西 国 諸 国 の 日 蓮 宗 寺 院

西国諸国の日蓮宗寺院

丹後舞鶴妙法寺(日蓮宗長久山妙法寺)

京小川ノ北具足山妙顕寺末
元亀三壬申年開山権大僧都日賢上人、当時境内千三百坪
本尊 釈迦 多宝、番神堂 五尺ニ三尺、拝殿  一間半四方 此内ニ宮殿有之、客殿  七間ニ六間、方丈  四間四方、庫裏  七間ニ五間半 弐階座敷佳景也、鐘楼 一間半四方、仁王門 三間ニ一間半
 舞鶴妙法寺仁王門  舞鶴妙法寺本堂


備後府中晃永寺:2011/12/10撮影

大乗山と号す。本堂はRC造。巨大な自然石に刻む題目碑がある。
 備後府中晃永寺本堂     備後府中晃永寺題目碑


讃岐平木妙徳寺

貞治<北朝>6年(1367)建立と云う。開基など未調査。
平木は当寺の門前町として発展したところと云う。
2009/12/26撮影:
 平木妙徳寺南方題目碑:妙徳寺表門の南方・長尾街道と交わるところに題目碑がある。ここから妙徳寺への参道がある。
               背後は観音堂。
 平木妙徳寺参道:長尾街道・題目碑から参道・妙徳寺を見る。
 平木妙徳寺門前題目碑     平木妙徳寺表門:左から妙見堂・鬼子母神堂・本堂・鐘楼
 平木妙徳寺本堂
 平木妙徳寺妙見堂:右は鬼子母神堂、妙見菩薩の由来は未調査。


阿波徳島寺町
徳島眉山山中・山麓には多くの各宗寺院が密集し、寺町を形成する。山中・山麓には持明院、瑞巌寺、観音寺、竹林院、春日寺(春日神社)、八坂神社、天神社、諏訪神社などがあり、また山下には遷国寺、浄智寺、東宗院、法華宗(敬台寺、本行寺、妙永寺、善学寺、妙典寺、本覚寺、寿量寺、妙長寺)、来福寺、源久寺、安住寺、善福寺、願成寺、般若院、・・・などがある。
蜂須賀家政の阿波入国に伴い、勝瑞や旧領地から多くの寺院が移転されたことによる。
昭和20年の空襲で、殆ど全部焼失したものと推定されるが、多くは再興されているとも思われる。

 徳島市西新町航空写真の日蓮宗寺院部分図:下図拡大図:徳島県立文書館:「幻の城下町徳島」 より転載
    ・・・・撮影年代は不明、昭和20年空襲前写真:焼失前の各寺院の堂宇の様子を概ね窺うことができる。                                                                                                       

 なお、敬台寺はこの写真のかなり右手の寺町最北端にあり、写真には写らない。
 また大滝山持明院は本行寺の右手上方にある。

 2010/11/01追加:昭和11年徳島市街全圖:眉山山麓には寺町が形成されている様が窺える。

阿波徳島寺町敬台寺:寺町北にある。

心蓮山知玄院と号す。
正保2年(1645)、徳島藩初代蜂須賀至鎮正室敬台院(徳川家康養女)の信仰していた江戸敬台山法詔寺と相模鎌倉廃鏡台寺とを合わせ、徳島城下に移転させ建立される。開山は日重。 開基は富士大石寺第17世日精。現在は日蓮正宗。
 (なお富士大石寺御影堂は敬台院の寄進により建立され、現存する。)
創建時は持明院寺地の一部を召し上げ、方1町の寺地があり、本堂・書院・方丈・台所・大玄関・小玄関・御魂屋・表門・垂迹堂・鐘楼などの伽藍があったと云う。寛文6年(16669敬台院は没し、墓所となる。慶安元年(1648)寺領200石を持ち、幕末まで維持される。
昭和20年の空襲で焼失し、現在は規模を縮小している。
 2010/01/19撮影:阿波敬台寺

阿波徳島寺町本行寺:寺町西の北側にある。

高雲山法住院と号す。板野郡勝瑞に建立され、開山は日永、日永は三好氏一族と云う。
天正3年(1575)三好長治の菩提所となる。三好氏は阿波一国を日蓮宗に強制改宗させる政策を進める。
之に関して真言宗持明院との宗論・訴訟となる。宗論は堺妙国寺・経王寺などが下向し行われる。
天正13年(1585)蜂須賀氏入国後間もなく、勝瑞から寺町に移される。
寛政6年1794)本堂焼失、昭和20年空襲で焼失と思われ、現在は仮堂と思われる堂宇がある。
門前に金竜水が残る。
 2010/01/19撮影:阿波本行寺1     阿波本行寺2

阿波徳島寺町妙永寺:寺町西の本行寺南側にある。

古くは勝瑞にあったが、文禄年中(1592-)八万村法華谷に移った後、寺町に移ると云う。
昭和20年の空襲で焼失、堂宇は近年の再興と思われる。
 2010/01/19撮影:阿波妙永寺

阿波徳島寺町善学寺:寺町西の妙永寺南側にある。

長久山と号す。勝瑞から文禄年中に寺町に移転と云う。
昭和20年の空襲で焼失、堂宇は近年の再興と思われる。
本堂はRC造、ニ層堂形式を採り、ニ層屋根上に方形の小宇を載せ、さらにその屋根上に相輪を載せる。
 2003/07/24撮影:阿波善学寺ニ層堂1
 2010/01/19撮影:阿波善学寺     阿波善学寺ニ層堂2     阿波善学寺ニ層堂3

阿波徳島寺町妙典寺:寺町西の善学寺南側にある。

高井山龍光院と号す。法華宗本門流。
明応6年(1497)の創建で、開山は日相と伝える。創建の地は勝瑞で、その後高崎村に移り、寛永年中(1624-)脇町本覚寺日正によって寺町に移る。
庚申堂には勝どき橋にあった青木庵帝釈天を祀る。昭和32年に移安されると云う。
昭和20年の空襲で焼失、堂宇は近年の再興と思われる。
 2010/01/19撮影:阿波妙典寺1     阿波妙典寺2:帝釈天堂

阿波徳島寺町本覚寺:寺町西の妙典寺南側にある。

光輝山と号す。かっては勝瑞にあったが、承応年中(1652-)寺町に移ると云う。
阿波千家(千利休長子道安の家系)一族及び高良斎(シーボルト高弟・眼科医)の墓所がある。
昭和20年の空襲で焼失と思われるも、未だ堂宇の再興はならず、バラック様の堂宇があるのみと思われる。
 2010/01/19撮影:阿波本覚寺1     阿波本覚寺2:高良斎墓所

阿波徳島寺町寿量寺:寺町のほぼ中央にある。妙長寺の西。

伊勢桑名寿量寺僧によって開かれたと伝える。
(未訪問)

阿波徳島寺町妙長寺;寺町東のほぼ中央にある。

真光山と号す。正保年中(1644-)の建立と伝える。
昭和20年の空襲で焼失と推定され、寺域は縮小され、現在は民家風の堂宇1棟と堂宇名不詳の小宇のみを構える。
 2010/01/19撮影:阿波妙長寺


2010/01/03作成:2011/12/17更新:ホームページ日本の塔婆日蓮の正系