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2013年4月 新しいバイオリンの試み[野村式熱化学還元処理]

2013年5月11日(土) 午後2時〜  伊丹市立工芸センターにて
「ギャラリートーク&ミニコンサート」(入場無料)
作品解説とバイオリンの演奏を
「熱化学還元法」技法で作られた楽器も紹介します。
作品解説:野村隆哉
演奏:馬渕清香

 2012年春に初めてM女史の紹介で野村隆哉研究所へ伺いました。
そして熱化学還元処理した材料で2本のバイオリンを製作しました。
上記のミニコンサートで使われるバイオリンはその2本のうちの第1号バイオリンです。

   
 1枚板のカエデから横板3枚切り出しました。  バイオリンのモデルはグアルネリ・デル・ジェズです

現在日本ではIPS細胞やメタンハイドレートなどが発見され、新しい時代が来ようとしています。
バイオリンは基本的にこの350年間ほとんど変わることなく作り続けられてきました。
このことにより、作られてから年月の経ったオールドバイオリンほど枯れた音がするという結果になっています。
材木の外部は肉眼で見ていると何も変わっていませんが、電子顕微鏡で材木の内部を見ると経過年数に
比例して、何もしないでほっておくだけでも内部構造は少しづつ変化しています。
つまり構造が変化しているから音も枯れた音へと変化しているのです。

2012年からは、野村隆哉研究所の楽器用材研究会において新たな技法により、化学薬品を使わず
材料の組織構造を変化させ、その材料で楽器を作り、新作でありながらオールドバイオリンの枯れた音がでる
バイオリンを作ることに挑戦しています。私はまだ2本しか作っていないので、まだ今のところ完璧な
オールドバイオリンの音と同じ音とは言えませんが、近い将来きっと新作でありながら、オールドバイオリンと
なんら変わりのない同じ音が出る楽器が作られる時代が来ると信じています。

それらを野村隆哉氏が科学的に証明し、それらのことが日本中に、また世界中に広がっていくことと思います。
古いバイオリンだけが良い音がでるという時代が終わろうとしています。

 

 

 

伊丹市立工芸センターのコンサートで使用されるバイオリン

横板と裏板が同じ材料のカエデ1枚板 

 この催し物の概略(詳細は伊丹市立工芸センターにお尋ねください。) 
「木」から五感への提案    ここをクリック
‐野村隆哉とその仲間たちのウッディ・ワールド‐
2013年5月11日(土)〜6月9日(日) 月曜休館(祝日の場合翌日)入場無料
10:00〜18:00(入館は17:30 まで) 
伊丹市立工芸センター センターのHPはここをクリック



2013年3月 バイオリン展示会

 4月20日(土)21日(日)大阪市中央公会堂にて第5回関西弦楽器製作者協会展示会を行います。
私は、バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスを出展します。
現在チェロのニスを仕上げています。オールド仕上げで色に濃淡をつけ、
今年はあたり傷は付けずに仕上げています。


今年は弓作りにも挑戦しました。数年前、弓製作者笹野光昭氏のワークショップを行いました。
その時、笹野さんの仕事ぶりを目の前で見る事ができました。私にとっては弓つくりの工程はバイオリン作りとは
また違う物つくりのあり方を感じることができました。イタリアで修行していた時、弓つくりの学校にも通いましたが
内容はだいぶ違うものでした。
今年4月の展示会では楽器だけでなく、バイオリン弓、ビオラ弓、チェロ弓、コントラバス弓なども出展します。
58歳の新人弓つくりです。


2013年3月 暴れん坊将軍の虎杢 
 
 普通、カエデの虎杢は右上がり、左上がり、横にまっすぐとかどちらかの方向性があります。
今回作ったバイオリンの裏板はあらゆる方向、四方八方に杢が飛び散っています。

この材料には幸運な出会いがありました。
明治生まれで大正昭和と日本の木工界で大活躍された黒田辰秋氏が京都清水で仕事をされていました。
氏が亡くなられたのち、二人のご子息が仕事を継がれました。数年前に黒田丈二氏(故人)も当時高齢で
仕事場に残された材料を
処分されることになり、木材業者の人を通し、大きな杢のある板を数枚、私が購入しました。
その時はいつかこの木を使って家具を作ろうと思っていました。
それらは見ているだけでも美しい木で、数年間私の家の玄関の横に飾ってありました。
この板は大変杢が強く、私はカエデとは思えず、木材業者に尋ねても何の種類の木か解らないとのことでした。

 今年になってバイオリンの大きさに製材して工房に持っていって、ある時、お客の一人にこの木何の木かわかりますかと
尋ねたら、その人も「木のことはよくわかっているが何の木か解りません」と言って、「しかし、木の組織を見ればわかること
ですよ」と言われたので、調べてくださいと破片をその人に渡しました。
一週間後、その人から「調べてもらいました。これはヨーロッパのカエデです」との答えでした。

     
オールド仕上げのデルジェズモデル 

暴れん坊将軍の虎杢 


製材する前この木は厚さが5cmあり畳1枚くらいの大きさでした。木の真ん中には黒田辰秋氏の名前と住所が
書かれていました。たぶん黒田氏が材木店でこの木を選んだ時、他の材木と間違わないようにと材木店の人が書いたもの
と思われます。
 黒田辰秋氏は明治生まれなので、この木は使われることなく50年近く眠っていた材料と推測されます。
そんな昔からヨーロッパのカエデが日本に輸入されていたこと自体が驚きです。また巡り巡って、今私の手元にあることは
私にとっては大変幸せなことです。この木からは、何本かのバイオリンが作れるので、大切に使おうと思っています。
これが1本目のバイオリンです。

バイオリンの裏板は2cmの厚みがあれば作れます。
厚さ5cmのものを2枚に切ったので同じ模様のカエデが下の板です。


2013年1月1日

        
                       ニス塗り途中のバイオリン 
 
 バイオリン作りは、音に興味を持ちだすと多くの疑問が出てきて、それを克服するのに多くの時間と労力が
必要となります。それらをひとつひとつ解決することはどんな遊びよりも楽しい行為です。
今年も1月1日から平常営業で工房でバイオリンを作っています。


2012年11月 東京 弦楽器フェア

   

今年85才のスクローラベッツァ

右から ザンレ、エリーザ 、私 

 今年の弦楽器フェアでは私が学んだパルマ音楽院バイオリン製作科、マエストロ・レナート・スクローラベッツァの娘
エリーザ・スクローラベッツァが初めて東京のフェアに参加していました。
エリーザとはパルマの学校の時、一緒に学びました。私のほうが少し先輩になります。
今は彼女も結婚して、子供もいて今回はだんなのザンレと共にフェアでブースを出していました。
クレモナとパルマはポー川をはさんで県境になっていて、距離は近いですが、バイオリン製作スタイルも随分と違っています。
私が当時パルマで習ったことは、完成した楽器は,
角張ることなく、やわらかい感触を醸し出すことが最も大事だということです。
パルマとクレモナではニスの成分も違っていて、パルマの学校とクレモナの学校では、ニス部屋のにおいが全く違って
いたことも強い印象として残っています。
この文章を書いていて嗅覚にも強い記憶が残っていることに気が付きました。
とにかく東京では同窓会気分になり楽しかったです。
来年もまた出展したいと思っています。ご来場くださった皆様ありがとうございました。
 
今週10日(土)11日(日) 11時〜19時 当工房で2人の職人展行います。
 ぜひお越しください。


2012年10月東京 弦楽器フェア出展
 試奏会出展します。
 岩井作のヴァイオリン11月3日(土) 13時〜 (バイオリニスト奥村愛)
       ビオラは   11月2日(金) 14時〜 (ヴィオリスタ須田祥子)
              チェロは    11月4日(日) 15時〜 ( チェリスト・ドミトリーフェーギン)

   

東京 弦楽器フェア出展のヴァイオリン・ビオラ・チェロ

 作業机の上の仕上がった3本の楽器

世界中にはいくつかの楽器フェアがあります。
その中でも東京の「弦楽器フェア」は一番よくできた構成になっています。展示されている楽器は1,000本あり、
よく考えてみると、3日間でそれらの楽器を試奏するのは難しいくらいの数があります。
建物地下のサイエンスホールでは、プロの演奏家による試奏コンサートもあり、その楽器がホールで
どんな音がしているか、客観的に聞くことができます。
製作者のブースに行くとその楽器や弓を作った本人と、楽器談義に花を咲かすこともできます。
今年は、弓職人の笹野さんと共同出店でブースを出しています。どうぞお立ち寄りください。


2012年9月 バイオリン 目覚めまでの20年

 今年は展示会があと3回あります。10月に福岡、11月に東京、その後11月に大阪です。
                             
 展示会出展情報
それらの展示会のために作っているうちの1本が仕上がりました。
グアルネリ・デル・ジェズモデルで、オールドニス仕上げです。

 
ネック    デル・ジェズモデル  f孔  デル・ジェズモデル


 20年前、イタリアから帰国する時、親方のジョバッタ・モラッシーから多くの材料を買い、引っ越しとともに
日本に持ち帰ることができました。それができたのは今は亡きモラッシーの奥方、マリアテレーザが
「もう日本に帰るなら、出世払いで払うから良い材料をたくさんほしいとマエストロにたのんでみたらどうか」と
アドバイスをくれました。そう言われても、師弟関係にあったのでなかなか言い出しにくかった・・・・・
ある日、意を決しそのことを話すと、案外かんたんに「好きなだけ持って帰ってよい。そしてお金はできた時でよい
」と言ってくれました。
今から考えると、奥さんは親方にそのことを話していてくれたのだろう。
おかげでマエストロの実家の山に行って、アベーテロッソとボスニアのカエデを大量に選び、日本に持ち帰る
事が出来ました。それらの材料も20年乾かし、このバイオリンに生まれ変わりました。

   

 

 

 

 

 表板 蝶杢のアベーテロッソ  裏板 ボスニアの美しい
     1枚板のカエデ 

標高1000mの乾燥した場所で乾かされる材料



2012年6月   VENEZIA ゴッフリーレモデル ビオラ製作中

今年の弦楽器フェア(日本弦楽器製作者協会主催)に出展するビオラを作っています。
長さは39.4mmの小型で、モデルはヴェネツィアのゴッフリーレモデルです。
ストラディヴァリモデルと比べると、上部の横幅が大変広いです。
膨らみも表板裏板とも高く、ボディ内の体積は大きいです。

   

表板

 裏板


ゴッフリーレのモデルはチェロとコントラバスは作りましたが、ビオラは初めてです。
秋の東京の弦楽器フェアでぜひ試奏してみてください。

 
 ネックとボディ


2012年3月 勘で作るか、測定器を使うか、[電気振動測定器]

  2年ほど前に一人のお客さんがチェロの毛替えに来た。数か月経ってから今度は駒の交換をした。
その後またチェロの調整をしたり、CDを借りたり貸したりしているうちにこの客さんと親しくなった。
お互いの話をしていくうちに、このお客さんは隣町のオメガ電子という会社の代表者だった。
その後も毛替えに来るたびに楽器の音についてあれこれ話が弾んだ。

あるとき、クラードニ法(板の固有モード模様をあらわす方法)を行う測定器があればいいなあと私が話すと
気が向けばそのうち作ってみるとのことで数ヶ月が過ぎた。

ある日、これが出来たよと持ってきてもらったものが、写真の測定器である。
バイオリンの下にはスピーカーが付いていて、周波数が無段階に調整できる。
中にはアンプが内臓されていてスピーカーから出てくる音量が調整できる。
測定器の上部に赤色でヘルツ数が表示される。

歴史をたどれば音響学は古く、16世紀にガリレオ・ガリレイから始まり、1800年代にはビョームとサバールと
クラードニがバイオリンの調査研究を行っている。1930年からサンダース教授とカーリーハッチンス女史が
共同研究を始めている。
ハッチンス女史は1962年にはバイオリンの物理学、1981年にバイオリンの音響学を
「サイエンスアメリカン」に発表している。
私のように英語が読めなくても日本語でハッチンス女史の研究内容を一部読むことができます。
 日本経済新聞社 「サイエンス」 1981年12月号  バイオリンの音響学
 日本音響学会誌 vol.39 バイオリンの音響学


ハッチンス女史のすごいところは研究者自ら、バイオリン製作技術習得のためシモーネ・フェルディナンド
サッコーニに8年間バイオリン製作を習っていることである。サッコーニは「ストラディバリの秘密」の著者であり、
クレモナの現代の名工フランチェスコ・ビソロッティが最も尊敬するバイオリン職人である。
ハッチンス女史はレーザーホログラム干渉法を用い、より深い研究を行った。

私はこの30年間、手と勘を使ってのバイオリン作りを続けてきたが、数か月前からは写真下の測定器を使い
従来通りの勘を使っての手法と、測定器と使う方法を兼用させて作っている。

板の厚みと膨らみの違いは今までは数字でしかわからなかったが、この方法は視覚的にわかるので新たな
貴重な情報源となる。

     

 98ヘルツ

 157ヘルツ

 295ヘルツ


 力木接着後、仕上げるまで数グラム削り取るが、波形は大きく変わり音にも影響を与えていることが
一目瞭然である。写真にはないが、裏板の仕上げでは0.1グラム削り取り、同じ方法で測定をすると
ある個所では波形が変わり、ある個所では何も変わらず、板を削り取り、重量が変わっても場所により波形の変化も異なる。
つまりバイオリンの板を削って板の重量変化により重たさで波形模様が変わったり、板を削られたことによりバイオリン内側の
カーブの形状が変わり、波形が変わるという二通りの変わり方がある。時として二つが同時に重なり合い影響しあうこともある。
またそれらが、場所により大きく反応するところと全く影響を受けない場所もある。
とにかく複雑な動きにより、波形も変化している。


 バイオリンをあと100台作れば何か新しい発展形が見つかりそうでたいそう感激。

 

 

 力木接着 荒取り

 力木仕上げ後


2012年3月  バイオリンとビオラ 「第4回関西弦楽器製作者協会展示会」
 4月28日(土)29日(日)大阪市中央公会堂での展示会出展のバイオリン2本とビオラ1本のニス塗りをしています。
最近はやわらかめニスを塗っているので、3月中にはニス塗りを終え、1ヶ月位乾かしてから出展しようと思っています。
やわらかいニスは乾かすのが大変ですが、音色もやわらかく、良いように思っています。

 

ニス塗り途中のビオラ 

バイオリンは2台ともストラディバリモデルです。
ビオラはガスパロ・ダ・サロモデルで、41cmです。

 

ニス塗り途中の黄色のバイオリンとビオラ

今年は70数本の楽器が展示されます。ぜひ展示会にお越しください。


2012年2月  自作内型固定クランプ
 
 内型にブロックを貼り付け、横板を付けるためのブロック成形を、丸ノミやヤスリを使って作業を行います。
この作業はバイオリンを作り始めてから30年間ずっと続けていますが、作業しながら不便を感じていました。

外型(フランス方式)の場合は表板も裏板も同じアウトラインに簡単に成形できますが、内型(イタリア方式)の場合は、
ブロックの成形に大変時間がかかります。表板側を見たり裏板側を見たリ、内型直角定規を使い、
きれいなラインを作り上げなければなりません。しかもこの内型方式の場合は毎回微妙にアウトラインも変わってきます。
左右も完璧対称ではなく、表板と裏板の形も、よく見ると少し違っています。

今年初め、バイオリンを作っているとき、こんなクランプがあったら便利だとイメージが湧き、さっそく自作クランプを
作ってみました。

   
この時の作業は両手が自由に使えます レバーを緩めると簡単に内型が360度回転できます 

 このクランプを使うと、今まで大変だったブロック成形がとても楽になりました。
表板側も裏板側も確認が瞬時にでき、両手が自由なので、今までの苦労はなんだったのだろう、と
久しぶりに自作の喜びを味わっています。クランプの工作には釘を使わず、ホゾとホゾ穴で組み立てました。
ニスは塗らずオイル仕上げです。 

   

右の取っ手を回すとクランプが開閉します

虎杢カエデの取っ手 


2012年1月 あたらしい指板の試み

 少し前にチェロの指板交換の修理が来ました。この指板は長年使用されて何回も削り直しが続き
とうとう指板の厚みが薄くなりすぎて新しい指板の交換となりました。

今まではこの古い指板の再利用は上ナットか下ナットくらいしか思いつきませんでした。

ちょうど今、4月の大阪の展示会用のビオラを作っていて、できるだけよく乾燥した指板を探しているところでした。
このチェロの指板なら40〜50年経っているので、上半分を使うことに決めました。

写真2のようにチェロの低音側の角を削り取り、丸いカーブに削りなおします。

   
1 半分に切られたチェロの指板 

2 チェロの角をとり丸カーブのビオラの指板に修正

ふつう私たちバイオリン職人が使っている指板は、指板専門業者が作っているもので,指板を軽くするため
指板
の裏は3分の1ほどが写真1のように丸く削り取られています。

今回私が試みた新しいタイプの指板は、ハイポジションを弾いたときにも、指板に強度を持たせ
沈み込みを少なくしたものです。

写真3でわかる通り、普通は丸く削り取られている部分が中心で数ミリづつ盛り上がっています。
ちょうど表板の陥没を防ぐために力木がつけてあるように、指板の中心を補強してあります。

   
3 中心で補強された新しいタイプの指板 4 取り付けるとこの角度から見ない限り普通の指板 


2012年1月1日の仕事 


現在制作中のビオラ モデル ガスパロ・ダ・サロ

2012年は元旦から仕事を始めました。理由は今まで多くの趣味を持ち、色々なことを楽しみましたが、
近頃は楽器を作ることが一番楽しいと思うようになりました。
10年前なら冬でもカヌーに乗って海や川へ行ったり、雪の中をバイクや自転車で遊ぶことのほうが楽しかったの
に今では工房でこうやって仕事をしているほうがもっと楽しいです。
 
 
私の分析によると、人間は自分の体力や体の状態により、一番効率よく楽しめるものを探し求めるものと思います。
人間の行動は脳が支配しているといわれていますが、脳も体の一部であるので体ができないことは脳も考えない。
脳が考えるというより、その前に体全身から考えが始まり、それができることを脳に伝え行動が始まるように思います。
ということは、精神を鍛えるより、体を鍛えることのほうが大切なように思います。
最近、年をとってからそう思うようになりました。


f孔を切る作業中  ビオラ41cm

 この楽器を作るという作業内容は、f孔を切る時などは椅子に座って作業しますが、板にふくらみを作る時や
厚みだしをする時は立ったまま作業します。
長時間ずっと同じ姿勢をとらないので、あまり肩こりがする作業ではありません。
言ってみればバイオリンを作る作業は軽労働で単純な繰り返し作業が半分くらいあります。
残りの半分は気を遣いながら作業しますが、それとて30年間続けている私にとってはくたくたに疲れるほどの労働ではなくなりました

 楽器作りに必要なことは、今まで作った楽器の良かった部分を次に作る楽器に反映させることのように思います。
つまり、数多くの楽器を作ることが良い訓練となります。数多く楽器を作っていくうち偶然にでてくる積み重ねがすべてのように思います。

   
 1月1日に貼りつけた私のラベルと焼印 新年渦巻ドラゴン
本年もよろしくお願い致します   


職人の仕事は繰り返す作業が多いので、若いときは大変でも年をとってからは体がその作業に慣れてしまうところがあります。
仕事によってその労働に適した体格ができあがり、それが繰り返されることによって、仕事することが平常になっていくものと思います。
視力の酷使だけには気を遣い、今年もせっせと楽器を作り続けます。


2011年12月

 12月の冬の季節の話を書こうと思いましたが、また自転車(先週淀川の河川敷を走り、大阪城まで行った時の話)
のことになるのでやめます。
今年1年の最後のトピックスなのでバイオリンのことにします。

バイオリン本体の材料はカエデとマツ(トウヒ)でできています。
カエデはイタリア語でacero di monteと呼ばれ、和訳すると「山のかえで」との意味です。
春には下の写真(1)のようにブドウの房のような白い花がいっぱいつきます。

 
 1  カエデの花

 日本のもみじはこのようにブドウの房の形にはらないですが、よく見ると小さい花がいっぱい咲いています。
小さすぎて見えにくいだけです。
毎年、春にもみじを見つけたら、近寄って目をこらしてよく見てください。赤色のまるで小さな小蟻が群れを
なしているように花を咲かせています。

イタリアのカエデも夏から秋にかけてはプロペラ型の種をいっぱいつけています。
葉は日本のもみじと違い力士の手の平より大きくなります。写真2

 
 2 カエデの花、葉っぱ、種

バイオリン材料は40cm、ビオラは45cm位の長さに製材して乾燥させます。
今から思うとマエストロ・モラッシーからは材料の伐採・製材・乾燥と、普通のバイオリン作りが知らないことを
多く学べました。とても良い体験をしたと思っています。

 
3 珍しい杢のカエデ、ビオラ一枚板

最近では材料鑑賞が私の趣味のひとつとなりつつあり、始めは白い色の材料も10年、20年と乾燥させると
きつね色に変わります。その後、ヤニがでた、割れがでた、虫食いが出たと、悲しんだり喜んだり、これらの
乾燥した材料が良いとの出る楽器の元となることを思うと結構楽しいものです。

 
 4 伐採されたばかりのアベーテロッソ

上の写真4は伐採されたばかりのabete rossoアベーテロッソです。
この写真は今から15年位前のものでしょうか。マエストロも元気で山に入って斧をふって木の伐採を手伝っていました。
木の皮をはがし、蝶杢が入っているかを見ているところです。

 
 5 山から切り出され製材を待つアベーテロッソ
上の写真5   丸太の周りに長さ50cm位の木の皮が散乱しています。これらの作業はイタリア人は斧を使い
まるで人参の皮を包丁でむくようにすばやく器用に簡単にはがしとります。
この大木はチェロかコントラバスに使われる表板です。

 
6  材料の乾燥置場
製材された材料は上の写真6のように、雨のかからぬよう標高1000m位のところで1〜2年ねかされます。
この時はまだ2枚に分ける鋸挽きはされていなく、小口には割れが入らないようにパラフィンが塗られているだけです。

   

7     アベーテビアンコ(モミの木)

 8      アベーテロッソ(トウヒ)

上の左写真7がアベーテビアンコ(モミの木)で、右写真8がアベーテロッソ(トウヒ)です。
どちらも樹形が三角形をしていて、よく似ていますが、よく見るとすべてが違います。
木の皮はその名のとおり、アベーテビアンコは白に近く、アベーテロッソは薄い赤色をしています。
葉っぱのとげはアベーテビアンコは固くしっかりしていて、アベーテロッソは細く柔らかいです。
製材してバイオリンに使うときには、皮の色とは正反対で、アベーテビアンコは中身は少しきつね色で、
アベーテロッソはきれいな白です。

 
 9 ドロミーテのアベーテロッソ
表板に使われるアベーテロッソはヨーロッパ全土に生えています。特にアルプス近辺には
多くあります。イタリアでは写真9のようにドロミーテ周辺に楽器に適した良質のアベーテロッソが生息しています。
  
 10 冬の北イタリア11 雪だるまと後ろにあるアベーテロッソ
今頃ドロミーテに行けば雪が積もっていて、ちょうど上の写真のようなひっそりとした銀世界です。
イタリア人も冬には雪だるまを作ります。この辺りはスキーのメッカであり、近くには昔、冬季オリンピックが
開催されたコルティーナダンペッツォもあります。写真11をよく見ると雪だるまはストックを持っています。

今年も私のHPを見ていただきありがとうございました。

来年こそは良い年になりますように。


2011年11月  東京・弦楽器フェア開催
 11月4日(金)〜6日(日)の3日間 弦楽器フェアです。
今年は、バイオリン・ビオラ・チェロ・コントラバス・ビオラダモーレ・
鳥のかたちをしたバイオリン
合計6本をライトバンに詰め込んで、大阪から
600km離れた東京までの弦楽器たちの大移動。
年に1回の長距離ドライブです。

出展するバイオリンとビオラの紹介をします。この2台は試奏会で演奏されます。

 バイオリン
ストラディバリモデル
 ビオラ
ガスパロ・ダ・サロモデル42cm
   
   
   



2011年10月  オリジナルモデル 鳥のかたちをしたバイオリン
 
高校生の夏休み、京都市内のガソリンスタンドでアルバイトをしたことがありました。
アルバイトの最終日、給料をもらって京極にぶらりと寄りました。すると露天商が段ボールの中に20〜30羽の
ダルマインコを詰め込み売っていました。私はその露天商にえさの食べさせ方を聞き、まだ羽の生えていない
自分で餌を食べられないインコを買って箱に入れて家に持って帰りました。
次の日からは、アワをお湯でふやかし、小さなスプーンでダルマインコに餌を与えました。そのインコは成長すると
真っ赤なくちばしとなりましたが、始めの1年くらいは黒色の口ばしをしていたので、「クロ」という名前をつけました。
その後このインコは、25年間の長寿を全うしました。私がイタリアに12年間修行に行って日本に帰ってきた時も
実家で元気に飼われていました。
 

 今回ここで紹介するのは鳥の形をしたバイオリンです。外観は普通のバイオリンと随分違った形をしていますが、
バイオリンを首にはさんで演奏する時には普通のバイオリンと同じ感覚で演奏ができます。

   
駒の高さや弦長は従来のバイオリンと同じです

横板には30周年を記念して作ったと象嵌しました

 このダルマインコ「クロ」との思い出はいっぱいあり、小鳥の飼い方の本によると、ダルマインコはひまわりの種や
オノミが好物と書いてありましたが、この「クロ」は冷ごはんにお湯をかけてふやかしたお米が大好物でした。
この食事が出ない時は、陶器でできた直径15cmほどある大変重い餌箱を大きなくちばしで持ち上げ、まるでちゃぶ台を
ひっくり返すようにひまわりの種を鳥かごの中にけちらかし、いつものご飯を出してくれと抗議していました。
他にはキャベツの芯も大好物でした。片足で止り木にとまり、もう片方の足で大きなキャベツの芯を握り、器用に口の前に
持ち上げ、シャキシャキと大きなくちばしで音を立てながら食べていました。

   
駒は鳥の顔と尾は渦巻をデザインしました   渦巻は正面におまけにかたつむりをつけました

 このバイオリンは板の厚みを大変厚くとって、小さな音しか鳴らないように作ってあります。
分数バイオリンよりも少し小さな音です。マイクをつけると、板が厚いので良い音がすると思っています。
このバイオリンも11月4日〜6日の東京での弦楽器フェアで展示します。


2011年10月   ビオラダモーレ

   
写真ではわかりにくいですが、こげ茶色の瞳の中に
黒檀の瞳孔を埋め込みました。
 子供の背中には羽が生えています。
 
 
もうすぐ東京・弦楽器フェアが開催されます。今年は私が弦楽器職人を志し、クレモナに行って30年目になるので
バイオリン・ビオラ・チェロ・コントラバス・ビオラダモーレ・オリジナルバイオリン(鳥の形をしたバイオリン)を出展します。
弦楽器フェアには16年前から出展していますが、今年は一番多くの楽器を出展します。
どうぞ、会場の私のブースで楽器を試奏してみてください。

 
羽はモザイクのようにメキシコアワビを埋め込みました。 17本の糸巻をつけ、ビオラダモーレが完成です



2011年9月 作業台の平面出しと和ガンナ

   

私の作業台の平面だし

トーマスが1986年に作ったと書かれたプレート

 上の写真は私が楽器を作るときに使っている作業台です。
パルマ音楽院バイオリン製作科の学生だった時、私はクレモナに住んでいてパルマまで通学していました。
その時同じように1人のドイツ人、トーマスシュミットが私と同じようにクレモナに住んで、パルマに通っていました。
彼はその頃、思うように楽器が売れず仕事を捜していました。私は彼が大変器用なことを知っていたので
作業台を一台注文しました。

仕上がった作業台は大変立派なもので、ニレの木でできていて、天板の長さは2m
もあり、バイオリンからコントラバスまで全ての楽器を作ることが出来ます。
その作業台は1986年に出来たのでもう25年使っています。
ただし木で出来ていて、2mと長いので5年に一度くらいは平面出しをしています。
バイオリンの材料のように繊維がまっすぐ通った材料は、西洋カンナで充分ですが、
私の作業台の天板はあまり良質の材料ではないので、うまく削ることができません。このような時は
日本の和ガンナを使います。切れ味のよいかんなは、やはり日本製が郡を抜いているように思います。
日本刀の伝統を受けついているだけあり、どんな材料でもきれいに削ることが出来ます。
ただし、和ガンナは台直しの技術がとても重要です。
今年で5回目の削りなおしなので、もう2〜3mm削りました。しかし平面がきれいに出来た時はとても気持ちよく
作業が出来ます。

   

 私の手の幅に調整した和ガンナ

 右上の穴は人差し指が入る

普通、和ガンナは長方形の木に、刃物が斜めにはめ込まれているだけのものですが、日本の木工をしている
人たちが見たらびっくりしますが、私のカンナは側面に溝を掘り、私の手の大きさに、合わせてあります。
刃の後ろには人差し指が入り力がかかりやすく、穴があけてあります。 
そのおかげで幅広のカンナですが、大変握りやすく調子よく使っています。

 

 カンナを挽くときの握り

 カンナの厚みを2倍に作り直した改造長台カンナ

この平面出しのカンナ以外にもうひとつ重宝する日本の長台カンナがあります。
これも改良されていて、握り取っ手がついています。

この長台はチェロやコントラバスのハギをする時、削り面を直角にするときに使うもので、カンナの側面を
作業台の天板の上をすべらし、カンナの刃は立てて削ることになります。
完璧な直角を出すためには作業台の天板が完璧な平面でなければなりません。

今回天板を削りなおしたので当分の間はどんなに長いものでも簡単に直角出しのものが出来ます。
自分によく慣れた道具とはなんと使い勝手が良いのでしょう! まるで自分の手先の一部のようです。

また新たな気持ちで、やる気満々モードになってきました。


2011年7月 弓のフロッグ 
ストラディバリの弓
 1ヶ月前、何気なく弓の本を読んでいるとストラディヴァリの弓の記事と一枚の写真が載っていました。
その白黒の写真はフロッグがマンドリンの形をしていました。よく見ると弓の毛はマンドリンの糸巻きにも
弦の代わとして馬毛が張り付けてありました。素晴らしいデザイン構成だったので、私もそれを作りたくなりました。
作ってみると、糸巻き1個の大きさは米粒のようにあまりにも小さく、オリジナルのストラディバリが作った
弓のマンドリン型フロッグには8本の糸巻きがついていますが、私のものには6本しかつけることができませんでした。

次回作るときは8本の糸巻きに挑戦したいと思っています。

この本の説明によるとストラディバリの弓はロンドンのヒル商会が所有していると書いてありました。
マンドリンの糸巻きはあまりに小さく、その糸巻きの穴は直径0.3mmをあけなくてはなりません。
バロック時代のマンドリンは今の形と違いこのような形が普通のマンドリンでした。
ストラディバリはこのような形のマンドリンも作っていて現存し、内型も今も博物館に残っています

ストラディバリはなんとハイテクな技術をもっていたのでしょう。
いまさらながら驚きました。

 
 2011年岩井作 マンドリン型のフロッグ

 
 バロック弓のフロッグ ストラディバリモデル

自転車のフロッグ
 オリジナルのフロッグを作っています。私は自転車が趣味なので、それをフロッグに付け加えています。
作ってみるととても小さく、変速機やブレーキレバーを付けたりするのは困難になり、ロードレーサーは断念し、
私が高校生の時に競輪場を走っていたピストレーサーをモデルに作りました。サドルを固定しているシートピラー
という部品は1970年代に作られていたカンパニョーロのシートピラーを黒檀で作りました。
当時実際に私が使っていたのは国産の安価なのものを使っていましたが、このフロッグを作っているときに、
あの当時のことを思い出し、その頃あこがれていた部品を作りました。
たぶんこの説明は相当自転車好きな方でないと、それも40年位前の情報をよく知っている方でないと
わからないとは思いますが私にとっては結構こだわったところです。
車輪のハブの中心、クランク軸の中心、シートピンのネジ、ハンドルステムの頭の引き上げネジには
黒檀が埋め込んであります。白色の材料は象牙ではなく、1990年イタリア在住中にイタリアの製作者協会から
団体でパリのムジコラに出展したことがありました。その時展示会場で人造象牙が販売されていました。
いつかこれでフロッグを作ろうと21年間ずっと手元でねかしていたものをやっと今年使いました。

この弓はもちろん毛替えが出来ます。最初バロック弓のフロッグと思い作り始めましたが、バロックの時代には
こんな自転車は存在していなかったし、この自転車は1970年代モデルのものです。
秋までにはこのフロッグに合う弓を作ろうと思っています。

 

自転車の荒取り 

2011年岩井作 自転車フロッグ


2011年5月 展示会出展楽器 ビオラ

   

表板 

裏板 

5月の展示会出展のビオラ完成しました。
モデルはアントニオストラディバリです。10年位前からオールド仕上げを始めたのですが、
最近は比率的に6割〜7割はオールド仕上げで作っています。
オールド仕上げと言っても、表板や裏板に傷をつけるもの、ニスをはがすもの、
修理クランプの傷をつけるもの、
一度にニスをはがし再びニスをつけるものなど
いろいろ種類があります。
今回このビオラは傷などいっさいなく、黒色のすすのようなニスを塗り、楽器を
見たときに瞬間的に古めかしさを感じるだけで、良く見ると新作だとわかる楽器です。

   

f孔 

ネック



2011年4月 展示会出展楽器完成 コントラバス・ゴッフリーレモデル

ゴッフリーレモデルのコントラバス仕上がりました。
このコントラバスはヴェネツィア派なので、モンターニャと同じように
ずんぐりとした横幅の広い形をしています。その分、低音はよく鳴ります。
この楽器の材料は19年前にイタリアから帰国する時、私の親方である
ジョバッタ・モラッシーにたのみこんで、「今は材料代を払えないけれど
数年以内に必ず支払うから」と言って、持って帰ってきた何枚かの
コントラバスの材料のひとつです。

私はクレモナへ勉強に行く前、1970年代後半には京都の茶木弦楽器で
コントラバス作りの修業をしていました。今回このコントラバスを作っている
時も、30数年前はコントラバスの配送のための荷作りの箱や部品である
テールピースや駒を作ることが私の仕事でした。
今はようやく自分のコントラバスを作れるようになったので、この仕事を
続けていて良かった思いながら仕事をしました。

   

表板 

裏板 


この糸巻きはバイオリンやチェロの糸巻きのように、糸倉を突き抜けるタイプでなく、
糸倉の長さにあわせて糸巻きを切り落としてあるので、側面から見ると反対側の
糸巻きは見えないすっきりとしたタイプです。

 

ネック

この裏板のネックヒール部は私の頭文字TとIを入れました。
白い色をしているところは貝の象嵌でアルファベットのIを装飾文字にしてあります。
黒いCのような形に見えるのは実はTの文字で、イタリア語の筆記体はこのような形に
なります。これは黒檀の板を埋め込んであります。
ネック側面の茶色い木はスネークウッドで、その両脇のちいさなさいころのような白色の
部分は象牙を使って装飾してあります。
京都の東寺では毎月1回骨董市が開かれています。
三味線の欠けたバチなどは普通使い道はありませんが、私はそれを見つけたとき
ガラクタのなかに宝物が白く輝いているように思いました。この三味線のバチは邦楽で
さんざん活躍した後、私に見つかり今度は洋楽のコントラバスのネックのはしっこに
取り付けられ、また何百年と存在し続けることになりました。

 

ネック接合部 


このゴッフリーレモデルのf孔はクレモナのストラディバリやグアルネリタイプでなく
曲線を多用したヴェネツィアタイプです。
エンドピンの下には、このコントラバスを作った私の焼印があります。
カエデの板にT.IWAI-OSAKAと書いてあります。
その外に白蝶貝、その外にへリングボーンと言ってマーチンギターに使われていた
白と黒の木の装飾、その外にスネークウッドの装飾が横板に埋め込まれています。

 
 

 f孔

 エンドピン


 2011年4月 展示会出展用の楽器


5月の展示会用の楽器のニスを塗っています。
展示会にはバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスの4本を出展します。
楽器はもう何百本も作っているはずなのに、ニス塗りはいつも大変です。
私たち職人はスプレーガンを使わず、小さな刷毛で手塗りするので
楽器が大きくなればなるほどニス塗りが大変になってきます。

ニスには大きく分けると2種類あり、油ニスとアルコールニスがあります。
油ニスの場合はコップ半分以下のニスの量で、バイオリン1本が仕上がります。
油はいくらでも伸びるので、刷毛を上手く使い油を伸ばしていきます。
油ニスの場合は色むらもでにくいので、技術的にはニス塗りは簡単ですが
色となる顔料の微調整が難しいです。油ニスのニスを塗る回数は4〜5回です。

一方アルコールニスは、ニスを作るのは簡単ですが、色むらなくニスを仕上げるには、
刷毛の使い方を習得しなければならず、高度なニス塗りテクニックが必要です。

アルコールニスの場合は、30〜40回塗り重ねます。
樹脂を溶かしている溶剤となるアルコールは、ニス全体の6割くらいを占め、
1回塗るたびに1日かけて乾燥を待ちます。
アルコールなので、1日たてば塗ったニスの半分くらいは蒸発していきます。
そのとき残った樹脂をバイオリンの表面に残していきます。
それを30〜40回繰り返します。そして、3〜4回に一回は800番〜1000番の
紙やすりで、表面を磨きます。

下の写真では右の小さな瓶がバイオリン用で、左の大きな梅酒用のガラス瓶が
コントラバスを塗るときに使用するニスです。
コントラバスの場合はバイオリン10台分くらいの量のニスが必要です。
私の狭い工房でコントラバスにニスを塗っていると大量の蒸発したアルコールで
部屋中にアルコールとそれに溶けた樹脂、少量まぜたラベンダーオイルの
香りなどが充満します。


2011年2月 ジュゼッペ・オルナーティモデル バイオリン
 
2011年岩井作バイオリン渦巻き オルナーティモデル 

 今回このバイオリンを作るためにクレモナやミラノの楽器博物館に行き、また多くの
楽器写真集を見ました。オルナーティの楽器には細部にわたり彼の個性が印象強く
表現されています。楽器の精度もさることながら、特に彼の熟年期に作ったものは
オルナーティ以外の何者でもないほど個性に満ち溢れている楽器でした。
久しぶりのモダンイタリー新作コピーです。
ニスもぼかし技法で陰影をつけました。

   
オルナーティモデル f孔

 
2011年岩井作 オルナーティモデル 裏板 



2011年1月 鯉の滝登りバイオリン

 

 


 

 

「鯉の滝登りバイオリン」が仕上がりつつあります。
このバイオリンは私の30周年を記念して作っているものです。

私が小学校の低学年の時、京都の鴨川の上流と下流に長い網を張り、
何百人の人が一斉に川に入り、手持ちの網で魚をすくうという行事がありました。
確かそのときの規則では直径30cm以内の丸網を使う決まりになっていました。

笛の合図と共に、大人も子供も一斉に川に入り金魚やフナや鯉を網ですくい、魚を取りあいました。
その頃の私の身長と比例すれば直径30cmの網はずいぶん大きなもので、その網を両手で持ち
川底を一生懸命すくいました。

すると大きな石が入ったような感覚が手に伝わり、あげてみると網の中で、大きな鯉が、くの字に
曲がって、時折両手に私を倒そうとばかりのものすごい力で網からとび出ようと必死で
もがきはねていました。私は金魚をすくおうと必死になっていたので、こんな大きな鯉がいようとは
想像もしておらず、網の中の鯉を逃がしてはならずと両手で魚を押さえて川の中から土手へと
這い上がりました。

そのときの感動は子供心にも大変印象が強かったようで、今でもそのことを思い出すと心臓が
ドキドキと高鳴り、そのときの情景が浮かび上がってきます。この出来事はそれ以来私を無類の
魚好きとさせることになりました。
私が56年間生きてきたなかで、一番大きな衝撃を受けた出来事です。

魚すくいの主催者からもらったビニール袋に鯉を入れると、くの字に曲がったままずっしりと重く、
周りにいた参加者みんなから、「あんた、ものすごおおきい鯉とらはったなあ」と絶賛されました。

私は知らない大勢の人から、話しかけられることは初めてのできごとだったし、そのことにより
余計に心臓の鼓動が高まりました。

帰りの市電の中ではみんなの視線がその鯉とそれを持っている小学生の少年に
集まっていました。今考えても相当興奮していたらしく、ビニール袋には大きな鯉と
水が入っていて重いはずなのに、その記憶は一切残っていず、
大きな感動だけが思い出となって残っています。

私の師匠の一人であるイタリア、パルマのマエストロ・スコラールベッツァは多くの楽器を作り、
その中には裏板にストラディバリを描いたり、悪魔が踊っているような絵を描いたバイオリンを
作っています。3年前、マエストロの工房を訪ねたとき、工房に泥棒が入ってその絵の描かれた
バイオリンを盗まれたと言っていました。
その時のマエストロの落胆振りを考えると、マエストロ自身にとってはとても大切な楽器だった
ことがわかりました。

今回私も自分の作っている時、バイオリンの裏板に何か絵を描こうと思いました。
何を描こうかと考えた時、私の人生の中で一番印象の強いこの鯉しかないと瞬間的
に決まりました。

今年、年内に私の30周年記念展示会を当工房で行ないます。
そのときに展示する楽器のうちの1本となります。


2010年11月 オルナーティ・モデル バイオリン製作中

バイオリン裏板 カエデ1枚板

ネックを最終確認中

 私の親方ジョバッタ・モラッシーはジュゼッペ・オルナーティにバイオリン作りの
多くのことを学びました。今回私が受けた注文制作のバイオリンはそのオルナー
ティモデルのものです。1ヶ月前イタリアに行った時、ミラノとクレモナの博物館に
行って本物のオルナーティ作の楽器を見て来ました。
これらの楽器は何回も見ていますが、何回見てもどうしてこんなに美しく作れるのか
不思議です。
博物館に行けば、モダンイタリーのバイオリンは何本も展示してありますが、その中でも
オルナーティのバイオリンは他のものと違い、きらりと輝きながら存在感を示しています。

このバイオリンの表板は、私が18年前イタリアから帰ってきたときに、F氏の仲介で
玉野夫人から無料で譲り受けたものです。
バイオリン製作者の玉野氏(故人)が約50年ほど前にフィレンツェ留学中(ビジャッキの
もとで修業)に、イタリアの建築物解体の際、古材の大きな柱を日本に送ったもの
です。
今作っているこのバイオリンは、材料、それを作る職人、それを使う演奏者、多くの
事が、長い時間かけて、不思議なめぐり合わせを経て、ひとつにつながったものです。

今まで作った多くの楽器の経験を生かし、自分の納得のいくものを作ろうと仕事を
進めています。
 
柱の大きさ 150×30×20cmその柱を数本頂きました。
日本に帰国して京都府亀岡市に住み家の庭で材料を切っている写真です。
12月なのに半袖で若さがみなぎっていて、頭の毛を見ると18年の歳月が一目瞭然です。


2010年10月 
 11月5日〜7日の東京 「弦楽器フェア」の出展のバイオリン仕上がりました。
試奏会にも出します。科学技術館地下のホールで演奏されます。
バイオリン試奏 6日(土) 12:45〜13:30  2010弦楽器フェアHP

バイオリン2010年作  バイオリン 玉杢の横板と裏板

 ビオラはニスを仕上げているところです。11月5日までには仕上げて弦楽器フェアに
出展します。このビオラも試奏会で演奏されます。
ビオラ試奏 5日(金) 13:00〜13:45

41.5cmビオラのニス塗り  ビオラのネック


2010年9月 コントラバス製作中 (ゴッフリーレモデル)

モデルはヴェネツィア派のゴッフリーレです。
ご覧の通りハギを済ませた状態では、非常に大きな木材です。
板の厚みは中心で5cmあります。楽器を完成させるには材料の7割くらいを削り採らなくては
なりません。大きなビニールのゴミ袋に何袋もノミやカンナの削りカスがたまります。
私は昔、全長5.6mの木製シーカヤックを作ったことがあるので、それと比べると小さなものですが、
普段はボディの長さが35.5cmの華奢なバイオリンを作っているので、大きなものを作る感覚を
取り戻さないと仕事がはかどりません。とは言ってもコントラバスを作りながらも、バイオリンも
ビオラも同時に仕事はしていくので気持ちの切り替えが必要です。

大阪では有名な肉まんがあり、それがテレビのCMで放映され、それがある時とない時では
天と地の差があることを関西人なら知らない人はいません。「あるとき!ないとき!」と言った
だけでなぜか話は大きく盛りあがります。荒どりの力仕事をしていてしんどい時、
「コントラバスがあるとき!」「コントラバスがないとき!」と呪文のようにその言葉をつぶやく
となぜか疲労は少し軽減されます。関東にもこんな呪文は存在するのだろうか?

来年の大阪市中央公会堂で行なう関西弦楽器製作者協会の展示会に出品予定です。
(2011年の第3回展示会は7月から5月に変更しました。)



コントラバスの内型  ハギをした表板と裏板


2010年6月 「第2回関西弦楽器製作者協会弦楽器展示会」の出展楽器
 7月大阪市中央公会堂で開催される展示会用のバイオリン・ビオラ・チェロの調整をやっています。
バイオリンとビオラは数日前にニスが仕上がり、駒・魂柱の調整をしています。
チェロは1988年、今から22年前にイタリアで勉強しているときに作ったチェロで、ニスの再リタッチ
をしてこれも駒と魂柱の再調整をしています。
このチェロを作ったときは34歳で、クレモナに住んで7年目の時で、今作っている楽器と比べると
とても新鮮な感じがしてまだ数多くのチェロは作っていない時ですが、自分なりにていねいに一生
懸命作った感じがよく出ています。楽器の音は22年経っているので、良く鳴ります。

3本ともそれぞれ違う種類のニスが塗ってあります。この写真ではニスの色合いの違いが正確には
でていませんが、実物の楽器は一目瞭然です。

   

バイオリンの裏板 ボスニア産カエデの一枚板です。

発色の強い赤い顔料を使い濃い赤茶のバイオリンです。

   

ビオラはリノキシンニスで濃淡の陰影をつけました。

ビオラ 40.8mm ストラディバリモデル

   

チェロ 麒麟血のオレンジ色アルコールニス

裏板と横板は同材料を使い虎杢が揃って美しい。


2010年6月 製作道具 小刀

   

溝を掘った2対の木の間に小刀をはめ込み接着します。

独特の杢目が出る屋久杉の取っ手

 仕事がらいろいろな形の小刀を使い分けて楽器を作っています。最近久しぶりに新しい小刀を
作りました。幸運なことに屋久杉を入手しました。現在ではこの木は伐採が禁止されていて入手は
不可能。長寿を全うするか、自然災害で倒れた木のみが製材を許されています。

 私のこの木は古い木で、ある有名な木工家の仕事場で眠り続けていた材木です。
氏が活躍されたのは今から80年以上前のことで、亡くなられたのが1982年なのでこの木が切られ
たのは、伐採が禁止になる以前の古い木であることは確かです。
カンナで削ると独特の香りが漂い驚きました。仕上げにペーパーをかけると木に油分があるので
チーク材と同じようにほこりが立たず、削りかすがぽろぽろと机の上に落ちます。
私のバイオリン作りの親方であるパルマのマエストロ スコラールベッツァは80歳を越えてもバイオリンを
作っています。私もそれを見習い80歳になったらこの屋久杉を使いバイオリンを作ろうと思って
います。本当の好きなことをやるまであと24年修業してそのための準備をしています。
 
 写真右下の4本の小刀のにぎり部分は私が作ったもので、
一番上のものは駒を削る時使う小刀で細いものです。にぎりの部分はカエデで丸太の最も外周を
使ったもので、虎杢のきついカエデは木の皮の部分がでこぼこ波を打っています。そこを削らず
にぎりとしてそのまま使っています。
2番目は黒檀とアクリル板を使い、現代的なデザインにしてみました。パーフリングの溝を切る
時に使っています。
3番目はカリンのこぶの部分の珍しい模様のでるにぎりです。荒取り用として使っています。
4番目は最近作った屋久杉のにぎりです。この小刀は刃厚が普通のものより薄く繊細な仕事に
使おうと作りました。

私は道具は大好きですが、あまり高級なものは使いません。理由は道具なので気兼ねなく
使えるものが一番と思い中級品を好んで使います。高級品でなくともよく研ぐと、バイオリンを作る
のには何の支障も感じません。
しかし、にぎりの部分はどこにもない珍しいものを工夫して使っています。

   

完成した切り出し小刀

私がよく使う珍しい取っ手が付いた小刀


2010年3月26日記載 「弓製作」
 久しぶりに弓を作っています。20数年前にクレモナ滞在の時に弓の製作学校にも通っていました。
今となっては当時のことはほとんど忘れてしまい、弓を作っていると初めての弓作りのような気がして
新鮮ささえ感じます。

2年前に弓製作者の笹野氏の弓製作講習会を当工房で行ないました。(フロッグ作り)
そのときのことを思い出しながら、フロッグを作りました。

弓作りとバイオリン作りは同じ物作りですが、仕事の進め方が大変違います。
バイオリンは作っていく途中で失敗をしても、それなりにつじつまを合わせる事ができます。
完成されたものは、今までのものと寸法や形が違っても、大きな問題ではありません。
楽器のふくらみやモデルなどは限定されたものがなく、バイオリンは完成した時に
そこそこの音が鳴り、弾きやすければ問題はありません。

弓の場合はスティックもフロッグも大変精度が要求され、製作途中でどこかで失敗すれば
その先に進むことは出来ず、またいちから作り直さなければいけません。

構造的に軽くて細くて華奢なわりに、演奏で使用するときにはかなりの力がかかるので
フロッグとスティックの接合部はどこの箇所にも寸分の隙間もなくぴったり合わなければならない。
またスティックはねじれや曲がりがあっては良い性能を発揮することが出来ません。

弓作りは楽器の修理と共通点が多いように思います。
楽器つくりを専門にしている私にとっては同じもの作りでも、何か仕事の進め方が違うように思います。

数日前も弓を作っていると仕事があまりにも精度を要求されて呆然(bow-zen)となり、
ほぼ完成したスティックをアルコールランプであぶりながら反りをつけているときボキッと大きな音と共に、
ペルナンブーコが2本に割れた。きっと集中力が切れたのだろう。

弓作りは気と木が最も重要だ。
   


2010年3月4日記載 「ヴァイオリン完成」(グアルネリ・デル・ジェズモデル)
新しいヴァイオリンが1本完成しました。
注文制作でないので自分の気に入るように作りました。
モデルはグアルネリ・デル・ジェズでニスはオールド仕上げです。
注文制作の場合は絶対に鳴らなくてはいけないので、作るのが大変です。
ニスの仕上げも注文の指定通りに仕上げなければならないので難しいです。
このバイオリンは何の制約もなかったので、最近では珍しく楽しみながら気の向くままに作りました。
音の出来栄えは工房にて試奏してみて下さい。

 

 

   
   



2010年2月10日記載 「職人の技により生き返った表板」

 写真にあるようにこの表板はヤニ壺があり、板を貫通していた。
ちょっと専門的な話になるがバイオリンの表板は2枚の板を中心で接着してある。
この表板は接着をする前にすでに穴が開き貫通していた。普通バイオリン作りは穴が貫通している
場合はバイオリン用には使わない。私はこの板を見たとき、単純にほかすのはもったいない。なんとか
利用する方法はないかと考えた。

f孔のモデルをその穴に合わせると、ぎりぎりf孔のデザインのなかに収まった。そこから逆算していき、
バイオリンの中心が何処にくればいいのかを割り出し、バイオリン板2枚を接着した。
文字にすると簡単だが、0.5〜1mmの間で2枚の板のカンナ削りを成功させるのはかなり難しいことでもある。

私はこの表板を無駄にしないためにかなり意識を集中させて、2枚の板の接着を終えた。
そして10ヶ月後の今日は、その板の表側のふくらみも仕上がりf孔のデザインをするところまで仕事が進んだ。

初めの計画通り、ヤニ壺はf孔の中にぴったり納まった。うれしかった。

見事に貫通したヤニ壺

よみがえったオルナーティ モデルの表板


2010年1月4日記載 「ぎりぎり節をまぬがれたカエデ」

上下左右4ヶ所に節のあるカエデ

拡大したもの 運よく節が入らなかったカエデ

 私は毎月、満月の前後数日は多くの仕事をします。それはもう30年続いています。
今年の元日は満月で夜になってから急に仕事がしたくなりました。ずっと以前から節のあるカエデを
持っていてハギをするときに1mm以内の削り代で仕上げが出来たら、ぎりぎり使える大きさしか
ありませんでした。
今年は正月早々運よく仕事が出来ました。


2009年12月27日記載 「ビオラ完成」(ガスパロ・ダ・サロモデル)
  41cmのガスパロ・ダ・サロモデルのビオラ完成しました。
このモデルは久しぶりなので、作っていても大変楽しかったです。ストラディバリやグアルネリなどとは
全く違うモデルです。
普通「弦楽器」といえばクレモナスタイルが標準ですが、ガスパロ・ダ・サロはガルダ湖のある隣の町
ブレッシャで作られたものです。一回見ると忘れることができることが出来ないほど個性あるど迫力の
形をしています。


2009年12月記載 「高槻の工房紹介」
 今月は県外在住の方や大阪に住んでいてもまだバイオリン工房へまだ一度も足を運ばれたことのない
方々に私の仕事ぶりと私の工房の紹介をします。

 

A 工房内

B  作業風景 

バイオリン工房クレモナは大阪府高槻市にあり、JR高槻駅から徒歩3分のところにあります。
初めての方にはJR高槻駅の西口出口をお薦めします。駅から北方向に300m直進したところにあります。
当工房は雑居ビルの2階にあります。1階にソフトバンク、有田歯科、三和住研が入っている肌色の
5階建ての建物です。

上の写真(A)がその工房でここで12時から19時まで仕事をしています。バイオリンが並んでいるアーチ型の
木工家具は私が気が向いたときにすこしづつ作っているので現在のところは家具らしくないですが、
数年後には美しい楽器陳列家具になる予定です。

この写真には写っていませんが、3つのテーブルがあり、それらは私が自作したものです。私は家具作りが
大好きで、そのほかにもいろいろな木工品も作っています。時間が出来た時に、HPに「木工コーナー」を
開設し今まで作ったオリジナル木工品を紹介します。

写真Bは現在作っているバイオリンで表板にパーフリングの溝を彫っているところです。
以前楽器注文を受けた時、依頼者の友人にレアンドロ・ビジャッキの楽器を所有している人がいて、これと
同じかたちの新作楽器を作って欲しいと頼まれました。大変美しいレアンドロ・ビジャッキのグアルネリ
デル・ジェズモデルの楽器を目の間にして図面を引きながら内型をおこしました。
このバイオリンはそのときの内型を使って作っています。来年の春には完成予定です。

 

C ニス塗り

D  ハケとニス

(写真C)ニスを塗っている楽器は2本のバイオリンと1本のビオラです。約1年前に製作注文を受けた楽器です。
ニスもだいぶ色も付き艶も出てきました。大阪のT氏、京都のK氏、東京のF氏、注文主の3人には材料選択から
してもらい1年かけてじっくり作っています。あと1〜2ヶ月後には完成です。

写真Dはニスが入っている瓶です。イタリアから帰国した17年前から使っているので瓶の周りまでニスが
したたり、よく使い込んだ入れものとなりました。

 

 E 豆ガンナ

F  私の製作した楽器

写真E この豆カンナはバイオリンの膨らみを作るときに使う道具です。もう28年使っています。
刃は長年使って短くなったので、最近新しい刃に付け替えました。

写真F 私が現在作っている楽器です。この他にもバイオリン・ビオラ・チェロと販売できる楽器もそろって
います。ぜひ工房にいらして試奏を試みてください。


2009年11月記載 クレモナでの楽器製作
 私は年に一度クレモナに行くが、この17年間一度も現地でバイオリンを作ることはなかった。
しかし今年は1ヶ月の長期滞在だったので、日本から7本のネックを持っていった。クレモナの町で仕事を
するのは18年ぶりだったが仕事はすいすいと進んで気持ちよかった。
来年からはクレモナでの仕事も真剣に考えてみよう。

私はクレモナにアパートを持っている。この最上階の5階の窓から見えるパノラマはクレモナの鐘楼と
大聖堂が遠くに見え絶景である。この風景を見ながらバイオリンを作っているとクレモナの街から特別な
エネルギーをもらっているような気がする。

   

 秋のたそがれにたたずむクレモナの鐘楼

 仕事中の渦巻きから見えるクレモナの鐘楼


 下準備をしたものであるにせよ1ヶ月間に7本もの渦巻きが出来るとは、日本で仕事をするよりずっと効率が
良かった。たまには違う場所で作るのも気分転換になって良い。バイオリン職人にとって気持ちよく仕事する
事は最も重要なことだと私は思っている。

   

2009年10月 即席で作ったダンボールの道具立て

私が仕事の合い間に眺める風景 


2009年10月記載 「現在の私」

 2009年10月にイタリアクレモナでトリエンナーレ国際弦楽器製作コンクールが開催されました。
私はバイオリンとチェロを出展しました。コンクールの結果はさんざんで私の楽器の採点は、
大変低いものだった。

コンクール展示会場に行くと多くの楽器が展示されていて、私の楽器の前に行くとすぐに自分の
ものだとわかった。まずどの楽器よりも色は赤黒く、ここはコンクールの展示会場なのに平気で
ニスに色ムラがたくさんある。普通コンクールは技量を争うものであり、手塗りでも、色ムラがなく
美しく仕上げるのが採点のポイントになる。みんな透明感のある美しいニスが塗ってあった。

その展示会場でなぜこんなムラがあり赤く黒ずんでいる訳のわからない楽器があるのだろうと
その楽器を見た人は
違和感があったことだろう。大阪で言うなら「なんやねん、これは.....」

私は適当にニスを塗ったのではなく、これが一番自分らしいと思うようなニスに仕上げただけだった
そのバイオリンは私のオリジナルモデルで、ストラディバリでもグアルネリでもないものだった。

 チェロは普通魂柱が直径11〜12mmなのでそれらがようやく入るくらいの繊細なモデルのf孔が
切ってあるのが普通であるが、私のチェロは直径14mmの魂柱でも簡単に入る幅で、どう見ても美しい
f孔とは言えないチェロだった。これも私はこれが作りたいと思い、意識的に作ったチェロだった。

今から思うとコンクールに出展するには場違いな楽器だったかもしれない。

現在の私は自分の作りたいと思うものを自分に正直に作ることが一番良いことだと思っている。
これこそが私の作ったものだと言えるものだ。

伝統的なクレモナスタイルのアマティやストラディバリと同じでなくとも、またそれらのスタイルから
遠ざかったとしても自分がこの方法のほうが良いと思うなら、それで良いと思うようになった。

私の趣味は美術と音楽で特に古典的なものが大変好きだ。それらは伝統的なもので安心と安らぎを
与えてくれるからである。しかし自分の職業であるバイオリン製作に関しては、5年ほど前から、
前衛的なものこそが、物
つくりの楽しみと思うようになった。それは基本的なものとして絶対守らなけ
ればいけないものを平気で破壊することでもあった。

実際、新作バイオリンでオールド楽器に近い音色を出すには、何か今までになかった厚みやふくらみ
が必要だろう。それを追求することは大変な楽しみでもある。若い頃は大人になれば個性、感性
主義主張が年とともに自然に身についていくものと思っていたが、50歳になってもそれらはほとんど
何も変わっていなかった。
しかし、55歳になった今は、気がつくと幸せなことに、楽器製作という職業があり私の作った楽器を
購入また、注文依頼してくれる人々がいた。

今の私はこの楽器製作を通して、私の人生を形として残すことできる環境にあり、私の作った楽器は
死んだ後も、私の生きた証となる。

自分の考えることと自分のこの体を使って楽器を作る、そこには嘘があってはならない。

自分を楽器に置き換えるだけである。
そこには
私が生きている意味がある。