コラム

第1回 モノと人(1)
2000.1.4


 人間は、道具を使うことで進化してきた。そして、道具を作ることで文明や文化とよばれるものを造り上げてきた。道具やモノを作り、使うこと。これこそが、人間と他の動物との最大の相違点であると言っても過言でないであろう。

 道具を使うということは、その道具の特性や用途を理解し、その上でその道具を自分にとって有益なものとして活用することであると思う。道具の性質を知ることとは、構造を知り、また使っていく過程で失敗や発見をくり返していくことであろう。しかし、近年ではその「道具を知る」ということがおろそかになってまっているような気がしてならない。

 随分前の話になるが、中高生などがナイフで人を刺すという事件が頻発したことがある。マスコミや関係者達は、子どもがキレやすくなったとか、テレビや映画に殺傷シーンが多いとか、そんなことばかりを原因として挙げていた。防止策として彼等が提案したのは、バタフライナイフを売らないというものであった。当然こんなものは無意味であり、暫くすると今度は他の刃物で人を刺す事件が起きた。

 ちょうどその頃、あるテレビ番組で子ども達にナイフを使って鉛筆を削らせるということをやっていた。それを見て愕然とした。きれいに削ることができないのは仕方がないとして、何とどちら側が刃なのかすらわからない子どももいるのである。多分、ナイフというものに触れるのが初めてだったのであろうが、あまりにも無知で、危険である。

 ナイフの使い方を知らない子供達を育てた親は、おそらく「危険だから」子供に刃物を使わせないできたのであろう。ナイフを使う機会のなかった子供達は、ナイフを知らないまま育ってきてしまった。どうすれば物を切ったり削ったりできるのかわからない。どちら側が刃なのかもわからない。もちろん、どんな使い方をしたら自分が怪我をして、その傷がどれだけ深く、痛いかも知らない。それ以前に、ナイフの本来の用途を知らない。

 ナイフを知らない子供が、「カッコイイから」ナイフを手にする。ただ、持っているという自己満足のために。その本来の利便性や、危険性は知らない。人を傷つけることができる道具であることは知っているが、どれだけの傷を与えられるのかは知らない。知らないから、人を刺してしまう。刺された側の痛みなど、知る由もない。

 道具を知らないということは、過った使い方をして何らかの危険を招く可能性があるということである。これはナイフに限らず、すべての道具について言える。特に、危険性のある道具は遠ざけるよりも逆に使い慣れていくことが必要である。危険な道具を知らないまま大人になっていくことほど、危険なことはない。

多くのモノが溢れている現代、そのモノをきちんと知った上で使っている人は、どれだけいるのであろうか。

つづく…はず。



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