マンドリンオーケストラについて思うこと 2002年

演奏会が終わってから、はたと更新がとだえてしまいました。この年の年末はいろいろといっぱいいっぱいでした。原因の一つに、我が家のパソコンもいっぱいいっぱいになってしまったこともありまして。METの活動は継続しておりますので、これからもご支援のほどを。。。


2002年10月17日
本日、某ビックサイトの展示会へ情報収集にお出かけでした。入念にまわれば、知っている人にも会えたのかも。
さて、来年の演奏会は2003年10月4日(土)になりそうな感じです。皆様、今から予定を都合してくださいませ。取り急ぎ、今はここまで。

2002年9月23日
第13回演奏会が終了いたしました。ほぼ満席になるお客様におこしいただき、団員一同、感激の思いです。たくさんのお客様と音楽を共有できることは、何物にも変えがたいものだと実感したしだいです。演奏はいかがでしたでしょうか。
みんさんからいただいたアンケートも、1枚1枚、真剣に読ませていただきました。ただ単に、自分たちの想いを形にした演奏会なのですが、ご支持をいただいた方がたくさんございまして、恐縮しています。音楽の楽しみ方や喜びの見つけ方にはいろんなスタイルがあるはずで、私たちの提案はその一つに過ぎないものであることを申しあげておきたいと思います。いわゆるきれいなマンドリンの音って、何だろうというところから始まっているのです。特に私の場合は。偉大な作曲家の作品は、自ずから様々な音色をもとめていると感じております。だから、作品の前では、その作品に似合った音色が出せないといけないのだと思っています。アマディを始めとするイタリアのマンドリン音楽の作曲家の作品は、全て同一指向性のものと感じることはありませんか。あるいは、現代の作品であっても。METが演奏会で取り上げる作品は、そこからかなりとおいところにある作品を厳選していると思っています。また、それだけに、いろいろな音楽のスタイルがあることに、賛成している立場であることを明言しておきます。
パンフレットの文字が小さくて、読みにくかったとのお声もいただきました。申し訳ございません。予算的に紙面の大きさが限られてしまいまして、失礼いたしました。下記記述にものせていますが、内容をご覧いただきますと、これ以上短い解説にすると、解説の意味を無くしてしまう程度の絞り込んだ内容をパンフレットに掲載しました。どうぞ、ご理解いただけますよう、よろしくお願いいたします。
来年の演奏会の日程はまだ決まっておりませんが、近々ご案内できると思います。カザルスホールとひとまずお別れしたMETは、また新しいステップに踏み出して行きたいと思います。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

2002年9月20日
いよいよカザルスホールでのラストコンサートが、明日となりました。暇をみてはスコアをみている毎日ですが、あと1週間あったらなあといつもこの時期思うのですね。と思っていたらこんなメールが。「あと1ヶ月欲しい、と思うけど、あと1ヶ月あったらそれはそれでのんびりしちゃって同じかもね。」
うーん、おっしゃるとおり。
でも、きっとご来場の皆様には、今までのマンドリン・オーケストラのイメージとは離れた時間を、お届けすることができると思っています。作品の解説は、こちらにアップしました。当日のパンフレットでは字数が入りきらなくて割愛した文章も、すべてそのままホームページには載せています。聴き所と合わせてご一読いただけますと、いっそうお楽しみいただけるのではと思います。どうぞ、皆様よろしくお願いいたします。

2002年9月17日
MET13thの練習が全て終了いたしました。何しろ私の本業が(一応サラリーマン)、今までになくあわただしくて、正直今週もたいへんつらい中、本番を迎えることになりました。このホームページを訪れてくれた皆様には演奏会の内容を充分お伝えできているかどうか、不安でしょうがありません。とはいえ、過去最高の充実したプログラムで望む演奏会、きっと喜んでいただけるものと考えています。ゲネプロの響きを聞いて、確信したしだいです。是非とも一人でも多くの方に、お会いできますことを!
カザルスホールは、ホールとしての存続も無くなりそうですね。ホールは残す工事になるとは言われていましたが、楽屋の一部は切り取られるようですし、繊細な木造のクラシックホールは、響きが変わってしまうことでしょう。いよいよ最後の演奏会になりそうです。。。

2002年8月31日
久しぶりの更新で失礼いたしました。なんか年々、気持ちのゆとりが無くなってきています。30代も後半になると、妙に自分の人生を振り返ることが多くなってきた感じがします。何分、自分の人生は自分の責任において生きているわけですから後悔するものではないのですが、何とも凹むことが増えました。でも、やっぱり大切なことは考え方なんですよね。だから、明日のことも夢見れるわけですから。
さあ、明日の練習はよい音楽ができるかしら。

2002年7月21日
6月末にまたも人事異動。あまり仕事の中身が変わったわけではないのですが、どうにも逃げられないような部署になりました。別に逃げたいわけではないんだけどね、獏としてえらいことになってきたなあと感じてのことばです。気がつくと誕生日を迎えていまして、また大人になってしまいました。2002年も半年過ぎたわけですが、今年の目標に向けてちゃんと進んでいるか省みないといけませんね。
実に1ヶ月ぶりでMETの練習に参加。スリリングな1日を過ごしました。譜読みをきちんとしなくてはなりませんね。だいたい自分は、これまで努力で成り立っている演奏家なので、こいつを怠るといけませんね。きっとサボっているんだろうなあ。火事場のなんとやらというのは、最初からあてにしていると精神衛生上よくないですから。週末しか時間の取りようが無いですが、ここに書いておくと自分のプレッシャーにもなるので。
しばらく音楽のことを考えない、というかゆとりがない日々を過ごしておりましたが、その間に山本直純氏が亡くなりました。去年の日記に書いたのですが、私が大変尊敬している音楽家の一人でした。多大な才能を音楽の大衆化に注いだ方であり、その時間をクラシック音楽の創作や演奏にもっと注いでいたなら、たいへんな異彩をはなったことと思っています。おそらくその生涯で1度だけ、JMJのマンドリン・オーケストラの指揮台に立ったときの鮮烈な印象は、忘れられません。もっと多くの、そしてもっとことなった種類の音楽を一緒に演奏できたならばと、練習の時のことを思い出します。渋谷宮益坂上のバーでお酒をご一緒させていただいた思い出は、今では大切なものとなりました。私たちの演奏会にいらしていただくことができたなら、どんな話を聞かせていただけたのでしょうか。笑いながら口悪く、ことばをかけてくれたんでしょうね。直純先生をアッと言わせる演奏会に、また今年も近づけていきたいと思います。
心からご冥福をお祈りします。

2002年5月20日
いよいよ今年の演奏会の練習が始まりました。まだまだ先は長いですが、演奏して瞬間瞬間の響きの美しさにはっとするときがあります。来場のお客様にもご満足いただけるように、頑張っていきたいと思います。自信を持ったプログラムを用意したのですから。それからMETで一緒に円演奏をしたい方、まだまだ始まったばかりですから間に合いますよ。いつでもmet@d1.dion.ne.jpまで、メールでご連絡くださいませ。

2002年5月3日
3月に人事異動をしまして、あたふたとする間に2ヶ月ちょっと手付かず状態に陥ってしまいました。どうもすみません。
さて、この5月の連休をねらって、我が家も「DION ADSL8M」をセットアップいたしました。何せ私のPCは4年前のハイエンド機、MMXペンティアム搭載機であります。てんでダメかと思いしも、ISDNに比べたら各段の快適さ(大喜)。ネットサーフィンするには全く問題ございませんでした。こうなってくると、ダウンロードの時間を感じない分、ハードディスクのでかいのが欲しくなりますね。
総務省のDSL普及状況公開ページによれば、毎月30万件ペースで増えています。純増数がダントツでありながらも、光収容なんて理由でDSLがひけない地域があるのは困ったもんです。ほんの3年ほど前では家庭のインターネットはISDNがベストとうたっていましたですから、ブロードバンドサービスの弊害になっちまうなんて考えてもなかったのでしょうね。だいたいADSLを利用するためにISDNからアナログ回線に変更すると、電話番号が変わる場合があるのもどんなもんですかね。(これはアナログ→ISDN→アナログの場合は同一電話番号で大丈夫なんですが、最初からISDNをひき込んだ家がアナログに変えると電話番号が変わる可能性が高いのです。)
そろそろ新築マンションは100Mの光をひき込む時代になってきました。来年は何が起きるんだろう。
そうそう、私の家も電話番号が変わりました。前述の理由なので、私に電話した時にアナウンスが出ても驚かないでくださいね。

2002年2月23日
う〜ん、オリンピックのジャッジメント。。。
後味の悪さを残してしまうということは、どうにもたまりませんね。
この日記の最初のころに書いたことがあるのですが、久しぶりに同様の案内状をいただいたのでもう一度。
演奏会の案内状をいただくことが多いのですが、プログラムに曲名だけ書かれているケースが結構あるのです。これ、変ですね。「インテルメッツォ」ってなんでしょう。作曲者と作品は、クラシック音楽では切り離せるものではありません。最近、私は、マンドリン演奏家の音楽の捉え方が、POPSと一緒ということなのかなと考えるようになりました。「川の流れのように」は「見岳章/川の流れのように」とは記載しませんものね。
念のため申しあげておきますと、私はクラシック音楽とPOPS音楽のどちらが良い悪いと思っているのではなくて、楽しみ方がまるで異なると考えているのです。ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」は最高級の映画音楽だと思いますが、ベートーヴェンやブラームスのような楽しみ方をする音楽ではありません。音楽の楽しみ方がまるで違うのです。また一連のつんくによるハロープロジェクト関係のアイドル歌謡曲は、かゆいところに手が届くような楽しさが満載ですが、まさかシューベルトやシューマンのリートのような鑑賞の仕方では望まないでしょう。そこでマンドリン・オーケストラのために書かれた多くの作品に目を向けてみましょう。ほら、POPSと同じ楽しみ方をすべき作品だと思えませんか?映画音楽に近いですね。これをクラシック音楽だと勘違いしてしまうと、作品の魅力もなくなってしまう珍妙な演奏になりかねません。

2002年2月18日
昨日のショートトラックは、なんだかすごいことになりましたね。フィギアスケートのリンクで競争をするわけですから、接触はしょっちゅうですし、かなりヒヤヒヤするスポーツなのですが、男子1000メートルの寺尾の準決勝といい、その後の決勝といい、アンビリーバブル!
選手の思いを慮ると、もう、たまりません。微妙なジャッジには、観客が納得できる説明がされるべきと思います。

2002年2月9日
始まりましたね、ソルトレーク・オリンピック。日本との時差は約16時間差ほどだそうです。現地時間の9:00AMが日本時間の1:00AMくらいで、17:00が9:00AMくらいだから、こりゃ徹夜の毎日だなあ。
私オリンピック・マニアでして、期間中は落ちつきません。自分のアイデンティティの中に、国を意識する季節でもありますね。何せ選手の皆さんは4年間の思いが詰まっているわけです。正座して拝見しないといけません。ガンバレ!

2002年1月26日
ADSLは現在、1.5Mと8Mに価格差が無くなってきております。ことに回線速度は収容されているNTTのGC局からの距離で決まってきているのはご存知のとおりですが、プロバイダによっては8M契約に相応しい速度が出ない場合には料金清算をしてくれるところもあります。どちらにしても理論上の最大速度が出ることはまずありえないですから、自宅が8Mサービスエリアならそちらがベターな選択だと思われます。なお、ADSLモデムは1.5Mと8Mでは別物なので、買取する場合は注意が必要です。また1.5MタイプはUSB対応のものなどもありますが、8Mタイプは10Base-Tタイプが主流でほとんどプロバイダからのレンタルになります。
私が思うには、ADSLの技術的発展で速度増やサービスエリアカバー率がが広がるより先に、インターネットマンションなどで実用化が始まっている家庭用FTTH(つまり光ファイバー)の普及の方が数年で追い越すと考えています。つまりADSLは今使わないと、使う機会がないですよ。
私は現在DION:ADSLコースの8Mタイプに切り替え準備中です。マイラインと組合わせると「セット割」適用で300円引きになるし、日本の商用IXは、KDDIの系列会社ですからねえ。我が家のとっての問題は、パソコンのスペックが大したことが無いこと。ISDNマルチリンク接続をしていても現在128K。これがメガになるということはすごい勢いでデータが飛んでくることなので、処理する速度が追いつけるものなかしら。回線スピードが出てても対応しきれるかどうかが、心配なのです。(以上、本業。)

2002年1月22日
CD発売から1ヶ月ちょっとが経ちました。このところ一斉にクラシック音楽専門誌等で、CDレビューをいただいております。ご参考までに皆様にご報告させていただきたく存じます。
私たちの活動を取り上げてくださった編集者の皆様、心より御礼申しあげます。

2002年1月14日
テレビの話題が続きますが、先日見ていたドラマで穴子にこだわる寿司屋が出てきました。実は私の実家は寿司屋でして、毎日穴子をさばいていた父のことをどうも思い出してしまいました。穴子をさばくには、頭に包丁の柄でポンと目打ちをうってサーッと開いていくのです。子どものころはそれが面白くて、ずっと見ていたことを思い出します。煮穴子を軽く火で炙ってツメを薄く付けた父の穴子寿司は、とろける程に美味かったなあ。穴子を煮た煮汁を煮詰めて作ったタレだから、ツメと言います。これを味醂とかで味を整えて、開業から使っているツメに継ぎ足していくのです。毎日これを細かいザルでこして、新しいツメを継ぎ足して。煮タコや煮イカにぬっても、とってもおいしい味でした。店の自慢の味でした。4年前に父を亡くし、この店を片付けることにした時、手伝いのお掃除の人にあっという間に流しにこのツメを流されてしまったのです。彼は知らなかったんでしょうね、鰻屋や焼き鳥屋のタレと一緒で落ちついた味になるまでたいへんに時間がかかることを。母が気が付いて「ちょっと待って!」って声をかけたときには、彼は糠床の樽を捨てようとしていたところだったのですから。
私の父は銀座で修行を始めて、自由が丘の魚菜学園で講師をしていたような職人でした。それでも彼には好きな仕事だったわけでは無さそうでした。結局、自分の仕事場に家族がいることすら嫌った父は、穴子の煮方も、コハダの締め方も、数の子の塩の抜き加減も、鮑やサザエの煮方も、松茸寿司の味付けも、卵焼きの味付けも、その他、今の寿司屋では珍しがられるような細かな仕事をした寿司ネタの仕込み方を全部身に付けていたくせに、誰にも伝えることなく逝ってしまいました。すっかり会社員の家になった私の家に、一つだけ残った父の味が、この糠味噌です。これは野菜をつけておけば、私にも作れますからねえ。モグモグ。これも味の整え方が、微妙ではあるんですけどね。

2002年1月4日
これを見ないと新年を迎えた気がしないTV番組がもう1つ。「はじめてのおつかい」。B.B.クイーンズのテーマソングも、元気が良くて好きだし、挿入歌もちょっとステキ。本当は私は昔から子どもはキライで、伊武雅人の歌には喜んだ口です。騒がしいし言葉は通じないしなんかばっちいし、動物と一緒にしか見えないのに、人間だから犬猫みたいに蹴っ飛ばせないし、もう扱い方がわからないから近寄りたくない存在でした。しかしまあ、この番組を見るようなったら、なんかかわいいもんじゃないですか。彼らや彼女らは、もう精一杯なわけです。お殿様みたいに大勢の撮影スタッフを引き連れていても、気づくゆとりもないんですね(ちょっと残酷だけど)。で、親子関係ってちょっとステキ。このところ、うらやましいと思うことも多くて。。。私の子どもはきっとムチャクチャ優秀に違いないと思っているのですが、誰か産んでくれませんかねえ(笑)。
私、今年も泣いてしまいました。

2002年1月3日
朝寝、朝酒、朝湯をしてちょっと正気に戻ったところで、まだ聴いていなかったCDのまとめ聴きを始めました。クラシックのCDというものは、経験から言うと欲しいと思ったCDを見つけたときにすぐ行動におこして買ってしまわないと、手に入らなくなる可能性が高いんですね。私はコレクターの気もあるものですから、初回プレスじゃないといやだったりして。そんなわけで買ったけれどもまだ聴いていないCDが結構あるのです。(ですからMETのCDも、興味がある人はすぐ行動におこしてくださいね。こちらをクリックです(笑))
さて、新年のCD聴き始めに選んだのは「伝説のN響ライブ」から尾高賞受賞作品シリーズの1〜6。毎年尾高賞はそれぞれの時代を反映していて注目しているのですが、通して聴いてみると実に多岐な作品が選ばれていて驚くほどです。前衛的な作品から完成されたスタイルの作品まで、これっていう傾向が無いんですね。私自身の好き嫌いはあるんですが、作品を審査した方々の幅広い見識には改めて感服した次第です。日本の現代音楽は、黛敏郎「涅槃交響曲」の登場以降から、発展的な多様化を見せているように思います。最近ナクソスから沼尻竜典&東京都交響楽団による「日本作曲家選集」(1,000円でおトク)がリリースされていますが、ここに収められた30年代〜50年代の作品とは、隔絶な感があります。これは良い悪いと申しあげていることではなくて、今を生きている音楽ファン、かつ演奏者としての自分が、歴史の中で音楽を感じていきたいと常に思っているからなのです。音楽を歴史の中で捉えることができるという意味で、日本の音楽作品に興味をお持ちの方には、この尾高賞受賞作品シリーズはたいへんにお薦めするCDです。
私が日本の現代音楽を聞き始めたきっかけは、大学時代に買った外山雄三&N響「日本の現代管弦楽作品集」というCBSソニーから出版されたセットもの4枚組みのLPレコードに始まります。TV番組「題名の無い音楽会」を毎回録画して見ていた私は(日曜の朝なんてとても起きられないから)、ティンパニ・ソロが派手な小山清茂「木挽歌」や、日本のオーケストラが海外遠征した時のアンコール・ピース外山雄三「ラプソディ」を知っていましたから、これを最新のデジタルステレオ録音で聞きたかったのですね。期待どおりにそれは楽しく聴けたのですが、ここで出会って驚いてしまったのが矢代秋雄「ピアノ協奏曲」でした。まだプロコフィエフやバルトークのピアノ協奏曲も良く知らなかった私は、すっかりこの作品に打ちのめされてしまいました。第2楽章の「ド・ド・ド・・ドドドド・」という音程が変わらないリズムオスティナートからクライマックスを作っていく場面など、もうびっくり。ああ、聴かなければいけない音楽はたくさんあるんだと思ったのは、このレコードに出会ってからなのでした。現代の音楽は、多彩な表現方法の上に成り立っているのです。さらに芥川也寸志「チェロと管弦楽のためのためのコンチェルト・オスティナート」は、「トリプティーク」や「交響管弦楽のための音楽」の作曲家が時代を進む中で変化して独自のスタイルを確立していくさまを教えてくれました。
メトロポリタン・マンドリン・オーケストラの委嘱活動は、私自身にとってはこの時の衝撃から始まっているとっても私的な理由なのです。メンバーそれぞれ趣味や考え方は異なるでしょうが、私が思うには幸いにこれまですべて異なった方向性の作品をいただくことができました。これからも様々な語法やスタイルを持った作品を、仲間と一緒に求めて活動を続けていきたいと、意を新たにした正月でございました。

2002年1月2日
正月といえば、演芸番組を見なければなりません。寄席番組が日頃から少なくてイライラしている私としては、テレビ番組表を目を皿のようにしてチェックしたのですが、2つ程度しか見つけられませんでした。それでも横山ホットブラザースが見られたのでちょっと満足。寄席に行ってもいいんですけどね、テレビの方がちょいと一杯しながら煙草も吸えますからねえ。正月くらい昼間からほろ酔いでいたいもんです。

2002年1月1日
あけましておめでとうございます。昨年は私たちが長年あたためていた企画を実現する事ができた、実り多い年でした。今年はさらに充実した1年とすべく頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
演奏会の構想も、だいぶ固まってまいりました。天を翔ける馬のごとく、邁進していきたいですね。今年も仕事の方は結構ヘビーな状況で、この日記はなかなか更新もできないかも知れませんが、気長にお付き合いいただけましたらと思う次第です。

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