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松本電鉄のバス路線(1968年)

松本電鉄旧塗装バスの思い出


昭和60年夏の思い出から

家族は海より山が好きだったせいか、長野県は今まで一番多く行った県になった。
マイカーより鉄道旅行派なので、その度に松本電鉄や諏訪バスなど
松電グループのバスに乗る事になった。

当時小学校4年生だった時、白馬方面へ行った。
当時いすゞのDBR小型車も走っていた。三菱のMRバス窓は印象深い。

松本電鉄といえば、最近まで残った、いすゞのBU北村ボデーのイメージが
強い方も多いと思うが、三菱MRも相当な勢力だった。
まずなんといっても、このカラーリングには子どもながら驚いた。
(ボンネット時代からの色だから古くて当然だが)
松本電鉄バスではなく松本電鉄BUSとなっているのも注目される。

マスキングが大変そうな細い帯と塗りわけ、後部のエンジン網、ボディーの丸っこい前面、
バス窓、最前部前面屋根上のへなへなになった旧式のラジオアンテナ、当然非冷房、
とにかくすごい印象のバスだった。

そして当時でも珍しく、前面行き先はすべて手書きだった。車内もまたすごかった。
両側2列シートに、さらに通路には両側から小さい補助席が出てくる。これにも驚いた。
一列に6人座る事になる。びっくりした。昔はこういう席もよくあっ たそうだ。

運賃箱は手動式だった。円筒形の所にお金がたまるとレバーを引き、
下の運賃箱にたまるしくみで、両替機はない。

後ろドアはあっても使われず前のり前払いである。車掌さんも乗っているツーマンカー。
後ろドアからは登山客のザックを積み込み、後ろ窓はザックの完全に見えなくなる。
後部窓には保護棒が今も付いている。
後部は相当重くなり、重心が後部にかたよってしまっていそうだ。
(注:現在でも観光路線はこの方法で、車掌さんも乗っています)
僕が乗ったのは、八方線・白馬駅−八方尾根、
落倉線・白馬駅−栂池高原、猿倉線・白馬駅−八方−猿倉だった。

最初は冷房がなく暑い為、みな窓を開けているが、すぐに高度が上がって、涼しくなり、
やがて寒くなって窓は閉めてしまうのも印象的だ。

白馬大雪渓は観光名所だけではなく、高校の修学旅行として行く学校も結構あるようだ。
後部は登山ザック、座席は、補助席を含めて満員で車掌さんも乗っていて
オフシーズンの分をとりかえすような感じ。
ただでさえうるさいMRが、山坂を物凄い轟音をたてて、黒煙を巻き上げ登っていく、
古くても力強く、たくましく、頼もしい。
環境の観点からすれば良くないが、山岳路線の雰囲気がたまらない。

運転士のハンドルさばきも見事なものだ。あの松電エンジン音は今も覚えている。
修学旅行登山や林間学校、観光や登山で、
松電の旧カラーバスのお世話になった思い出がある人も多いと思う。



平成5年の思い出から


高校でワンダーフォーゲル部だった時、穂高槍ヶ岳へ行く時も松電の旧カラーバスだった。
今度はいすゞのBU10K北村ボディーバス窓の昭和49年式。

まだ走っているんだなと、改めて長野へ来た実感が沸いてくる。またあの体験ができる。
例のように、ザックは後部ドアから積み込み、車掌さんもデッキに立っていた。
運賃箱はまだ例の手動式。ほとんどの人が駅から終点までいくので、
乗車時に車掌さんへ前払いする。

穂高駅から乗った路線は確か中房温泉行き。今は廃止されてしまっている。
途中の停留所では一人しかお客さんは乗車しなかった。完全に観光客の為のバスだ。
これもまた山岳路線。エンジンも高出力タイプで、轟音をたてて力走した。
だんだん乗客は眠りにつき車内は静かだが、すさまじいエンジン音が山間に響く。道は非常に細い。
大型車の内輪差は大きい為、道の端までぎりぎりに寄ってからハンドルを切る。
この山道でのハンドルさばきはすごい。終点は砂利の反転地。
このバスは私にとっての旧カラー最後の乗車となった。


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イラストは三菱MR410をモデルとしました。

松本電気鉄道(松本電鉄)MR410
松本電気鉄道(松本電鉄)MR410