作文集

かぶせ釣りをバイキング筏44で楽しむ

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サイト更新日 2017-06-24

発信地:広島県 広島市  since 2004/5/11 ©K.Hosohara

作文作品集

文章を書くのは難しい。でも良い文章を書きたい。 


子どもの頃、作文を書くのが大の苦手で、何をどう書いてよいのか分からなかった、という人は多いと思います。筆者もそうでした。未だに大変苦労しています。

 筆者が書いている釣行記のように、身の回りで起きたことを、時系列でありのまま書き連ねるのは簡単なことです。しかし、そういう類のものは業務報告書と同じで、読み応えとか味わいはありません。一方、随筆(エッセイ)は、自分の気持ちや想い、情景描写などの表現力が求められます。

 また、展開や構成も重要で、起承転結など全体の組み立てを構想し、起こした草稿を点検して段落を入れ替えたり、回りくどい部分・重複部分を解消したり、と何度も推敲を重ねる必要があります。全体の構図が読み手にわかりやすく汲み取れることも、よい文章の条件の一つです。

 テクニック的なことですが、「ですます」調の文章を書くのは特に難しい、といつも実感します。それは、~です(あるいは~ます)の連続が読み手に不快感を与えるからで、筆者の釣行記がまさに駄文の典型です。ですます調のときは、体言止め、述語の省略、倒置法、疑問文などを適度に織り交ぜて、文末の重複感を薄めるように工夫する必要があります。

2013年4月3日  

以下3作は、筆者が所属するある会から依頼があり、会報誌に投稿した作文です。会報誌の読者の中で釣りをする人は限られているので、かぶせ釣りについては、その点を考慮しました。

2011年1月
「近況」

一年前、無性にピアノが弾きたくなり、ア●ゾンでヤマハの電子ピアノを買いました。77鍵の安物とはいえ私にはこれで十分。元々、クラッシックのピアノ曲を聴くのが好きで、小学生時代に習っていたこともあり、せっかく楽譜が読めるのだから、と衝動買いしたのでした。

 決して巷の女子からの「ピアノが弾けるおじさんってステキっ!」という熱い視線を期待したわけではありません。とはいえ、ピアノを弾くおじさんはイメージとギャップがあるし、なんとなく新進気鋭っぽくてカッコ良いではありませんか。

 たとえば、週刊文春の連載エッセイなどでお馴染みの哲学者・土屋賢二氏は、趣味が高じてピアノ・リサイタルもなさるとか。その鬼才溢れるお茶目な著書から伺える頭脳明晰な氏は、きっと何事においても器用な方なのでしょう。一方、身近な方でいえば、らつ腕のK理事も素敵なピアノおじさんの一人?

話はがらりと変わって、魚釣りが趣味の私に昨年、某民放より番組制作に協力依頼がありました。その趣旨は、芸能人の片岡鶴太郎さん、夏川純さん、山本高広さんに宮島沖の筏でチヌ(クロダイ)釣りをさせるので技術指導をしてほしい、というもの。

 釣りの経験がないに等しい3人でしたが、簡単に説明して本番に臨ませたところ、芸人さんらしい持ち前の集中力とカンの良さが、予想を上回る素晴らしい釣果をもたらせました。なんと3人は、難しい釣りにもかかわらず、3時間の撮影中にヤラセなど全くなしで15匹も釣ったのです。

 特筆すべくは鶴太郎さんで、収録中は合間に古典的なモノマネを織り交ぜてスタッフの笑いを誘いつつ、釣りの最中はいみじくも竿先に集中して次々と大物を仕留めていました。

 鶴太郎さんといえば、かつてボクシングのプロテストに合格したり、料理家の道場六三郎氏に弟子入りしたり、と文武両道でご活躍の感性豊かな方です。

なかんずく近年は水墨画や陶芸などの美術分野で才能が一気に開花して、その技はもはや円熟の域にすらあります。

 釣りの撮影日の翌日、帰京された鶴太郎さんは持ち帰った魚を早速アトリエにて描かれ、丁寧に心配りされたお礼の長文とともに、描いたばかりの画をメールで披露してくださいました。以来時々、メールのやり取りをして頂いていますが、超多忙な著名人でありながら、一般人の私にも深く気遣いなさるところに、人としてカッコ良さを感じます。

 さて、果たせるかな私のピアノは上達することなく、初級レベルのトルコ行進曲あたりでつまずいていて、儘ならぬ指に毎日ため息をつくばかり。鶴太郎さんのように、あれこれと才能があって器用ならいいのに、とぼやきつつ、成ろう事ならせめて気配りのできる人でありたいと思うのであります。

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2012年1月  
「広島の養殖カキ筏が育んだ漁法 ~かぶせ釣り~」

※ 元の原稿に添付していた写真5枚は割愛


日本有数のカキ生産地広島県は、カキ筏保有台数も日本一です。作業船がカキの水揚げを行っているシーンは、冬の風物詩としてローカルニュースなどで例年よく取り上げられます。穏やかな瀬戸内の海に所狭し、と並ぶカキ筏ですが、竹で組まれた筏の下には9mにも及ぶ長いワイヤーが多数吊るしてあります。そしてそのワイヤーにはホタテガイの殻が幾重にも通してあり、カキが群がるように付着しているのです。

カキ筏は魚のオアシス

 カキを水揚げしている現場で釣りをしたことがあります。もちろん作業管理者の特別な許可を得たうえですが、いろんな魚が釣れて大漁になりました。その理由は、ワイヤーを引き上げる際、カキ蔓(つる)に隠れていた小動物(甲殻類や貝・小魚など)が一斉にこぼれ落ちるため、それらを餌とする魚が寄ってくるからです。

 カキ筏から多数吊るされたカキ蔓は魚のえさ場であり、また絶好の隠れ家にもなっており、漁礁としての役目も果たしているといえます。そこに着眼して広島ではカキ筏の特性を生かした二つの漁が以前から行われてきました。それは「鉄砲漁」と「かぶせ釣り」です。

オトリで魚を寄せる鉄砲漁

 「鉄砲漁」とは、カキ筏の下にいる魚を水中銃で撃つ漁法です。カキ筏は水深15~30mくらいの海域に設置してありますが、カキ筏の周りでは水面近くにも魚が多く寄っています。そこで、カキ筏の上に横たわって箱メガネで海中を覗きながら水中銃で魚を撃つのです。

 とはいっても、思惑通り目の前を魚が横切ってくれるとは限りません。そこで魚をおびき寄せます。その方法は至極簡単で、魚の模型を海中に吊るしておくだけです。全長40cmほどの張り子の魚が水中にあると、なぜか魚が寄ってくるのだそうです。一説によると、模型を攻撃するために寄ってくるといわれていますが、模型を見て仲間意識からか安全な場所と勘違いして寄ってくるという説もあります。一方、この漁のベテランである私の知人は、「(魚の模型でなくても)黒い長靴を吊るしておいても(魚が)寄ってくるよ」と言いますから、ますます真相がわかりません。

 主なターゲットは、チヌ、スズキ、ウマヅラなどですが、能美島沖の大黒神島や宮島沖の阿多田島などではハマチやイシダイなども獲れるそうです。ちなみに、広島県では漁業調整規則の定めにより、県知事の許認可を受けた漁業者しか水中銃による漁はできませんので、私はやったことがありません。

 殻付きカキを餌に使うかぶせ釣り

 カキ筏にまつわるもう一つの漁法「かぶせ釣り」とは、筏で殻付きカキを餌に用いる釣りです。毎年、春先になると広島湾では、かぶせ釣りをするためにカキ筏に独特のたたずまいで横付けしている船を見かけます。

 釣れる魚は主に、チヌ、アイナメ、カレイ、ウマヅラなどですが、この釣りでヒットする魚は大型のものが多く、また短時間でたくさん釣れることもあります。それはまさしくカキ筏という人工漁礁がもたらす天恵といえましょう。

かぶせ釣りは釣りの原点?

 餌のカキは、殻のほんの一部を金槌で割り、身の柔らかいところを露出させ、そこに鈎(はり)を刺します。最低限必要な道具は、釣り糸と鈎だけでオモリは不要です。なぜならカキの殻の重さで仕掛けを沈めることができるからで、まさに釣りの原点とも呼べそうなシンプルな構成になっています。

魚はカキの身を吸い込む

 柔らかい身の一部が露出した殻付きカキが海底にあると、それを見つけた魚はカキの身を吸うようにして食べます。魚は釣り鈎の隠れている身をいったん吸い込んだ後、一度吐き出すことがありますので、頃合いを見図って釣り糸を手繰り、鈎を魚の口に掛けなければ、食い逃げされてしまいます。そのため、釣り糸に伝わる感触を頼りに、海底での情景を想像しながら、息をひそめて勝負をかける時の到来を待ち受けます。

 読みが的中して首尾よく魚が掛かれば、胸のすくような至福の時が得られますが、逆に食い逃げされて地団駄踏むことも度々です。餌を盗られた場合は、糸を持つ手にカキの殻の重みはありませんので、すぐに糸と鈎を回収して再戦を挑みます。他の釣りのように、鈎に付けた餌を盗られて無くなっていることに気付かず、勝機のない無駄な時間を過ごすようなことはありえません。かぶせ釣りは原始的とはいえ、極めて合理的な漁法でもあるのです。

身近な釣り場に応用してみた

 ここ数年、私はこの釣りをカキ筏だけではなく、漁港などの防波堤にも応用・実践しています。防波堤はカキ筏ほどではないものの、壁面にカキがたくさん付着しており、似たような環境だといえます。ただ、防波堤のかぶせ釣りでは竿とリールを必ず使いますし、鈎の付いたカキを足元だけではなく、10m以上沖に投げたりもしますので、筏で釣る時とスタイルが異なりますが、楽しさは優るとも劣りません。

 釣れる魚は、チヌ、アイナメ、カレイ、コブダイ、サンバソウ、カワハギなどですが、時に80㎝/10kgを超える超大型のコブダイや、場所によっては50㎝クラスのイシダイなどをターゲットとすることもあります。家族連れなどが小アジやメバルを釣って楽しんでいる長閑な釣り場で、いきなりそのような大物がヒットすれば、すこぶる痛快ですが、やり取りの最中は息が切れるくらいたいへんな重労働です。

年中かぶせ釣りがしたいっ!

 さて、かぶせ釣りには餌のカキの確保が不可欠です。ご存じのように、養殖カキが市場に多く出回るのは12月~4月で、カキ屋さんから餌用にクズガキを分けて貰えるのもこの時期しかありません。そのため、熱烈なかぶせ釣り愛好家も、オフシーズンにはたいてい別の釣りをしています。 しかし私はその短い期間だけでは物足りず、年中かぶせ釣りをやっています。餌のカキは、干潮時に海岸に行って自生しているカキを採ります。夏場のカキは抱卵のために身のグリコーゲン貯蔵量が減少して痩せますが、食用に不向きなだけであって釣り餌としては問題ありません。ただし、極端に身が柔らかくなり、餌を盗る小魚が多い夏場は釣りにならないことが多々あります。

 そこで暑い時期はカキではなく、代替策としてムラサキイガイ(ムール貝)を使うことがあります。カキよりは劣る餌ですが夏場に身が太る貝で、工夫次第では小魚の猛攻撃にある程度耐え凌ぐことができます。

広島に住んでいるからめぐり合えた

 この釣りに冠せられた「かぶせ」という名称の由来はよくわかりませんが、前述の通り、カキ養殖が盛んな広島ならではの釣りです。

 今をさかのぼること十有余年、カキ筏に連れて行ってもらって初めてかぶせ釣りを経験した私は、幸か不幸か一瞬にしてこの釣りに心をわし掴みにされてしまいました。オモリやウキなどの余計なものを付さず介さず、まるで糸電話で魚と会話しているようなダイレクトな駆け引きは、禅問答の如く奥が深く、それ故に「魚を釣っている」という実感は他のどのような釣りをも凌駕します。シンプルでありながら実は、時期や場所、対象魚によって釣り方にバリエーションも多く、魅力について語れば枚挙にいとまがありません。

 また、かぶせ釣りを「知っている人」「する人」が少ない、ということが孤高の存在感を際立たせ(笑)、余計に愛着感が極まります。そして、「チヌなんか釣って何が面白いん?」というような発想のさもしき挑発に対しては、意に介さず何処吹く風の私。かぶせ釣りに飽きる日が訪れた際には、きっと釣り自体に終止符を打つことでしょう。

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2013年3月
「絆」


 またもや「会員ひろば」へ投稿するよう仰せつけられた。不条理な旨を申し出るも、けんもほろろにあしらわれてしまった。とまれこのままでは、事情を知る由もない大勢の会員からの「出しゃばりな奴だ」という評と誹りは免れない。人前に出て目立つことを尊しとしない自分としては心外で、憤まん遣る瀬ない思いがする。

 さらに懸念することがある。再度、魚釣りの雑文でもしたためて、もしカラー写真が掲載されようものなら、事務局のレーザープリンタが唸りを上げ、カラートナーと上質紙を大量に消費することになる。一度きりならそれも許されよう。だが、一個人の駄文が2年連続となると、それは会の事務経費の無駄遣いであり、由々しき大問題だ。

 そこで、思案の末に妙案を思いついた。今回は、趣味や嗜みとは別の、辛気臭いテーマで写真なし。そうすれば、さしものY専務も今後、私に原稿依頼をよこしたりなさらないだろう。そして上質紙は不要なので、余計な費用は抑えられるし、事務局の手間も増やさずに済むのである。

 さて、去年1月に芥川賞を受賞した田中慎弥さんの記者会見を記憶していらっしゃるだろうか。

24/1/27田中さんの記者会見発言

(芥川賞を)4回も落っことされた後ですから、ここらで断ってやるのが礼儀といえば礼儀ですが、私は礼儀を知らないので。もし断ったって聞いて、気の小さい選考委員が倒れたりなんかしたら都政が混乱しますので、都知事閣下と都民各位のために、もらっといてやる。
[発言そのまま、引用ここまで]


 この当時、物議を醸したというか一躍有名になった「(芥川賞を)もらっといてやる」というトンデモ発言には、賞の発表以前にあった石原都知事(当時)の「(選考のために候補作品を)苦労して読んでますけど、どれもバカみたいな作品で…」という歯に衣着せぬ言揚げが伏線となり、それに対しての当て付けだろう、といった憶測が錯綜した。そして両者ともラジカルなパーソナリティゆえに、すわっ一触即発の非難応酬か?と世間の注目を集めた。

 ところが、そんな大方の予想とは裏腹に、その後の知事は、「彼の作品は評価したんだ」とそっけなく、一方の田中さんも「知事の発言は知らなかった」と全否定。あっけない決着となった。

 結末はさておき、記者会見における田中さんの、あの異様な、肩肘を張った言いぐさに対し、かくいう小市民の私が最初に持った感想は、世間様と同じく「もっと器用に振る舞えばいいのに」という凡庸なものだった。他人事なのに妙にがっかりして不憫にさえ思えた。どう斟酌しても、彼に対して俗悪なイメージのレッテルを張らざるを得なかった。  

 だが、ネット上で評論家なる人が、「もらっといてやる、とは何様か!」と正論で断罪し、臆面もなく説教調の論評を書いていたのにはマジ、引いた。やり過ぎじゃろ、サ●ケイスポーツのえらい人。

 くだんの記者会見から数日経った2月初旬のある日、新聞記事のひとつに目が止まった。それは、田中さんが受賞と震災について寄稿したものだった。

 以前に読んだ雑誌記事によると、田中さんは、これまで一度も女子と交際したことがなく、携帯電話やパソコンは持っておらず、原稿はすべて鉛筆で手書きだという。また、高校卒業後、勤労に身を投じたことは皆無、というすこぶる憲法違反な人で、まごうことなき『自宅警備員』(=引きこもり)なのだ(ただし、無職で生活可能だった、というその恵まれた境遇には激しく嫉妬するが)。そして、過日の会見での、あの毒の吐きようである。

こんな奴がマトモなことを書くはずがありゃーせんわい、とその時、嘲弄気味に思った。とすれば、新聞のここに書いてあるのは、やはり、世間を愚弄するような不遜で意地の悪い内容?はたまた、賞を取るような人にありがちなことだが、己が鬼才であることをほのめかそうとして、謎めいた価値観に基づく主張をシュールに展開するパターンなのか?

 ところが読んでみると、あに図らんや、それは筆致が実に秀逸で、なおかつ田中さんの心情を愚直に吐露したものであった。そこに私が勝手に決め付けていた悪辣な田中さんは居なかった。そして、彼に対して思い描いていたマイナスなイメージは、またたく間に払拭された。

 残念ながら、その新聞がもはや手元に残っていないし、詳細は私の忘却の彼方にあるが、記憶にある限りで約言すると、「受賞作品『共喰い』を書き始めた時期が震災前か震災後か覚えていない(≒震災がきっかけで草稿を起こしたわけではない)こと」「作品中に洪水の場面が出てくるが、津波に感化されたわけではないこと」「東北から遠く離れた下関の地で、被害の状況をテレビで見て、被災地をおもんぱかる気持ちはあっても、自分の日常は今までと変わらず、ひたすら執筆活動に没頭したこと」であった。

 私も含めて、東北に無縁の人たちの多くは、募金や各種奉仕活動に協力することがあったとしても、基本スタンスは田中さんに近いものではないだろうか?だが、ひとたび未曾有の大災害が発生すると、そのような姿勢を口に出して言いづらく、それどころか、心情に抱くことすら道徳的に許されないような空気が醸成される。そして、それを助長するような「意識作りのアイテム」が、マスコミなどの媒介で日本中に“無償で配布”される。たとえば3.11以降、際立ってよく耳にした『絆』という言葉である。

 そこに込められた一般的な意味合いについては、日本中の誰もが認識を共有しているであろうし、いまさら説明を要するものではない。だが、そもそも『絆』は誰がどのような状況で使うべき言葉なのか?目の前の支援策が『絆』なの?

 愛する人を亡くし、終の棲家を失い、あるいは仕事に就く目途も立たない被災者が、悲嘆に暮れ、よんどころなく『絆』をよすがに生きるとして、誰もそれを咎めることはできない。だが、『絆』には“施しを与えてやる”という穿った立場の側の押し付けがましい意向がニュアンスとして付きまとい、なんだかしっくりこない。毎日を刹那的に過ごしているような愚者が高言すべきではないが、そう思うのである。

 この『絆』は、美徳に訴えて人の琴線に触れ、安直に多用されやすい。しかし、意味するところが曖昧で、立場によって解釈も異なる。また、言葉単独では必ずしも何らかの実行力を伴わない。

 一般に、『絆』とか『がんばろう○○』のような、単語、あるいは主語が不明で短い文節のみの標語は、インスピレーションで捉えられるので心地良く、それでいて力強いアピール性もある。その半面、野放図な乱用・誤用によって、本来の存在場所と輝きを失う危険性も孕んでいる。

 そこで、言葉を積み重ね、文章に近いキャッチコピーやスローガンにすれば、対象や用法が自ずと限定されるが、ある程度の安定感と訴求力が担保できる。これを有機的に具現化したツールがツイッターであろう。ただし、時折見かける「隣のオヤジが臭い」とか「腹減ったなう」のような類の、反芻なき所感には、共鳴できるものが見いだせない。

 さて、田中さんは作品の中で、複雑な人間関係を題材に、登場人物の心情をち密に描写することにより、人と人との絆を「断ちたくとも断ち切れない厄介なもの」として表現している。奇しくもそれは、根無し草のようなあの『絆』と見事なまでに対比的である。彼は、「震災と作品は無関係」「“唯我独尊御大”の御言葉と、記者会見での自分のお茶目なセリフも無関係」としているが、私には、そうではないように想える。案外彼は、世間から隔絶して生きているのではなく、逆に世相にものすごく敏感な人なのかもしれない。

 以上、冗長な贅言と安本丹な持論の展開をお許し頂きたい。ところで、本会においては、「絆」という言葉を交わすにふさわしく、会員の結束力はみなぎっている、と言えるだろうか?その答えは、否である。なぜなら、小生の私憤がわだかまったままだから。この際、その抑圧された内なる思いを、第146回芥川賞受賞のあの方に託してみよう。

 「一昨年・去年と書かされた後ですから、ここらで断ってやるのが礼儀と言えば礼儀ですが、私は礼儀を知らないので。もし断ったって聞いて、気の小さい執行部の方々が倒れたりしたら、会務が混乱しますので、会長閣下と会員各位のために、書いといてやる。書きました。」