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BassGuitarに一本気な頃

  電気楽器に初めて触れたときの衝撃は、結構凄いものがあった。
思えばもう、遥か昔の体験なのだけど、今でも鮮明に思い出される。

 私が手にしたのは、ヤマハのベース・ギターだった。
何でギターにしないで、ベースなのかって?
そりゃ勿論、ご他聞に漏れず友人で「あ、もう、俺、この人にはかなわねぇな!」ってくらいに上手な人がいたからギターを諦めた、というのがひとつ(笑)。でもさ、それ以上に強烈だったのが、アンプを通して出てきた重低音のインパクトだったんだ。凡そ低音部分は曲では耳にしていても、自分でそれを「出す」と言う経験が無かったし。
 ぶっとい弦が4本。明らかにエレキ・ギターを上回るボディ・サイズ。お店の人に「試してみますか?」と言われて、「じ・じゃぁお願いします」とベースを指差したのが運の極みだった。もちろん、店に行く前から(ベースギターを買いたいな)と思ってはいたのだけど、(ストラトも欲しいし、レス・ポールもいいな)などと、いくらでも気持ちが揺れる素養はあった。

 今思えば、そのお店の兄ちゃんは、店員と呼ぶにはあまりにもいい加減な対応だったけど、ノリは良かった。
「ベースギターは初めて?」
「え?ええ。」
「じゃ、さ、これなんかどうだい?」
店頭のベースを持ち出した店員さんに、「あのぅ、予算が…」と言ったら、「弾くのは只だよ」とばかりに結構良さげなベースをこれまた結構高価なミュージックマンのアンプに直結して手渡してくれた。


来たね。


アコギに慣れてしまっている私の指はものの見事に弦に弾き返されてしまった。
(いかん、しっかりグリップしなくちゃ!)
G音をしっかりと弾いてみる。


"ズンッ♪"


楽器も良ければ、アンプも高級、ボリュームもかなり上がっているのだから、単音一発で参ってしまうのは当然のこと。腹の底からGが体内を共鳴しまくった。


あ・これ、欲しい!


単純である。


 こうして、私のベース入れ込み人生がスタートした。勿論、購入したのはご予算の関係上、リーズナブルなものにランクダウンしたけどね…。それがヤマハ。黒が欲しかったし、黒が安かったので、黒にした。カメラやオーディオに対しても「黒」が好きな私は楽器でも黒を選んだ。当時は「黒」は高級の代名詞のように感じていたんだ。でも、黒色の楽器が安かったのは何故でしょう?

 それは、木目調のものは材質が一発で視覚的に分かってしまうのに対して、黒だと塗料で見えなくなってしまう。悪い材質のものでも黒の塗料を塗ってしまえば解らなくなってしまうのだ。それが為に、黒とか白は、木目メープルとかサンバーストに対しては安くなる傾向があったんだね。でも、黒が欲しかった私には単に「渡りに船」でしたのだ。いいのだ、黒が良いと思い込んでいたから、黒が良いのだ。うはははは。


 で、ベースと友達になったら、聴く曲聴く曲のベースラインが一々気になって仕方がなくなってきた。
ところが、です。
どんな曲でもギターなどのメロディーラインははっきり聞こえるくせに、ベースラインとなると、曲によっては中々拾い辛いものがあるのだ。ベースを始めた頃で一番苦慮したのがビートルズの「Paperback writer」だった。「ムニムニモコモコ」としか聞こえなくて、「ポール、ダメじゃん!」等と思っていたけど、それ、録音技術とか使用機材の関係だったのよね。後で知りました。耳を肥やして、ポールの癖さえ掴めばちゃんとそれなりに音は拾えるんですわね、やってないけど。


 バンドにおけるベース担当は、「縁の下の力持ち」のイメージがある。ひっくり返して言えば、「表に出てこない」「目立たない」のである。これはいけない(笑)。
やはり目指すは、「目立つベース」じゃなくちゃ!
 ポールのようにメインボーカルを取ったりすればそれはそれで目立つことが出来るだろう。しかしそれでは、ベースプレイヤーとしての位置づけが正しく伝わらない。
妙に屈折する我が目立ちたい根性。ヘンに主義があるから、始末に終えないね。
こうして私は、ステージングを考えることに徹した。(あれ〜?演奏技術はぁ?)


 師匠としたのはジミ・ヘンドリックス、ピート・タウンゼント、リッチー・ブラックモアなど。概ねギタリストばっかである。彼らの映像から壊し方を学び(学ぶな!)、歯で弾いたり、ステージ上での飛び方・はじけ方を学んだ。演奏を学ばなかったのは言うまでもない。


よし、完璧だ!


 私は、所属するバンドのステージ上で、凡そ攻撃的ギタリストが演出する「動き」を「ベースで」再現した。
歯で弾いたら、歯がおかしくなった。
大車輪(腕をぐるぐる回しながら演奏するやつね)をしたら、親指の付け根を切った。
ベースを頭の後ろに回して演奏したら指がつった。
ぼろぼろになったけど、演奏だけはミストーンを出さぬようにした。
白い衣装は、切った指から出る血で点々と赤い模様が出来てしまい、何処かパンク・バンドみたいなカタチになってしまったけど(それで、演奏していたのが甲斐バンド)、非常にウケた。激しく目立った。
「カッコよかったよ」は当時の私には最大の賞賛辞だったのだ。

…今でもそうかもしれない。


ステージで踊ることって、なんて素敵なんでしょ♪
そんな日々を送っていた私に、ひとつの事件が発生した。
友人宅でスタンリー・クラークというベーシストの存在を知ったのである。
「面白い曲があるんだけど聴いてみない?ベースのスーパー・プレイが聴けるよ!」
『へぇぇ、どんなもんですかぁ?』と聴かせてもらうことにした。曲名は「スクール・デイズ」。キャッチーなフレーズにキーボードが絡んでくる。速弾きのギター、かっちり締めるドラミング。中々良いんでない?
 演奏終わり、「で、何処が?」と私は友人に尋ねた。ベースのスーパー・プレイってのが残念ながら何処だったのかさっぱりわからなかったのだ。曲の良さは充分に感じたけど、その、凄いベースってのが分からなかった。
「え?凄かったじゃん!」
「だから、何処の部分が?」
「全編通してだよ」
『???』

 そう、もうお分かりですね。実は、私がギターと思っていた部分が殆どベースだったんです。ベースで弾いていたんだよね。ギターの速弾きではなくて、ベースの速弾きでした。
それを知ったら鳥肌が立った。

よーし、技術だ!

スロー・スタートだけど、こうしてやっと演奏を一生懸命に勉強する日々に突入した。
その後、ジャコパスやら、ビリー・シーンやら、とんでもないのが登場する度に「負けてたまるか」とばかりに意地になってたけど、運指が忙しくなる程にステージ上で動きが取れなくなってくることを知る。忙しい演奏ほど身体の動きが止まってしまうんだ。
これはいけない!
ステージはやはりウゴかなくちゃ!
演奏技術は必要だけど、それだけではどうにもならんわ。そんな開き直りがやってきた。
凄い演奏技術のミュージシャンが登場することが多くなってきていることを尻目に、さっさと「そうじゃない方向」を目指す我。



 ある日のこと、先輩から「面白いテープがあるけど、聴いてみるかい?」と、私にライブ・テープが手渡された。「北千住フェス」とラベルに手書きされていた。
80年代初頭、そいつは「あ、そういうのがあったか!」と驚きと影響力を私にもたらした。
テープは、いきなりこう始まった、

「今日はこちらにスペシャルなゲストが来ている。それを皆さんに紹介したいと思〜う。あの端正ないでたち、にこやかな笑顔、燃えるようなまなざし・・・・さぁ、ご紹介いたしましょう、イギリスはロンドンからやってまいりました、じぇふ・べっく先生でございます!先生、どうぞー!」

なんだ、なんだ!?
何が始まったんだ?ジェフ・ベックを紹介する日本人司会者なんていたっけか?

「みなさんこんばんわ、ジェフベックグループのジェフベックです。」

テープだから映像がないのだけど、日本語を話しているところからして、明らかに声の主はベックでは無い。

「今日はレッド・ブーツを聴いてください」

そう語るや、声の主はバンドの皆さんと共に「完璧」な「音模写」実演した。
全くレコードのそれと同じレッド・ブーツが32小節演奏されたのだ。
(ジェフ・ベックのコピーバンドかぁ…ふふぅん、それにしてもヤケに完コピだな、大したもんだ)
そんな風に私は思っていたが、その演奏が32小節くらいで終わったら、司会者が

「どうもありがとうございました!、さぁ、それでは続いてご紹介いたしましょう、じみぃ・っぺいじ先生です!」

会場からは怒涛の拍手と笑い声が起きる。

「皆さんこんばんわ、レッドツェッペリンのじみー・ぺ・・・」
と、さっきと同じ人が喋りだしたところを司会者が叩きこむ、
「あー!わかってんだ、そんなこたぁ!」
「き・今日は。。。」
「早く演奏しなさいって!お客さん、お待ちかねだよ!!」
「…今日は、昔の新曲、胸いっぱいの愛を聴いてください!」

これまた完璧な音模写でホール・ロッタ・ラブだ。
さぁボーカルが入るぞ、ってところで「ゆぅーにぃーっ♪・・・」と一声発して息切れる。

演奏中断。

とにかくとんでもなくサービス精神旺盛なバンドのライブである。
後日、それは『東京おとぼけキャッツ』ということを知るのだが、この「コミック」路線は強烈なインパクトがあった。

テープのライブは音模写シリーズを暫く展開した。しかもツボを完璧に押えている。
「じょーじ・はりすーん!」と、誘導されたギタリストは、「a hard days night」の最初の「じゃらーん♪」だけを音模写して「ではさようなら」だし、ギタリストのみならず有名どころのベーシストやドラマーを次々と紹介していく。
極めつけは「北の宿から」をサム・テイラーのサックス、ジミ・ヘンドリックスのギター、BBキングも加わって、ジョン・ロードのキーボードというハチャメチャな共同演奏(?)を展開した。
 完璧に盛り上がったところで、会場の皆さんと一緒に「万歳三唱」。普通、ライブで「Yeah!」とか「あー・ゆー・れでぃ!?(当初私は、この言葉を「貴方は女性ですか?」と訳していた)」なんてのが常道だ。万歳三唱なんて聞いた事がない。でもこのバンドはやってしまう。しかも、大いに盛り上がるんだ。
 で、バンドのメンバー紹介方々「なかよし音頭」という曲を披露。ヘンテコな曲だけど、ノリが凄い。そしてベースソロになったら、どうやらピックの代わりにおしゃもじで演奏を始めた。そのおしゃもじでのソロをひとしきり終えると、ボーカル兼司会者(ダディ竹千代さん)が、
「さぁ、何かございませんでしょうか?会場の皆さん、何かございませんでしょうか?何でも弾きます!なかよし三郎(ベーシスト)!」
と会場をあおりだしたら、会場から何かがステージに放り込まれた。
「ありがとうございます、やってまいりました『傘』。先生、ひとつよろしくお願いします」
なかよしさんは、ステージに投げられた傘で演奏を再スタートした。
こうして、なかよしさんは次々とステージに投げられるアイテム、靴・電池・帽子などを片っ端からピック代わりにしてソロ演奏をこなした。

笑えるどころか、こうしちゃおれない!と思った私。
コミック路線が新鮮でたまらなかった。。。


こうして私のベースは、日々「傷み」を増して行ったのである。
「ピーマン臭い」と言われたこともあった。
「ピックアップになんか詰まっているよ、何?この毛みたいなの??」
とうもろこしのヒゲである。でも正解は教えてあげなかった。
「最近、ノイズが多くない?壊れちゃったんじゃないの?」
(ぎくっ!)
色々楽しんだ代償は大きかった…。

そして、再びまじめに演奏するラインに立ち返る。



思えば、ベースに触る機会がめっきり減っちまったなぁ。
今じゃひたすらキーボードだもんなぁ、JIS規格の。。。

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