はじめに

  私たちの教会は、日本基督教団(にほんきりすときょうだん)西原教会といいます。

 沖縄には、教団の教会は 28あって、教会、伝道所(教会ほど大きくない)、集会所(いろいろな理由があって伝道所にならない教会) があり、それぞれの立場から様々な活動を行っています。つまり、日本基督教団というのはいろいろな教会が集ま って形成されている団体ということなんですね。
 ですから、同じ日本基督教団といってもいろいろな教会があって、礼拝の形式とか、社会への取り組みとか、 雰囲気とかもそれぞれ違っているんです。まぁそれがいいところといえばいいところなんですけど…。

  西原教会は礼拝出席がだいたい20名ぐらいの教会です。(会員といわれる人はもっといるんだけど、それ を言っても様子は分からんからね)。年齢構成は、40代から50代が中心で、それを中心にお年寄りが2,3名、20 代から30代の青年(30代も青年!だから私もここに属するぞ!)が7,8名といったところでしょうか。
 皆さん非常に若くて元気な教会です。
 人数が少ないということは逆にアットホームといえるかもしれません。
 いろいろな人に来てもらいたいと、いつもみんなで考えてます。ちょっと覗いてみるか…でも大いに結構!!  ぜひ、一度お越し下さい。みんなであたたか〜く歓迎します!。







日本基督教団信仰告白について

 私たちの属する日本基督教団の信仰告白は1954年の第8回日本基督
教団総会にて制定されました。
 しかし、1969年に日本基督教団は沖縄キリスト教団(現在の沖縄教区)
という別の教団と合同し、新しい教団となった歴史があります。
 新しい教団となったのであれば、信仰告白も新たに作られてしかるべきこと
です。そういう課題が現在私たちにはありますが、現行の信仰告白はこのよう
になっています。

日本基督教団信仰告白

 我らは信じかつ告白す。
 旧新約聖書は、神の霊感によりて成り、キリストを証し、福音の真理を 示し、教会の依るべき唯一の正典なり。されば聖書は聖霊によりて、神に つき、救いにつきて、全き知識を我らに与える神の言にして、信仰と生活 との誤りなき規範なり。
 主イエス・キリストによりて啓示せられ、聖書において証せらるる唯一 の神は、父・子・聖霊なる、三位一体の神にていましたまう。御子は我ら 罪人の救いのために人と成り、十字架にかかり、ひとたび己を全き犠牲と して神にささげ、我らの贖いとなりたまへり。
 神は恵みをもて我らを選び、ただキリストを信ずる信仰により、我らの 罪を赦して義としたまう。この変らざる恵みのうちに、聖霊は我らを潔め て義の果を結ばしめ、その御業を成就したまう。
 教会は主キリストの体にして、恵みにより召されたる者の集いなり。教 会は公の礼拝を守り福音を正しく宣べ伝え、バプテスマと主の晩餐との聖 礼典を執り行い、愛のわざに励みつつ、主の再び来たりたもうを待ち望む。

 我らはかく信じ、代々の聖徒と共に、使徒信条を告白す。

(使 徒 信 条)
我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりて やどり、処女マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、 十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよ りよみがえり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまえり、かしこよ り来りて、生ける者と死ねる者とを審きたまわん。我は聖霊を信ず、聖な る公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、永遠の命を 信ず。    アーメン。

●信仰告白って?
 信仰告白とは己の信仰を公に言い表す行為であり、その根本はイエスは
キリストである
、ということです。そこに様々な態度、信念、行動
が加えられています。
 ただし、  信仰告白はこれが絶対というものではありません。世界の多くのキリス
ト教会が複数の信仰告白を持っています。それは教会が時代というこの世
にあることを考えれば、その時代に生きる信仰の告白があるからです。
 この現行の信仰告白には、時代がない。

●信仰告白は基準か?…
 いいえ基準ではありません。
 キリスト教の歴史を見ると、基準が作られたことで異端とされる立場も
生み出していることは明白です。基準は「お前とはこれが違う」というこ
とを示すためのものでもあります。
 そう考えますと、これを基準とするなんてことはもっての外!
 信仰告白はしばるものではないということです。
 もっとも、教会がそれぞれ信仰を公に言い表す告白ならわかるけど、教
団の信仰告白って、そもそも何よ?と言いたいですね。権威化、絶対化、
他者を排除するための告白なんて、告白じゃないですよ。






第二次大戦下における
 日本基督教団の責任についての告白

第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白

 わたくしどもは,1966年10月,第14回教団総会において,教団創立25周年 を記念いたしました。今やわたくしどもの真剣な課題は「明日の教団」であ ります。わたくしどもは,これを主題として,教団が日本及び世界の将来に 対して負っている光栄ある責任について考え,また祈りました。

 まさにこのときにおいてこそ,わたくしどもは,教団成立とそれにつづく 戦時下に,教団の名において犯したあやまちを,今一度改めて白覚し,主の あわれみと隣人のゆるしを請い求めるものであります。

 わが国の政府は,そのころ戦争遂行の必要から,諸宗教団体に統合と戦争 への協力を,国策として要請いたしました。

 明治初年の宜教開始以来,わが国のキリスト者の多くは,かねがね諸教派 を解消して日本における一つの福音的教会を樹立したく願ってはおりました が,当時の教会の指導者たちは,この政府の要請を契機に教会合同にふみき り,ここに教団が成立いたしました。

 わたくしどもはこの教団の成立と存続において,わたくしどもの弱さとあ やまちにもかかわらず働かれる歴史の主なる神の摂理を覚え,深い感謝とと もにおそれと責任を痛感するものであります。

 「世の光」「地の塩」である教会は,あの戦争に同調すぺきではありませ んでした。まさに国を愛する故にこそ,キリスト者の良心的判断によって, 祖国の歩みに対し正しい判断をなすべきでありました。

 しかるにわたくしどもは,教団の名において,あの戦争を是認し,支持し, その勝利のために祈り努めることを,内外にむかって声明いたしました。

 まことにわたくしどもの祖国が罪を犯したとき,わたくしどもの教会もま たその罪におちいりました。わたくしどもは「見張り」の使命をないがしろ にいたしました。心の深い痛みをもって,この罪を懺悔し,主にゆるしを願 うとともに,世界の,ことにアジアの諸国,そこにある教会と兄弟姉妹,ま たわが国の同胞にこころからのゆるしを請う次第であります。

 終戦から20年余を経過し,わたくしどもの愛する祖国は,今日多くの問題 をはらむ世界の中にあって,ふたたび憂慮すべき方向にむかっていることを 恐れます。この時点においてわたくしどもは,教団がふたたびそのあやまち をくり返すことなく,日木と世界に負っている使命を正しく果たすことがで きるように,主の助けと導きを祈り求めつつ,明日にむかっての決意を表明 するものであります。

    1967年3月26日復活主日 日本基督教団 総会議長 鈴木正久







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