惟信高校フォークソング研究同好会


今を去る事30年前、愛知県立惟信高校に「フォークソング研究同好会」なるものが発足し、ウインドペインのドラム山田氏、シンガーソングライター高野克秀氏(岡克己)、金シャチフォークシンガー大はしたつ屋などを輩出した。
現在の活動については聞いていないし、風のうわさでは既に廃部にもなっているように聞いたが、もし新しい情報があれば連絡を乞う!!

大はしたつ屋の記憶と、当時の部活ノートの抜粋で当時を振り返る記録にします。
(これがそのノート。1970年6月2日から書き始められている。題字は、日誌・普億研究同好会とある。)

1970年4月大はしたつ屋(大橋達也)惟信高校入学。部活を定めるのに苦労し、演劇部、吹奏楽部をとりあえず掛け持つ。掛け持ちがバレテ、どちらかを選べと問われ、悩んでいるところに「フォーク同好会」なるを知りどちらも蹴って、入部する。

なんでも、当時3年の山田氏らが立ち上げた出来たての同好会で、部にもまだ格上げはされていなかった。(廃部まで同好会のままであったとも聞くが・・・)


と、ゆー事で後はノートを見ながらの回顧と、先輩・後輩の情報が入ればここでお知らせをしてゆきますね!!
ノートからの抜粋を書き込み始めましたが、なんだかおじさんたちもあの頃はしっかり青春してたんだなあ!そーんなカンジでした。
当時の3年生は今年で49歳だね?お子のある方はまー成人されましたか?お父さんお母さんたちにも、君らとおんなじ青春時代がそこにあった・・それを汲んでもらえたら何よりです!
わーい!直井博さんから突然のメールが届きました!!うれしいなー!そんな再会ができるとは思ってもいなかったよ。このページを作って良かった!
こんど、このノート(名畑さん、直井さんらの青春のメモリー、書き込みはあまりないけどね・・・)をお返しすると言う事で、再会できそうです。うーん、29年ぶりか?顛末は以下。

24回卒業生による同期会が、惟信館にて文化祭(ひいらぎ祭)の縮小版のような形態で行われました。その模様はこちら。

惟信高校同窓会のホームページ(惟信会会報第44号掲載のは「エッチ」が抜けてましたよ!)

27回卒業生 MasashiNaritaさんのCDボサカフェ

ボサノバにのめりこんで、ボサノバだけのオリジナルアルバムを出してしまいました。
とても雰囲気のあるナンバーが6曲、心癒されるアコースティックギターの音色とソフトな彼のボーカルがステキなハーモニーをかもし出しています。
26回卒業生 山之内けい子さんは写真家!
てことは、首藤・高塚のクラスメイトかな?
ポルトガルをこよなく愛する写真家として、写真集出版、個展を開いてらっしゃいます。
詳しくは、山之内けい子さんのホームページでご覧ください!
第25期卒業生同期会
11月22日にメリパルクでありました。
下の欄にあるように、いっこ下もけっこうメンバーいたので30年ぶりの再会はタノシミにしてました。
で、アイサツもらったけど、名前は思い出せても当時のお顔と一致しなくてごめ〜ん!ま、向こうも名乗らんかったら分からんかっただろーけど・・・。
110人も集まったとのこと。大盛況おめでと〜!
わしも若いで、みんなはまっと若い!人生これからだて!(それは、あんた・・・・)

服部みさこ・杉浦かよこ・旧姓・小沢(BANは実は野球部)  新任の若造だった木村先生も貫禄!  久田くるみちゃん(どこでも顔を出すBAN)
あと、ばたばたしてて写せんかった元フォーク同好会会員は、三浦キヨシくん、久野ゆきさん、恒川くんも来てくれてね。あとうっかりしてたらごめ〜ん!
第71回 惟信会総会
10月25日にローズコートホテルでありました。
会計報告など議事があって、その後懇親会で立食パーティー。余興は、大はしたつ屋とフラダンスのグループ。
知らない先輩の多い中、会報を見て恩師、本田光治先生が来てくれてたのがいっちゃん嬉しかった。
名古屋弁の歌で楽しんでまえたかな?

なお、ここで出会った19回卒の「滝山博美」さんが遠山事務所の演劇に出ます。演劇のページで見てね!

☆次は49年卒(25回)同期会、11月22日メルパルクのに出演します。これはいっこ下だで、けっこう知ってるカオも多いと思うでタノシミです。こちらのお世話の石田さん、佐藤さんまたヨロシク!!
縁あって、平成15年10月25日の惟信会総会(上前津・ローズコートホテル、午後4時受付開始)と、11月22日の同期会へ大はしたつ屋で出演さしてまうことになりました。
お世話取り頂いた石田誠鐘さん、佐藤宗一さん(各49年卒)、それと同窓会幹事長の大口雅章さま(39年卒)ありがとうございました。
タノシミにしております!
なお、幹事長の大口さんは、テレビでも紹介された「六角たたみ」の大口たたみ店(新尾頭)さんのご主人です!
首藤邦夫からメールがあった!
豊橋でまめにやっとりゃあすそうな。ヤイリのクラシックギターを特注で作って、再びやるぞ!ってカンジ。
今度、どっかで会おまいて!
 今日、高塚明に会った!!

 フォークタイムの初期、ななちゃん人形のとこで、セブンと共催で野外ライブしてた時に会った気がするで、ざっと28年ぶりかな?
 坂(ばん)羊一とは大学でも先輩後輩だったそうで、ずっとか交流はあったそうな。

 あの生意気な1年ぼっこ、ひょろっとして、一見なさけなさそうな・・・・が、しっかり紳士(おじさんかあ?)で、なんでも宝石のツルカメの取 締役だそーな!しかり出世なさってすんごいねえ・・・。(昭和50年卒組)

昭和46年だと思うがなあ、新入生募集のパンフ。むろん、ガリ版刷り。2年大橋デブ、小鹿秀雄、3年西川誠、岡克巳の名前が見える。
これを持ってたのは吉田一男くん!あんたはエライ、こんな汚らしいもんをよー30年も持っておったなあ・・・。
☆西川さんて、申し訳ないけどお名前に覚えがないでゴメンね!
ビックリしたなあもう!どえらいやっとかめの再会!!

フォーク同好会の創設者、名畑雅彦さん(左)と、直井博さん(右)と、今日30年目の再会を果たしました!あの頃の事、あの頃の歌、話題は尽きませんでした!うーん、お二人とも髪はしっかりあるなあ・・・。そこは負けたかな??

懐かしい歌も歌っちゃたよ!そーいや思い出した。先輩方は実に美しいハーモニーで「赤い鳥」の歌を文化祭で歌ってた。
フォークはオリジナルでなきゃイカン、なぜなら「自己表現」であるからで、流行歌やってちゃフォーク同好会じゃないがやと、クソナマイキな1年ぼっこはヒソカに思っていたのであった・・・!

このお二人に覚えのある諸君連絡乞う!あの頃をいっぺん思い出して、新しい青春はじめませんか?

メールは直井博さん pako@syd.odn.ne.jp 名畑雅彦さん nabata@aa.sky.tkc.ne.jp
名畑さんの作品(購入希望は名畑さんのメールへお願い!)1枚200円

通販でも買えます!名畑さんのHP「言の葉屋」からど〜ぞ!
 お言葉カードは他にも色々あります!
2002・9・12、CBCテレビ「グッデイ」(朝8時前後)で紹介されました。以下、テレビからの写真。

お言葉カードは、12月頃にまとめて本としても出版予定だそうです。
はい!お待たせ!出版されました!「もっと自分を好きにならんと」ポプラ社刊・1200円。丸善などでお買い求めください!
1970年当時の部員:1年:小鹿秀雄、前田、大橋、石川進 2年:岡克巳 3年:直井博、池田靖夫、金井香寿恵、阪堂勝子、名畑雅彦、鵜飼康郎、北坂祐司、山田浩二、桑原和宏
1972年当時の部員:1年:渡辺由美子、近藤ひとみ、秋田砂智子、佐野木の実、首藤邦夫、新海篤彦、蔵富茂、神谷縁、河村かすみ、中野裕子、古俣智子、伏見了、間瀬裕彦、鈴木真見、若松仁、蔵木峰子、高塚明 2年:中村泰、土屋明信、椴山寛、富岡由紀子、沢田郁子、服部美佐子、杉浦加代子、岩田暢輔、奥村真平、三浦潔、吉田一男、小川一正、久田久留美、後藤章子、木村ゆうこ、久野ゆき、青山かなこ、恒川基幸 3年:大橋達也
72年当時の名簿はずいぶん横棒が引いてあって、夏休みまで続いた部員はこの中の僅かだったと思う。

振り返ると、フォークブームのはしりの時期であり、体育館のステージでかっこよく歌う先輩に憧れて入ったものの、先輩の指導でギターを覚えつつ各自で歌のレッスンをする放課後はほんとうにフォーク大好き、自分も歌を作って歌うんだといった気構えでもない限りけっこうたいくつな「おしゃべりクラブ」にしか過ぎず、男子が体育系の部活に変わりたいと決意したのを認めたのをきっかけに、他の部でガンバルといった気概も無い連中までもなだれ式に退部した・・・なんて記憶が蘇ってきた。

この中で、顔まで思い出せるのはうーん・・・・数人だな、時も手伝って忘れちゃってごめんね!
1970年6月2日(火)晴れ、から抜粋

買う本、新婦ジャーナル150円、ガッツ150円、会費100円、保管場所:タイプ部のロッカーを借りる、保管係り:阪東、池田、グループ・型分け:都会型(鵜飼)、労務者型(前田。岡、直井、名畑)、ニューフォーク型(池田、山田、北坂)カレッジポップス型(小鹿、金井、阪堂、大橋)、外国型(桑原、石川)

所感:だんだんクラブらしい雰囲気になってきた(事を決めるに当たって雑談が多すぎる)。さて、この同好会も総勢14名でやっと出発することにあいなったが、自分らはもっとフォークというものについて知らなければならない。みんな(自分も含めて)今の時点では、このフォークというものを表面的にしかとらえていないように思える。それはこれからの討論会によって掘り下げられてゆく事になるのである。だからその討論会も各人がたいした研究・勉強もせずにうわべだけの事をダラダラやるようではいけないのである。

 自分がフォークにとりつかれた理由を考えてみよう。単にカッコいいから等という理由からだろうか。いやそうではないのだ。先ず自分らはフォークの中に歌謡曲とは違う何かを見出し、そして今後はそのフォークというものの概念をブチ破ろうとしているのではないか。
 自分らは、フォークというものについてよく考え、そして密度の濃い討論をする、その事がよりこのフォーク同好会を作った意義があるというものではないだろうか。(記述者不明)
☆写真は、1973卒業アルバムから。

左:前左より、首藤、大橋、土屋 後ろ左より、顧問・荻野さん、吉田

右:1972秋の文化祭(ひいらぎ祭)前は、当時1年の女子(一人も名前が思い出せない?)後ろでベースを弾いてるのが大橋。

心当たりある方は、申し出てちょ!あなたの青春です。
または、あなたのお父さんお母さんの青春です!
(セピア色だねえ・・・・)
現在も連絡のある当時の仲間達紹介
高野克秀(岡克巳):1年上のあなたにはクソナマイキな自分で、ケンカもしましたね。でも、オリジナルの楽しさや、ラジオの飛び入りに引っ張っていって人前でやる楽しさをお教えしたのも自分ではないかと自負しています。人にきっかけを与える「触媒」的でもあると言われますが・・・。氏は覚王山スナック・黒などで活躍中です。以前CDも出されています。
恒川基幸:1971フォークジャンボリーには君と杉浦君だっけ、3人で行ったね。1年下だったけど、君は大橋に輪を掛けてナマイキ小僧だったよ。今の紳士ぶりからは想像も出来ないね。それが青春だったんだよね!
吉田一男:上の写真の後ろ右。 フォークフリークの少年は、そのままフォークフリークのオジサンになってるようだ。貴重な資料もよー持っとるようだぞ!
直井博、名畑雅彦さん:30年前、フォーク同好会を立ち上げた当時の3年生。突然のメールでびっくりしたよ!本日再会を果たせました!(01・4・12)
わーびっくりした!81年卒業の「後輩」中北博之さんから突然メールがあった!
どこのフォーク研でもそうだけど、いわゆるフォークミュージックから離れて軽音楽部化してる。なんでも、当時すでにニューミュージック化し、その後部昇格したらしいとの事だが、フォーク研の初心は無いみたい。
ま、時代性もあるし、しょうがないわねえ。
中北さんや、彼の当時のお仲間にも是非お会いしたいと思います。(01・9・10)
フォークタイム定例会にいよいよ出没の仲間
板(ばん)羊一君(49卒)、成田雅志君(51卒)が定例会に参加してくれました。(写真はフォークタイムのページ)
坂くんは、野球部だったけど、山田(弟)のバンドメンバーで恒川君らの遊び仲間だった子。
成田くんも、フォーク研との関わりはわずかだが、上の写真の首藤君がスポーツ部の先輩だったそうな。最近でも、マイホーム建築の担当が惟信出身で、その上司が、フォーク研創設メンバーの桑原氏であったそうな。それが静岡での話なので、偶然か、惟信閥おそるべしか?(02・2・19)

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