METROPOLITAN MANDOLIN ORCHESTRA

第10回演奏会

第10回演奏会 公式チラシはこちらです。

「第10回演奏会を語る」(見所・聴き所などなど)はこちらです。

1.日時

1999年9月4日(土) 18:00会場 18:30開演

2.場所

カザルスホール<お茶の水スクエア内>

3.指揮者

小出 雄聖

4.曲目

○オットリーノ・レスピーギ(笹崎譲編曲)/交響詩「ローマの噴水」
○ディヴィッド・ローブ/マンドリン・オーケストラのための「交響曲」 (委嘱作品・初演)
○グスタフ・マーラー(笹崎譲編曲)/交響曲「第10番」から「アダージョ」

5.楽曲解説(庄山 恵一郎・委嘱の項を除く)

オットリーノ・レスピーギ(1879〜1936)

交響詩「ローマの噴水」

  イタリアのボローニャに生まれたレスピーギは、1913年ローマのサンタ・チェチリア音楽院の教授に迎えられてから、その後の人生をローマで暮らし、古代文化が融合したこの都を生涯愛しつづけました。彼の代表作、いわゆるローマ3部作は、彼も直接作曲の教授を受けたリムスキー=コルサコフ(1844〜1908)ゆずりの色彩的な管弦楽法もあいまって、ローマの魅力を生き生きと描き出した傑作となりました。これら3曲は同じような趣でローマの歴史や風景をつづった作品ですが、その作曲時期や音楽的技法はかなり異なります。芸術的な完成度が高い「ローマの松」(1924年)、通俗的面白さと音響効果も抜群な「ローマの祭り」(1928年)。そして第1作「ローマの噴水」(1916年)はもっとも詩情豊かな洗練された音楽です。いずれも4つの異なった音楽が続けて演奏され、それぞれの風物を描いていきます。交響詩「ローマの噴水」は、一日の時間の流れを噴水の水と光の変化で描きます。印象派の巨匠ドビュッシー(1862〜1918)の交響詩「海」(1905年)と並んで、水と光を描いた名作の一つです。
○第1曲:夜明けのジュリアの谷の噴水
凛と張り詰めた霧の中、静かにローマは夜明けを迎えます。微かに光を浴びて水がきらめく向こう側に、小鳥のさえずりが聞こえ、あたりは牧歌的な雰囲気に包まれます。
○第2曲:朝のトリトーンの噴水
ファンファーレと共に、眩いばかりの朝日がローマに差し込みます。トリトーンとは半人半魚の海神のこと。片手にほら貝を持った彼らが、水の中を楽しそうに遊びまわります。
○第3曲:昼のトレヴィの噴水
世界中の観光客がお金を投げ込んでしまう有名なトレヴィの噴水の上に、真昼の太陽が輝きます。噴水のオブジェである海神ネプチューンやその戦いの様子、人魚やトリトーンを従わせた勇猛な行進を思わせる音楽が、突き進んで行きます。
○第4曲:黄昏のメディチ荘の噴水
チェレスタやハープの音色に導かれ、夕暮れの郷愁が訪れます。小鳥のさえずりや木々のざわめきが、静かに美しく、夜の静寂の中に消えていきます。

デイヴィッド・ローブ

マンドリン・オーケストラのための「交響曲」 (委嘱作品・初演)

 The "Symphony for Mandolin Orchestra" was commissioned by the Metropolitan Mandolin Orchestra for this concert. It represents the composer's first work for mandolins. Naturally he wanted to compose a work which would reflect both the symphonic tradition and the world of traditional Japanese music, with which he has worked for thirty five years. At the same time, creating a piece which would suit the special character of the mandolin was also of great importance.
In writing this piece he attempted to keep these three considerations in mindand balance them appropriately. The work has four movements in the manner of a traditional symphony.
 In the first movement, all the themes evolve from the mysterious beginning, gathering force until the return of the opening idea. The second movement is alight-textured scherzo, an expanded reworking of a piece originally written for Keiko Nosaka, and often performed by her on the twenty-string koto. The third movement is a slow passacaglia, with a repeated descending figure based on a modified Japanese scale. The fourth movement is a concertante rondo; which means that the form relates to the traditional alternation of a single theme with episodes, but the orchestral treatment alternates passages for the entire ensemble with passages for various combinations of solo instruments.
 The composer tried to utilize the guitar section (American mandolin orchestras do not include guitar) to best advantage, treating it not only as a reinforcement of the bass line, but also as a section capable of melodic and expression on its own.
 マンドリン・オーケストラのための「交響曲」は、この演奏会のためにメトロポリタン・マンドリン・オーケストラから委嘱された。作曲者にとって、初のマンドリン向けの作品である。西洋のシンフォニックな響きと伝統的な邦楽の世界(作曲者には過去35年間の経験がある)を映し出すこと。同時に、マンドリンの特殊性に見合った作品を作り出すこと。作曲中にはこれら3つの構成要素に重きを置き、均衡するように努めた。従来の伝統的な交響曲の様式と同様、4楽章からなる。
 第1楽章では、神秘的な冒頭部分から全ての主題が発展。冒頭部分が回帰するまで、力を集結させていく。第2楽章は、輝かしいテーマを持ったスケルツォ。この曲はかつて二十絃筝奏者の野坂恵子氏向けに書いた作品を今回新たに発展させた。第3楽章は、テンポの遅いパッサカリア。変形された日本特有の下降音階が繰り返される。第4楽章は、協奏風ロンド。単一主題とエピソードが交互に現れる伝統的なロンド形式にとどまらず、ソロ楽器と全合奏が交互に主題を奏でる。
 通常、アメリカのマンドリン・オーケストラはギターセクションを含まないが、今回の作品ではギターを最大限に活かした。つまり、この楽器を単なるベース・ラインの補強としては用いず、旋律や音楽を表現するセクションとして活用することを試みている。
 David Loeb(b.1939,New York) studied with Peter Pindar Stearns at the Mannes College of Music in New York. After obtaining a Master's Degree at Yale University and summer studies at Tanglewood, he returned to Mannes in 1964 to teach,and remains there now. Since 1973 he has also taught at the Curtis Institute of Music in Philadelphia.
His large catalogue of works includes seven symphonies, several concerti, numerous other orchestral works, many chamber works and solo pieces. Since 1964he has also composed extensively for Japanese traditional instruments, and for early Western instruments, especially the viola da gamba. The experiences ofwriting for such special instruments have strongly influenced his writing formore conventional media. About thirty of his compositions have been recorded;recent releases include "Flutist from the East" vol.2 (Kohei Nishikawa) and "Echoes from Bronze Bells". A second "portrait" CD is now in production.
He has received numerous awards, including the Viola da Gamba Societies of the UK, US, and Japan; National Flute Association (US), Andres Segovia Centennial (Spain), Anton Heiller Memorial (US). His thesis on Japanese koto music was published by Columbia University. He also finds time to perform as a shinobue player, and has recorded one of his compositions for shinobue and orchestra.
 1939年ニューヨーク生まれ。ニューヨークのマンネス・カレッジの音楽科でピーター・ピンダー・スターンズ氏に師事。エール大学で修士号を得、タングルウッド音楽祭で学んだ後、1964年にマンネス・カレッジに戻り、教鞭をとっている。1973年以来、フィラデルフィアのカーティス音楽院でも教壇に立っている。
 作品は多岐にわたり、7つの交響曲、数曲の協奏曲をはじめ、オーケストラ、室内楽、独奏用の多数の作品がある。1964年以来、日本の伝統的楽器、西洋の古楽器(とくにヴィオラ・ダ・ガンバ)のために数多くの作品を誕生させた。このような特別な楽器のための作曲経験は、後の作風に強く影響を与えている。作品は約30曲が録音されており、最近のリリースには西川浩平氏演奏の「Flutist from East」vol.2、「Echoes fromBronze Bells」などがある。現在、二度目の「ポートレイト」CDを作成中。
 受賞は多数。イギリス、アメリカ、および日本のヴィオラ・ダ・ガンバ協会、アメリカの全国フルート協会、スペインのアンデス・セコビア百年祭、アメリカのアントン・ヘイラー・メモリアルなどから表彰されている。また、日本の筝曲に関する論文がコロンビア大学から発表されている。作曲のほかに、篠笛奏者としても活躍。篠笛とオーケストラのための自作自演もCDに収められている。
 委嘱作品解説一覧はこちらへ

グスタフ・マーラー(1860〜1911)

交響曲「第10番」から「アダージョ」

  世紀末の巨匠グスタフ・マーラー。彼は生前は大指揮者として活躍しており、現在も活躍している名門、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団やニューヨーク・フィルハーモニックを始め、多くの管弦楽団の指揮台に立ちました。1897年〜1907年にかけては、最近2002年より小沢征爾氏がその任につくことが発表されたウィーン国立歌劇場音楽監督をつとめていました。 彼の作品は、矛盾するような様々な要素が奇妙に同居しています。陽気だったかと思えば、すぐに鬱状態になって沈み込む。男性的で、なよなよして、洗練されていて、生々しく、内気であり、壮大で、確信的で、不安定。明らかに分裂をして、全てを抱合しています。これらはマーラーその人そのものです。彼の音楽が私小説的といわれる点は、ここにあります。しかし彼の交響曲程の長大な作品は霊感と共に一夜にして作曲された作品であるはずも無く、スケッチに始まり推敲の上に作曲された音楽であることを忘れてはなりません。

 さて、第10交響曲を語るときに触れておきたい有名なエピソードがあります。ベートーヴェンやブルックナー、ドボルザークなど近代の大作曲家の多くは第10交響曲を完成しておりません。既に狭心症の発作に倒れていたマーラーは自分に残された時間もあとわずかだと予感して、9番目の交響曲を交響曲「大地の歌」として発表しました。その後改めて第9交響曲を完成しますが、本来11番目の第10交響曲は今回演奏する第1楽章のほぼ完成されたスコアと、第3楽章のショートスコア、第2楽章・第4楽章・第5楽章の草稿を残して、未完成のまま世を去ります。1911年5月18日、連鎖球菌に冒された彼ののどは「モーツァルト!」の一言をつぶやき、そのまま息を引き取りました。

 シェーンベルクはマーラーの第9交響曲を評して「一つの極限であり、これを超えようとするものは死ぬほかはない」と言っていますが、マーラーは完成直後すぐに第10交響曲の作曲に手をつけています。完成された最後の交響曲であり、完成度の高さからも現世からの別離をテーマにした辞世の歌のように第9交響曲は聞かれますが、大地の歌・第9・第10をセットとして考えると、マーラーのメッセージは第9で完結した訳では無いと思われます。(マーラーの交響曲の解釈には、このように前後の曲を俯瞰することによって見えてくる点が多くあります。)彼の作品の楽譜には演奏家の立場から見た細かな注釈、演奏上の指示が多いのですが、第10交響曲にはこんな書き込みが見られます。「お前のために生きよう!お前のために死のう!アルマ」アルマとはもちろんグスタフより19歳年下のマーラー夫人、アルマ・マルガレーテ・マリア・マーラーのことです。1910年の夏、第10交響曲に着手したとき、若い建築家ワルター・グロピウスとアルマとの交友が表面化し、結婚生活は危機に瀕します。(後グスタフと死別したアルマは、1915年、正式にグロピウスと結婚しています。)前述のように本来壮大な5楽章構成として完成されるはずだったこの作品は、草稿の中にアルマへの愛と決別の言葉「これが何を意味するか知っているのは君だけだ ああ! ああ! ああ! さようなら 私の竪琴! さようなら さようなら さようなら」が書きこまれ絶筆に終わりました。

 ほとんど完成されていた第1楽章「アダージョ」は1924年、第3楽章と共にフランツ・シャルク指揮ウィーンフィルハーモニー管弦楽団によって初演されました。その後マーラーの白鳥の歌として、第1楽章のみが本日のように演奏会やレコーディングにより盛んに取り上げられてきました。やがて残された資料をもとに研究が進められ、今日では1964年に初演されたイギリスのデリック・クックらにより編まれたいわゆる「クック版」全5楽章が、その完成度の高さから評価を得はじめております。

 この第1楽章はおおよそのソナタ形式と見られますが、従来形式からは大きく逸脱しています。まず冒頭ヴィオラ(本日はマンドラ)に無伴奏の調性が判別できない旋律が、緊張感の中に提示されます。マーラー独特の大きな跳躍する旋律ですが、このモノローグが楽曲の展開の道標を役割をしています。編曲の笹崎氏は第10番のモティーフとワーグナーの楽劇「ジークフリート」や「トリスタンとイゾルデ」との関連性を説いています。これらのライトモティーフや楽劇のストーリーを考えると、単なる偶然とは考え難いことも事実です。第1主題、第2主題とも冒頭モノローグとの関連が推察されことさら特徴的な構成です。コーダの部分では、突如、変イ短調主和音によるコラールが奏されます。そしてA音(ラの音。アルマ:Armaの頭文字)が、嬰ハ音上の9個の音からなる不協和音のカタストロフの中から浮かび上がります。ケン・ラッセル監督の映画「マーラー」では、ここの音楽が、映画冒頭で炎に包まれた繭の中から浮かび上がる女性の姿の映像と共に用いられ、マーラーの晩年を暗示する誠に効果的な印象を与えておりました。やがて丁寧に主要主題が編まれ、静かに別れを告げて曲を終えていきます。

 またマーラーの特徴として第1・第2ヴァイオリンが対位法的に扱われ、均等な表現力を求められています。本日はステージに向かって左手:下手側に第1マンドリン、右手:上手側に第2マンドリンを、中央部にマンドラ、マンドロン・チェロ、ギターを配置しております。

「第10回演奏会を語る」(見所・聴き所などなど)はこちらです。

MET TOPページへ演奏会の記録へ