☆北辰妙見信仰の系譜 2
(3)仏教と妙見信仰−その1−
 それでは、仏教における北辰妙見信仰についてみていきましょう。
 妙見菩薩は、サンスクリット語で「スタルシャナ」といい、国土を守り、災いを消し、敵を退けて福寿を増進する誓願を建てた菩薩であると言われています。しかし、その起源をインドに求めるのは、少し無理があるようです。『北斗七星延命経』や『北辰菩薩陀羅尼経』などの経典もありますが、後につくられた偽経であろうと推測されています。やはり、中国における北辰信仰を、仏教に取り入れたものと思われます。
 下松における日本で初めての星祭りの話は、とりあえず置いておいて、いつごろから妙見信仰は日本に根付いていったのでしょうか。平安初期に成立する、あの『日本霊異記』にも、すでに妙見菩薩の功徳が述べられていますので、かなり古くから信仰されていたと考えられます。
 主に密教(天台宗・真言宗)に取り入れられた妙見(密教では尊星王−そんじょうおう−とも呼ぶ)信仰は、妙見供、北斗法、北斗護摩などのさまざまな星供養を生み、民間には陰陽師(おんみょうじ=一般の人々に暦を売ったり、簡単な祈祷などをして歩いた人々)の活躍もあって、広く一般に広まっていきました(下松の鷲頭寺では、9月9日から、星が降臨した9月18日まで、住職は五穀を絶ち、護摩を焚いて妙見菩薩を祀ることになっている)。
 江戸時代にはいると、先に紹介した『北辰妙見菩薩霊応編』をはじめ、『妙見宮利益助剣』、『妙見大菩薩実境録』などが盛んに開版され、妙見菩薩の功徳と霊験は、人々の間により身近になっていきました。

(4)仏教と妙見信仰−その2−
 下松の妙見宮鷲頭寺は、真言宗御室(おむろ)派に属しています。御室派の総本山は、京都の仁和寺(にんなじ)ですが、その仁和寺に「妙見曼荼羅」というものが伝わっています。
 龍の上に立つ妙見菩薩を中心に、周囲にすべての星座を配しています。妙見菩薩は、また両手に宝珠を持ち、右手の宝珠には「金烏(きんう)」が、左手の宝珠には「玉兎(ぎょくと)」が描かれています。金烏(キンチョウではない。線が一本少ないのに注目)とは、金色のカラスで太陽を指し、玉兎はウサギで月の象徴です。太陽や月をも、北極星たる妙見菩薩を中心に動いているという思想をわかりやすく表現したものといえます(密教は仏教の中で、もっともビジュアル系?!)。
 ところで、月にウサギがいるという話を聞いたことがない日本人はいないと思いますが、太陽に金色のカラスがいるというのは初耳の人もいると思います。古代中国では、太陽に3本足の金のカラスがいると考えられており、これが「ヤタガラス」という名で、日本の神話にも取り入れられました。
 和歌山県の熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)の象徴として、ヤタガラスの絵を目にすることができます。サッカーの好きな人なら、JFAのマークが三本足のカラスであることをご存知と思いますが、じつは、あれもヤタガラスなのです。足で押さえてるサッカーボールを、太陽に見立てているのでしょうね。
 妙見信仰はまた、密教のみならず、日蓮宗でも広く信仰されています。妙見菩薩は、法華経の行者を守護すると考えられています。日蓮自身の現前にも妙見菩薩が顕現したという話もあり、遺文のなかで北斗七星に言及していることなどから、広く日蓮宗の寺院で祀られるようになりました。大阪能勢の真如寺妙見堂は、「能勢の妙見さん」の名で、広く信仰を集めています。

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