自然環境への思い

今、この時代の私たちの生き方に求められること、
自分の生活・人生をエンジョイすることも大事。
でもその行動で未来の人類に環境的負担を残すのは????

地球上の生活環境を悪くしない方法(持続可能な発展)での社会生活の探求が重要、
自分達の生活環境に意識をもって、今と将来のことを考えながら
行きましょう。

目  次

1) 負の遺産を残さないように
2)旅行は裏通り散策から
3)農耕従事者の減少、農家の衰退
4)文明進化の最適速度論
5)コンクリートジャングル
6)人類も及ばぬ生命力
7)儲け主義は人類の将来を危うくする
8)研究・学術は工学と言えども生産・経済活動にのみ照準を当てるのは危険
9)爆発的な人口増加とエネルギー資源と環境破壊

1) 負の遺産を残さないように(2002.03)
幸いなことに現世代の我々は特別な呼吸マスクを着用することもなく、
緑の地球上に溢れる空気と水と大地によって生存している。
 
こんな自然環境に感謝し、環境を破壊しない方向で自然を愛し親しみ、
自分達の生活をエンジョイすることも大切。

郊外の田畑や雑木林に親しんできた子供の頃、
その愛着からシルバーエイジの今でも里山風景、土や野原から隔離されたストーリーは描けない。

反面、都会の刺激と利便性も捨てられない。 
人は少しでも早く、遠くに、楽に行ってみたい、そんなモビリティと快適さも追求する。
楽しいことだ。でもその行過ぎで自然環境を損ない、そのツケを次世代、人類の将来に残すのは避けたいものだ。


2)旅行は裏通り散策から(2002.05)
旅行も楽しい。
でも最近の企画された旅は早く遠くに効率的にの向きがある。
便利なコンクリートに固められた都心から都心へ、金属の塊である乗物に閉じ込められて。
その地方のカルチャーや風景、歴史観を新鮮に肌で感じるには表通りより裏通りがよい。
多くの歴史紹介はその地方の指導者、有力者の業績に照準が当たる。
でも、その時代を支え、影響を及ぼし及ぼされた庶民の生活の歴史は裏通りや郊外にこそ凝集されている。
セットコースから外れた裏街道沿いの街並み、広場や郊外が好きだから、たまに絵にする。


3)農耕従事者の減少、農家の衰退(2002.05)
市近郊には若手の農耕従事者は少なくなった。

生活環境、経済環境から止むを得ないことではあるが、
結果として農耕地や里山も荒れてビニール袋の不明ゴミが心無く投込まれている。
そんな一部を分担して整備し綺麗な自然に戻したいと、若干の農耕作業を始めてみた。

汗をしながら土と会話する。
誰もが知らずしらずに大地に、地球環境に負荷を与えている。
分別や後処理を意識しない生活ゴミの廃棄、生活排水への油分混入、
排ガスの大気への放出、自分の足を使わずにエネルギー消費の大きな乗物への依存、
必要以上の食物準備と廃棄などなど。


4)文明進化の最適速度論(2002.10)
勝手に名付けて、文明進化の最適速度論
やがて人類はどこかの段階で利便性の追及を急ぎ過ぎてはいけないことに気付く。
最も妥当な変化のスピードを考え始める(既にその兆しも出ているが)。
そこで話されるのが文明進化の最適速度論である。
文明化、近代化、機械化などが急過ぎても(特にシルバーには)順応が大変だし、
ストレスを増大して利便性は感じても幸福感はそこそこ。
未来の人類の発展継続にまで考えのスパンを広げ、どの時代の人間生活にも緩やかな発展と進歩の幸福感が感じられる、
そんな最適な発展速度が有るのでは。??==なんて考えが浮かんでくる。


5)コンクリートジャングル(2003.02)
すでに都市部の地表はコンクリートやアスファルトで覆われてしまった。

(自分でも悩んでいる杉花粉症は、湿った大地表面の減少でダストや杉花粉の吸着力が低下した結果ではなかろうか)。
やがて生まれて来る子供達は地球の深部までがコンクリートで出来ていると思うようになる。
足の裏で大地の柔らかさと温もりを知ることは出来なくなる。
これからの世代の人達にも快適な生活環境を維持し残していくこと(持続可能な発展)こそ、
謙虚な現代人の生き方だ、などと。



6)人類も及ばぬ生命力(2003.08)
ともすると、人類が地球を支配出来ているような錯覚をもつ。
それは人間からみた勝手な思いかもしれない。
同じ地球上に生息するバクテリア等々の微生物の種類や数は、人類のはるかに及ばない規模、彼等の環境順応力、
繁殖力は大したもので、彼等から見れば人類は、、、、、、、、、、、。

地球上の生物食物連鎖の中で、食べられてしまう生物の繁殖力は増大するように仕組まれている。
つまり一種類の生物のみが支配的に繁殖生存することは不可能ということだろう。
てなことを思いながら、里山周辺の落ち葉の重なりの上に立つ時、
足の下に地球の優しさと生物の共存を感じるのである。

7)儲け主義は人類の将来を危うくする(2006.05)
経済の仕組み勉強と思ってインターネット株投資が急増している。
東証システムがライブドア株不安の売買注文に追いつかず、一時的システム停止に追い込まれたのはついこの間だ。
人間は株だ、投資だと言っては産業革命以来の生産/消費活動を加速化させている。
地球の資源や自然回復力には限界があるのに、そこまで考慮に入れた経済投資は少ない。
株式投資もデイトレーダーや、XXファンドといった企業内容はどうでもよいから儲けさせてくれる株が
(会社が)選ばれる(投資対象になる)。
自然と会社経営は短期に株主配当できる儲け主義によって経営されるから、地球の将来なんか考えない。
我々の子々孫々の生活生活環境なんてところまで想いは及ばない。
我々が今、株を儲け主義一本で考えていると、子々孫々の事なんか度外視で、
今有る自分のことしか考えないという(ミノさん持論の世代間利己主義/ジェネレーションエゴ)身勝手な行動を
していることになる。
株投資は近視眼的に儲け期待の対象に金が集まる仕組みだ。
一体誰が、人類の存亡を憂慮した経済活動の修正を行えるのだろうか。
このまま破局に向うのだろうか。ディープインパクト、
選ばれた一握りの人間のみが生存手段を与えられて延命出来る、
そんな日が必ず来る。それは突発的に発生する宇宙からの星の異常接近からではなく、
人類という地上の生態の異常繁殖に起因する可能性が大きい。


8)研究・学術は工学と言えども生産・経済活動にのみ照準を当てるのは危険(2006.06)
利潤追求の企業経営だけに利する研究開発活動は人類の落とし穴。
儲け主義で企業が運営され利潤を追求し、また大学関係だって独立行政法人化されて、
自分の給料は自分で稼げ、大学独自でも自主採算をとれという方向にある。
企業も大学も近視眼的な儲け主義の開発や研究しか出来ない方向に向いている。
一体誰が遠い将来の人類のための研究をやるんだ。
個人や企業、大学関係者などが寄り集まって、公的な技術研究活動推進するような公益法人・学術団体なんて組織もある。
税制的優遇特典も与えられ、現在の学術関連は文部科学省が認可している。
ここでも、会社や個人が会員として会費を払い、それで運営しているから、
会社や個人の要望を満たすための活動をするのは当然であるが、個人だって会社代表として、
あるいは企業人として参加しているケースが多いのだから、直近の会社の業績アップにプラスになる活動が求められる。
しかし、会社や大学と離れて組織化された公益法人・学術団体はそれだけやってればいいのか、という疑問も出てくる。
会社や独立行政法人大学の利益追求から離れて、もっと人類の長期的幸福に向けた活動が2〜3割は有って欲しいものだ。
個人にしても、企業にしても負担している会費納入は、
今の企業活動に利する見返りを求めているだけだろうか。現状の組織内では出来ない超長期的な人類の生活、
生存に役立つ大きなVisionの構築と現状の経済活動に囚われない自由闊達な学術活動を推進して欲しいという
メッセージである可能性も大きい。


9)爆発的な人口増加とエネルギー資源と環境破壊を愁う(2006.07)
このまま放置されれば近未来に人類崩壊の兆し
日本では少子化や極東危機(テポドンリスク)などが大きな話題となっている。
しかし、アジア周辺の爆発的人口増加とそれに伴う資源枯渇、環境汚染が近未来に迫っていることを
意識している人は少ない。
地球人口は現在65億3000万人弱。日本1.3億、欧州ではEU全体で3.8億、米国3億。
だが、中国13.2億、インド11億と世界人口の40%近くが中国・インドで占められている。
経済活動・生産拡大・消費拡大と産業革命以来継続されてきた資源消費・環境負荷増加の道筋が、
この両国で爆発的に進んでいる(中国の経済成長率は10%を超え、2005年の石油消費量は米国に次ぐ世界第2位)。
人口増加に伴う資源消費、環境負荷の急増は両国だけでなく、アジア・全世界の問題であろう。
2006年7月16日からのサミット・サンクトペテルブルク会議でも、
英ブレア首相を中心とする協議の中で、中国やインドのエネルギー需要の急増を注視する必要が訴えられた。
2030年(24年後)には世界のエネルギー必要量が50%増加するとの見通しだ。
当然、廃棄物、公害原因物質だって増加して環境負荷は急増する。
人類生息域である地球という枠の中で、ジワジワと人類存続の限界が近づいていることを感じる。



小川沿いの道を散策する時、水の優しさと温もりを感じるのである。
勝手な独り言ですが、植物、動物、人間の今と今後/将来をも考えに入れる、
そんな生き方で過ごしていきたい、自然環境に接していきたいものです。



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編集: 癸生川 實 :: 自然環境への想い、今、この時代の私たちの生き方に求められること