすべて捕捉しているに違いない。もし,そうでなくとも,そうである可能性があるだけで我々はかなりのプレッシャーを感じていた。

 試合は1号館202教室で,11時10分にスタートした。肯定側である我々は第2試合と同じ立論を読み上げるしかない。立論がスタートすると,相手側は「やはり」というような表情をしているように見えた。もしかしたら気のせいかもしれないが・・・。さきほどの試合を見られているとすると,ジャッジの講評も聞かれているわけで,ますます気が気ではない。あとは相手側の立論をきちんと聞き取り,しっかりと反駁していくしかない。つまり,基本に忠実に戦うしかないのである。否定側は「治安の悪化」と「国民の政治への不信感の悪化」というデメリットをあげてきた。1つめのデメリットは予想したものであったが,2つ目はよく理解できなかった。幸い,ジャッジも同じだったようである。質疑の後,いよいよ反駁である。準備時間では,お互いが攻め口を確認し同じ方向性で戦っていくことになる。通常,相手に聞こえないような小さな声でささやきあうものだが,試合に熱中するあまり声が大きくなり,相手に筒抜け。ジャッジも観客も,我がチームの準備時間の様子を見て笑っていた。思わず僕も笑ってしまった。緊張するディベートの試合で,会場に笑いが起きるなど珍しいことである。第1反駁では,否定側反駁を受け止め対抗した。ジャッジに判断を任せると言った発言もあったが,気合いが感じられる反駁だった。次の準備時間も同様であった。まるで漫才のようである。ただ一生懸命さは感じられ,緊張で押しつぶされることなく自分たちらしさを出していたと思う。

 試合が終わってからも,選手たちは大きな声であれこれ語り合っていた。引率者として,ちょっと恥ずかしかったが,自分の指導してきた生徒たちだからしょうがない。しかし,ここまでよく頑張ってきたと思う。もちろん勝ってほしいが,あとはジャッジの判断である。まあ,コミュニケーション点はかなり低いだろうと予想された。色紙を書きながらも,まだあれこれ語り合っている。本当に心臓の強い生徒たちである。3人のジャッジが入室した。主審は中年の女性である。この人にすべてがかかっている。ユーモラスな語り口の中にも要点を抑えた講評がなされ,やはり準備時間についてもお話があった。コミュニケーション点は過去最低であった。しかし,判定は2−1で勝ち。信じられない気持ちだった。今年に入り,肯定側での初勝利でもある。終了後,主審の方とお話しする機会を得た。東北地方とゆかりのある方らしい。ビッグサイトでは,あの準備時間のようではいけないとやさしく注意された。

 

27.全国大会(決勝トーナメント抽選:昼食)

 我々は勝ったのである。初出場で奇跡の2勝。信じ難いが事実である。しかし,まだ予選突破が確定したわけではない。明石中が創価中に勝てば3チームが2勝1敗で並ぶことになるのだ。そうなれば獲得ポイントの少ない我がチームの予選突破はない。控え室に戻り結果を見た。予選1組は,創価中が1位,我が会津若松市立第二中が堂々の2位だった。これでベスト8確定。なんと全国大会で賞状をいただくことができる。東北大会で大敗した江名中や池田先生の楢原中は予選を勝ちあがることができなかった。肯定,否定のどちら側になるかということもあり,やってみなければ分からないのがディベートの恐ろしさである。決勝トーナメントの準々決勝は,自動的に予選2組第1位の中部地区代表,愛知県の私立東海中学校と対戦することになった。さっそく,肯定,否定を決める抽選が行われた。我がチームは否定側を引いた。東北大会以来,否定側での負けはない。

 実は,予選で敗退するだろうと思っていたので,2日目の午後は,どこかで遊ぼうと思っていた。大学時代の友人が幕張の県立高校で教員をしているので,彼にいろいろと案内してもらう予定だった。しかし,予想外の決勝トーナメント進出で,午後も試合があることになった。すぐ彼に連絡した。そして昼食。昨日のレセプションの会場で食べた。試合まで,あまり時間がないので,のんびり食べている暇はない。あと1つ勝てば,明日はあの東京ビッグサイトのステージに立てるのだ。まるで夢のようだが,可能性がないとは言えない。落ち着いて自分たちの力を出し切れば道は拓けるのだ。

 

28.全国大会(準々決勝:対 私立東海中学校)

 あっと言う間に時間が過ぎ,いよいよ準々決勝となった。1号館203教室で1時半からの試合開始である。グレーのシャツを着用した相手チームは,今回初出場ではあるが,ディベート先進地区である東海地区の代表である。しかも,系列校と思われる東海高校は第1回大会から5回連続出場しており,そのノウハウを受け継いでいるに違いない。やはり強豪チームである。第2反駁の担当者はハチマキをして気合いが入っている。見ただけで圧倒されそうである。きっと,事前に我々予選第1ブロックの試合も見ていることだろう。我がチームにとって唯一の光明は,否定側であることだ。これまで否定側での負けはないのだ。

 試合がスタートした。まずは肯定側の立論であるが,これが実に速い。なかなか聞き取れない速さなのである。我がチームがこれを聞き取って,内容を理解することができるか不安になった。肯定側のメリットは「誤判による殺人の回避」である。これまで聞いたことのないような流れで,まず現状分析からスタートするというスタイルだった。否定側質疑は,立論内容の確認というより相手の失言を狙った積極的なものであったが,相手側が一枚上手であり,ことごとく撃退され,相手の発言を遮るような場面がしばしばあった。否定側立論は時間内にきちんと読むことができ,相手側の質疑にも対応することができた。いよいよ勝負は反駁である。メリット,デメリットのラベルだけ見れば,否定側にも十分勝機はあると思えた。ビッグサイトのステージが一瞬頭をよぎった。反駁では,根拠とばる資料や数字の意味付けが争われる形となった。判定はわれたが1-2で敗れた。もしも・・・はないのだが,勝てそうな気がしないでもない試合だった。

 こうして,全国大会での我がチームの試合は終わった。初出場でベスト8である。全国大会に出場できただけでも奇跡なのに,2勝をあげたというのは,さらに奇跡である。引率者としても十分満足できる結果だった。ただ,あと1人でも生徒を連れてくることができていたら・・・と思うような気がしないでもなかった。

 

29.全国大会(散策)

 予定より遅れてしまったが,個人的には楽しみにしていた友人との再会。大学近くの私立高校の前に奥さんに送られて友人が現れた。生徒たちと簡単に挨拶をした後,幕張の街を散策した。試合後の気分転換としては最高だろう。幕張と言えば幕張メッセなどがある新都心の1つである。きちんと区画された街に高層ビルが建ち並んでいる。夏の暑い日差しの中でも,海からの風なのか,思ったよりも快適である。まず,彼が勤務している千葉県立幕張総合高校を案内してもらった。それまであった3つの高校が統合される形で作られたこの高校は,大規模で7階建ての校舎はまるで要塞のようであった。夏休み中で部活動の生徒がいるくらいであったが,教室や職員室,体育館や校庭などを案内してもらった。コンピュータの大幅な導入など,驚く点がたくさんあった。その後,幕張の駅を越え海側へ向かった。ちょうど,千葉マリンスタジアムで人気グループのコンサートがあるらしく,ものすごい人であった。この人混みにもまれただけでも生徒にとっては大きな経験と言えるだろう。高層ビルの最上階にあるレストランでコース料理の夕食。東京湾の眺めが美しかった。しかも,花火大会が催されており美しい花火を見ることができた。高い場所から見ているので,遠くの花火がはるか下に見えたのが印象的であった。生徒引率でなけれな,久しぶりに友人と1杯やりたいところだったが,そうもいかず別れることになった。昨日と同じように新木場まで京葉線で移動。しかし,今日は事務局手配のバスはないので,自分たちでホテルまで移動するしかない。路線バスは不慣れなので,タクシー2台で移動した。明日は観戦のみ。気楽な夜を過ごすことができた。

 

30.全国大会(3日目)

 全国大会も最終日を迎えた。準々決勝で敗れた我がチームに試合はない。今日は,あのTOKYOビッグサイトでの中学,高校それぞれの3位決定戦と決勝戦を観戦し閉会式に臨むことになる。宿舎からバスが出たので,他チームといっしょに会場へ向った。思えば5年前に偶然,ここに遊びに来たのがディベート甲子園との出会いだった。そして,今,自分は大会の参加者として戻ってきたのだ。第1回の大会よりは落ち着いた雰囲気の国際会議場だった。あと1勝していれば,多くの人に見守られながらディベートができたのであるが,僕としてはこの会場にいるだけで満足だったというのが正直なところである。生徒たちは,会場に入るやいなや「あのステージでやりたかった」などと言っていたが,僕から言わせれば「10年早い」というところだろう。なにせ,我らはまだディベートをはじめてほんの数ヶ月なのである。世の中,そんなに甘くはないのだ。中高あわせて4試合を観戦した。中学の2試合には,それぞれ我がチームと対戦した創価中と東海中が出場した。結果は,創価中は準優勝,東海中は3位だった。自分たちの試合がないので,気は楽であった。ゆっくりと弁当を食べたり,ビッグサイトを散策したりして過ごした。

 そして,閉会式。今回は,参加した全チームに賞状が授与されるということで,どのチームも代表1名はあこがれのステージに立てることになった。我がチームも代表がステージに立った。どんな思いでステージに立ったであろうか・・・。今回は第5位ということで表彰されることになっていたのだが,閉会式のステージ上での表彰は3位までで,我がチームがステージ上で表彰されることはなかった。ちょっと残念だった。賞状は式の終了後に受け付けでいただいた。会場入口に張られた大きな決勝トーナメントの組み合わせ表の前で写真を撮った。

 

31.全国大会(帰路)

 ビッグサイトからは,ゆりかもめに乗車するのが一般的なのだろうが,僕らは東京駅直行の急行バスに乗った。生徒たちは乗り合わせた人と話をしていた。学生服姿というのは,ちょっと目だったのかもしれない。東京駅の地下街で買物などをして新幹線に乗り込んだ。東京に来るときは,電車が不通となり散々だったが,帰路もスムーズではなかった。山形新幹線が大雨で不通となり,山形行きのつばさ号を連結している我らの列車は,途中駅で止まったまま。仙台方面の新幹線が次々と我らを抜いていく・・・。かなりの時間が過ぎ,ようやく郡山に辿りついた。ところが・・・。今度は落雷のため磐越西線が不通。今回は,何とも電車には縁がない。結局,1時間以上,郡山の駅に足止めされ,会津若松に着いたのは11時頃だった。その間,居あわせた外国人と話し続けた。これは楽しかった。こうして,最後は大きな疲れを背負い帰宅した。

 

32.解散

 夏休み中に,3年生が学年行事で登校した。その機会にディベートに関わった全員が会議室に集った。1つのけじめである。全国大会に行くことができなかった生徒たちに,行った生徒たちがおみやげを渡した。僕からは,全国大会の資料を渡した。東京に行ったのは4人だが,みんなでディベートに取り組んできたという思いは,それぞれが持っていたことだと思う。今となっては,何を話したか忘れてしまったが,ディベートへの取り組みを通して学んだことを,今後の人生に生かしてもらいたい。

 2学期が始まり,全校の集会で全国5位の賞状を披露した。それもあってか,来年,ディベートに取り組んでみたいと希望している生徒が多い。さて,どうなることか・・・。応援してくれた高校生にも全国大会の様子を話した。2年間の取り組みは,僕にとっても意味のあるものだった。御支援いただいた方々には深く感謝したい。