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山 城 宝 塔 寺
★天明年間刊「都名所圖會」
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山城寶塔寺:左図拡大図 この景観は、現在までほぼ維持される。 |
2006/11/19追加:
「山城おうせんどう廃寺心礎」の「おうせんどう廃寺地図」の
明治42年測量地図:1/20000、京都南部 に
宝塔寺多宝塔「記号」がある。 ■多宝塔
:室町初期建立。小型の塔。当寺では応仁の乱の兵火を逃れた唯一の建物。屋根は珍しく行基葺きとする。
2010/02/02撮影:
宝塔寺多宝塔21 宝塔寺多宝塔22 宝塔寺多宝塔23 宝塔寺多宝塔24
宝塔寺多宝塔25 宝塔寺多宝塔26 宝塔寺多宝塔27
多宝塔西面蟇股 多宝塔南面蟇股 多宝塔東面蟇股 多宝塔北面蟇股
□本 堂:2003年本堂解体修理落慶。慶長13年<1608>建立・重文
、7×7間の大堂である。
★宝塔寺概要 深草山と号する。本尊は十界曼荼羅。
日蓮・日朗・日像三代上人の遺骨を納めた塔があることによって宝塔寺と称する。
もとは真言宗極楽寺(開基は関白藤原基経=昭宣公)を前身とする。
延慶年間(1308-10)、日像上人により日蓮宗に改宗。
なお日像上人は康永元年(1342)妙顕寺にて寂するが、当地において荼毘に付される。
応仁の乱に荒廃するが、天正18年(1590)日銀上人(妙顕寺日尭上人弟子)によって再興。
市街地から離れたところにあるのが幸いしたものか、今なお本堂(桃山期・重文)多宝塔・惣門(室町期・重文)などの伽藍と塔中7院を有する。
現伽藍(概要図)
:概要図は目測をメモしたもので必ずしも正確ではない。下に掲載の伽藍図・空撮図が正確性を持つ。
画像は2001年6月10日撮影。
本堂(近年重文に指定され、現在解体修理中。慶長13年<1608>建立)、
惣門(重文・室町中期建立)・仁王門(宝永8年<1711>再建、平成12年(2000)丹塗り天井復元)・多宝塔(重文・室町
)・
鐘楼・庫裏・書院等
を備え、さらに小宇ながら、日像上人廟・昭宣(極楽寺開基、関白藤原基経)堂・三十番神・千仏堂等がある。
背後の七面山上付近に七面社がある。
その他、日像上人荼毘所(笠題目)・将棋名人宗桂(徳川家の将棋所となる・塔中霊光寺にあり・2代宗桂以下の菩提寺は東京芝本妙寺
にある)・日審上人廟(塔中霊光寺)・妙顕寺歴代廟所等が現存する。(書院・本堂間景観)
なお寺中として、大雲院・円妙院・直勝院・玉泉院・霊光寺・慈雲院・自得院が現存する。
惣門から仁王門を撮影(参道左右に寺中が並ぶ)
2003/07/22撮影:
仁 王 門 日像上人荼毘所
2006/01/18撮影:
寶塔寺仁王門 寶塔寺惣門
2010/02/15追加:
□寶塔寺寺中現況:※は2006/01/18撮影、無印は2010/02/02撮影:
深草宝塔寺山内:仁王門から惣門を見る、参道両脇に寺中が並ぶ。
※大雲寺:
大雲寺表門 大雲寺本堂 大雲寺位牌堂
(西之大坊)日随上人(寺本氏の出
・日銀上人弟子)が開祖。昭和28年大雲院から改称。六坊の第一。天文5年(1536)建立。
玉泉院: 廃玉泉院
六坊の第三。慈雲院に合併。(写真撮影忘れのため、写真掲載はなし)
※自得院:
自得院坊舎
六坊の第四。元禄年中、観静坊から自得院に改称。
文禄3年(1594)開創。
※円妙院:
円妙院全容
六坊の第五。
慶長2年(1597)建立。
※慈雲院:
慈雲院表門 慈雲院本堂 慈雲院庫裏
明暦
4年(1657)日利上人(日銀上人弟子)開山。明治初め玉泉院を合併。
※院跡石碑:
推定深信院跡・・・写真奥に本久院・了性院跡が続く
深信院・本久院・了性院跡
:いずれも明治維新で廃寺になると云う。
※霊光寺:
霊光寺表門 霊光寺本堂
日審上人廟所。将棋名人大橋宗桂(江戸初期)、棋聖天野宗歩の墓所。寺伝では真言宗荘厳院が日蓮宗に改宗して霊光寺と称したと云う。慶長元年(1596)現地に再興。
あるいは天正13年(1585)再建との伝もある。
※直勝寺:
直勝寺表門・庫裏
大雲寺隠居所・日随上人開山。昭和18年直勝院から寺号へ改称。
慶安4年(1648)創建。
以上参考:「深草 稲荷」深草稲荷保勝会、平成10年 など
「寺本氏の墓」大雲院の北に在り、寺本内蔵允忠吉法名識本院学翁宗心居士、雍州府志云、寺本氏の墓深草山上に在り、織田信長足利義昭と六条河原に相戦ふ時に寺本氏信長公に従ひて戦死す、斯人深草の人也云々。
□瑞光寺:2006/01/18追加:
※瑞光寺と寶塔寺との直接の関係はないが、
両寺とも旧極楽寺跡に立地する。
寶塔寺惣門より南やや西すぐに瑞光寺がある。
寺地はもと極楽寺薬師堂の跡といわれる。
明暦元年(1655)元政上人(1623〜67)が草庵を結び、日蓮宗瑞光寺の開山とする。
寛文年間(1661-73)に堂宇の建立がなり、瑞光寺となる。
山城瑞光寺本堂 2010/02/02撮影:山城瑞光寺本堂2
元政上人墳墓:境内西(JR奈良線を越える)にあり、簡素な土盛に竹を植えた墳墓が今も護持される。
2006年以前作成:2010/02/15更新:ホームページ、日本の塔婆、日蓮上人の正系
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