9th Day Jun 4 (Fri)   Milano U

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AAA 美術館 AA 教 会 史跡など 外観見学 食 事 移動など

 D ホテル・サンカルロ
ローマでの朝食は完全セルフだったけど、フィレンツェとミラノでは給仕がついてくれる。給仕といってもコーヒーやミルクを運んでくれるだけだし、アメリカンスタイルじゃないので、選べる品目も限られている。ただ、フィレンツェとミラノにはフルーツがあり、ミラノではそれが充実していた。
 ウフィツィの時と同じように、急いで朝食を済ませ、地下鉄に乗りこんだ。
 
 D 地下鉄
ミラノの地下鉄は3線。それぞれに数字と色がついていてわかりやすい。何度も使った2号線はグリーンがシンボル・カラー。ミラノ中央駅からミラノ北駅前のカドルナまで乗ったのだが、さほど混んでおらず順調。道端で通行人にサンタマリア・デレ・グラッツェ教会の場所を尋ねたら気軽に教えてくれた。
 
 AA サンタマリア・デレ・グラッツェ教会
サンタマリア・デレ・グラッツェ教会といえばご存知ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」。教会の食堂の壁画は500年を経て人類の遺産として世界共通の評価を得ている。20年をかけた改修が終わり、本格的に公開を始めたところ。教会の食堂前に並び始めたのが午前7時50分。食堂の外壁には、20年に渡る修復への感謝と5月28日からグランド・オープンしたとの垂れ幕が5カ国語で下がっている。それにはメイン・スポンサーのオリベッティのマークもでかでかと記されている。僕らは5人目。各ガイドブックによると8時開場だったが、表には9時と書いてある。1時間あまり待ってもすぐに入場できる 順位だから、腹もたたない。その後長い行列ができる。僕らより前に来ていたのは、共に関西からきた同じツアーのペア同士で、新婚じゃない若い夫婦と、既婚の若い女性同士。彼女たちの会話はとても愉快で、待ち時間を短く感じさせてくれた。
 開場の午前9時ちょうどに扉が開く。開くといっても扉が地下に垂直に潜っていくのには驚いた。けれど、係員は入れてくれない。団体客は時間直前に来てぞろぞろ入っていくのに だ。どうすれば入場できるかと係員に詰め寄るが下手な英語では要領を得ない。代表して(?)、日本からミラノへ出張に来たと思われる、弁護士の鍛治先生によく似たビジネスマンが事情を聞いてくれた。結論を言うと、5月28日から完全予約制になったのだ。係員は予約センターへ電話して予約を取って来いとの一点張り。JTBのツアーでさえ添乗さんがこのことを知らずにきて困っていた。すぐに近くにある公衆電話から予約センターへ連絡したが、何度掛けても話し中でぜんぜんつながらない。5月28日というと、僕らはすでにローマに着いていた。予約が要るなんて情報を事前に入手できなかった。縁がなかったのだ。
 壁画をあきらめて入った教会建物は赤いレンガ造り。内部はブラマンテの独壇場。中庭も彼の作で、濃い緑のを取り囲む優雅なアーチがなかなかよい。
 スフォルツェスコ城へ向かう途中で、裕子サンが機転をきかせて、ローマにある、JCBカードの現地オフィスを通じて当日予約するように依頼した。パリではずい分とお世話になった。今回も、電話で対応してくれたシモコウチさんという女性はさわやかで、とても親切に対応してくれた。しかし、結果はというと、予約はここ10日間は一杯とのこと。残念だった。可能性はかなり低いが、もう一度ミラノへ来ることがあったら再びここへ訪れたいものである。
 
 A スフォルツェスコ城
カステッロ広場から、時計塔の下をくぐって場内へ。一辺200mのこの城は高い城壁に囲まれている。その外壁には青々とした蔦がからまり、歴史を感じさせる。ロンバルディアの中心にあって、侵略と干渉を受けつづけたミラノがヴィスコンティ家とスフォ ルツァ家によって自主統治を勝ち得た時代の名残りともいえる。
 建物は田の字型に建っていて広場がいくつかある。ロケッタの広場はブラマンテが制作したもので、大きさこそ先ほどのサンタマリア・デレ・グラッツェ教会の中庭よりこちらが大きいが、基本的な造りはそっくりである。回廊の中にもアーチを取りいれた、いかにもルネッサンス式である。ここの展示館は入場無料。室内には様々な武具などが飾ってあり、大きく開いた窓の外側に垂れた蔦は緑のカーテンとなって、ほのかな外光を取りこむ。聖アンブロシウスの壮大なタピストリーが掛けてある。ヴィスコンティ家のヘビの紋章がところどころに見える。アッセの間の天井にはレオナルド・ダ・ヴィンチがデザインした樹木の絵が描かれていた。
 そして、最後の部屋にミケランジェロの遺作・未完の「ロンダニーニのピエタ」がある。見た目には、イエスがマリアを背負っているのか、マリアがイエスを抱き上げているのか判らない。(正しいのはもちろん後者) この彫刻を裕子サンはかわいいと言う。目が見えない状態で、死の間際まで彫りつづけたというから、たいしたものだ。出口近くの地下深くで、泉から水が大きな音を立てながら涌き出ている。ピエタを見ていて涼しげな音が聞こえたのはこれだった。
 裕子サンは売店でピエタのポスターを買った。
 B ダンテ通り
フィレンツェを追放された偉大な作家の名をとったこの通りは素敵だ。今回イタリアで歩いた通りの中で飛び抜けてすばらしい。このような偶然の発見こそが個人旅行の大きな魅力だ。
 広々とした通りは、車が入ってこない。アンティークな街灯が左右に立っているのが歩道と車道の区別なのだろうが、それらを仕切る段差はない。カフェのテラス席が堂々と道の真中に陣取る。それが1店や2店じゃない。両脇の建物は石造りの5階建てで統一されている。それがポナパルテ通りのロータリーからコルドゥシオ広場まで続いている。観光客は少なく、通る人の数自体がさほど多くない。カフェでは地元客が休んでいる姿がぽつぽつ。こんな都心にありながら、すばらしい環境を維持している非効率なイタリア人は、実は人生をもっとも効率的に生きているのではないかと考えてしまう。
 
AAA アンブロジアーナ美術館
広場ともいえるくらいに大きなオレフィチ通りを南に入ると、地味な外装の2階建て建物にぶつかる。今回のイタリア旅行最後の美術館となるアンブロジアーナである。
 1階のチケット売場からして意表をつかれた。整然としていて受付嬢もそれらしい。2階が入口となる展示場へ行けば、監視員は高齢ながら背広にネクタイ姿で、キリッとしている。昨日訪れたポルディ・ペッツォーリ美術館と大きな違いである。彼らは自由な鑑賞を妨げない程度に順路を示してくれ、表情には穏やかで優雅な笑みを浮かべている。
 この美術館の創設は603年。全館閉館しての7年越しの改装が97年秋に終わったところだ。運営面だけ見ると、今回克サンがいち押しだとしたボルゲーゼ美術館より上をいくかもしれない。そして、すばらしいのが展示方法である。展示室は単純に部屋から部屋へ移るのではなく、廊下がしっかりしているし、中2階やさらに上の階、中庭に望んだ回廊などを組み合わせて、作品配置と順路が立体的に組み合わせてある。例えば、美しいステンドグラスの窓がある廊下を通ると、あとの順路で上階のテラスから見下ろすといった具合にだ。本当に感心してしまう。
 絵画ではレオナルド・ダ・ヴィンチの「音楽家の肖像」や、ボッティチェリの「天蓋の聖母」。圧巻なのがラファエロの「アテネの学童」の下書きである。ライトが極端に落とされた部屋にはその下書きしか展示されていない。木板を横に張った板塀に原寸大で描かれている。チャココールで描かれた構図には遠近法を使っている痕が容易にわかる。プラトンもアリストテレスも表情が読み取れる程しっかりした絵である。僕らは椅子に腰掛けてじっくり見ていた。
 ここは絵画だけを展示しているのではない。時計のコレクションがおもしろい。その数、種類が多さもさることながら、ここでもショーケースを使った展示が立体的に工夫されている。あとは、食器やレースなど、陳列品の範囲が広い。ここは、「かくあるべき」という理想に近い美術館だった。館内の写真は不許可だったので、入口だけ撮る。
 
 B ドゥオモ
ドウォモ広場のガレリア入口で、サンタマリア・デレ・グラッツェ教会で一緒だった若夫婦に会う。ミラノは、観光する分には小さい街だ。
 今日はエレベータ乗り場をすぐ見つけた。付属博物館との共通券は売っていない。エレベータで着いたところは側廊の上。無数の尖塔が立ち並ぶ。その尖塔を支える、斜めに渡された、ゴシック建築特有の横梁がよくわかる。屋根づたいに少し登って屋上へ。
 ドゥオモ広場に集う人たちが米つぶのように見える。太陽の南中に近いこの時間の屋上は、まるでフライパンの上にいるみたいに暑い。ペットボトルの水も生温かい。今朝はけっこう寒かった。サンタマリア・デレ・グラッツェ教会で並んでいた薄着の女の子は両手で両肩をくるんでいたほどだった。そのためか、逆に今はムチャクチャ暑い。湿度が低いこの内陸で、これだけ暑いのだから気温は30度をゆうに超えているはずだ。こで撮った写真を現像してみると、フィレンツェで買ったASA100のフィルムだからか、空の色が真っ青であった。
 
 D リナシェンテ
ドゥオモの横に建つ巨大デパートで、各都市に店舗展開している。日本でいえば、三越のような店。昼食をしようと最上階へ。カフェとレストラン。どっちも性に合わないのでパス。
 日本語で免税手続きについての館内放送が流れる。日本人は"お客さん"なんだなぁ。いくつかのフロアを見るが、買物をせずに店を出た。実はあとでトイレを借りるためにもう一度寄った。
 
 C サンタルチア
店の前にピッツェリアと書いてある。前面が総ガラス張りなのに白いカーテンがかかっていて内部がみえない。店頭のメニューを見ると、値段は高めだが確かにピッツァとパスタがあるので中に入る。それが失敗だった。
 入ったなりで、ボーイが僕らの顔を見つめた。何か変だ。中年の、ワンピースを着た女主人が笑いながら入口近くの席をボーイに指示する。奥の席がたくさん開いているのにだ。よくみるとボーイは黒いズボンに白いシャツ。おまけに黒い蝶ネクタイまでしている。ここはホントにピッツェリアなのだろうか。周りのテーブルには「リザーブド」の札がかかっている。僕らはそれぞれ、名前は違うが似たようなサラダとトマトのパスタと水を注文した。
 次々とお客がやってきて予約席に座る。男性はパリパリのスーツを着ており、女性はワンピース姿。どうやらここは地元のキャリアのための店らしい。僕らのようなツーリストは誰もいない。そしてお客たちは馴染みのボーイと親しげに話しながらメニューを選んでいる。おっと、目の前をエビのグリルをいっぱいに乗せた皿が運ばれている。ボーイは老若さまざま。どうやら、ボーイは自分の馴染みのお客をもっており、店内にはテリトリーがあって上席のボーイほど奥のテーブルを担当しているようだ。つまり、僕らの席は新米ボーイの担当で、彼は慇懃無礼とも云える態度で皿を持ってくる。「プレーゴ」の言葉もそっけない。ただ、味は最高だった。サラダを頼むと普通ならおおざっぱに盛り付けられているのだが、ここのは痛んだところは入っていない。量が少なめパスタは麺の湯で具合とスープがどうにもいい。ちょっと日本ではこの味をだすのは難しい。代金をカードで払って、僕らにすればちょっぴり多めのチップを置いた。いい店というのは、言葉が通じなくても観光客だからといって差別はしないもの。お客さんは大切にしろよ、新米くん。
 最終評価としては、味は良かったが、(僕らにとって) 居心地が悪く、セルフに入ったほうが気が楽だった。
 
 D フェラガモ
ミラノに来た女性の多くはモンテナポレオーネ通りやスピーガ通りを目指す。女性と一緒に来た男性はそのお供をすることになる。これを裏付ける証拠はないが、かなりの確率であたっていると思う。
 さて、再びフェラガモへ。お土産の数の不足を、例の髪留めで補うためである。ここの店員さんも親切ではあったが、本店に比べるとサービス (接客)の質は少し劣るようだ。数をまとめたので、例によって免税手続きをしてもらう。
 歩き詰で疲れたので、サンバビラからドゥオモまで1区間だけ地下鉄に乗った。
 
 B ポルディ・ペッツォーリ美術館
リナシェンテでトイレを借りて、スカラ広場で一休み。労働団体がマイクを使ってアジっている。ここで一考。昨日あきらめたポルディ・ペッツォーリのポスターが忘れられない。思い切って買いに行くことにした。美術館の売店では、昨日荷物を預かってくれた警備員さんが店番をしている。
 このポスターが欲しいと、E 15 を出す。彼は黙ってE 10札を返して、なおかつおつりをくれた。先入観とは怖いもので、新聞全紙より大きいそのポスターは E 15.00ではなくて、たった E 1.50だったのだ。単なるケタの見間違えだった。これまで各所で買ったポスターは日本円で1,000円〜1,500円はした。なのに、たったの200円なのだ。それを知って、現金にもあと2枚追加した。
 
 C カフェ
ダンテ通りをもう一度歩いた。そして、テントが張られたテラス席に座った。そういえば「お茶をする」なんてイタリアへ来て初めてのことだ。観光ばかりしていて、食事とマクドナルド以外でゆっくり休んだことなんてなか ったな。いつも、訪れた先で日陰を見つけたり、教会の礼拝のための椅子に腰掛けて、手短かに小刻みの休憩を繰り返した。例外はナポリのカステル・ヌオヴォぐらいのもので、落ち着くために店に入ることはなかった。各所では大き目の広場には日傘を張ったテーブルが並び、ちょっとした通りならテーブル付きのバールを探すことだって容易だ。それらを利用しなかったのは、駆け足で観光を続けてきたからだ。
 有色の若いウェイターが注文を聞きにきてくれる。2人ともカプチーノを頼んだ。いやぁ、まいった。なんておいしいんだろう。パリと共通して、コンチネンタルの諸国ではカフェはエスプレッソできつい味に嫌気がさしていた。だから朝食は毎回、ミルクたっぷりのカフェ・オ・レにしていた。しかし、カフェにクリームの混ざったこの飲み物はなんてうまいんだ。以前、お上りさんとして、ル・グランのカフェ・ド・パリでお茶を楽しんだことを思い出すことなくイタリアでは観光ばかりを優先させていた。いやはや、こんなおだやかな時間があることを忘れたままに帰国するところだった。僕らはミラノの午後をゆっくり楽しんだ。
 いま、ようやく長い休暇が、そして本人たちにとっては短く感じた旅行が終わろうとしていることを実感した。
 
 D 地下鉄
カイロリから乗って、カドルナで乗り換え、中央駅まで。車内はそう混んでいなくても、僕らは例によってリュックをお腹に抱えている。
 車内ではアコーディオン弾きや子供を抱えて黒いスカーフをかぶった女性が物乞いをする。彼らは駅に停車するごとにいったんホームに出て隣の車両を乗りかえる。それを見ていちがいにイタリアは貧しいとは云い難い。もしかしたら、それが職業なのかもしれない。本当のところはわからない。
 
 D スーパーマーケット
ホテルに荷物を置いて、昨日と同じ中央駅のスーパーに出かけた。またまた、チョコレートを買い足す。ロールになっているカステラパンも買った。買物で威力(?) を発揮したのが緑色の、厚手の大きな布袋。 折りたためばかさ張らない。これを持っていれば買物袋を下げて歩かなくて良いし、帰国の際にも大いに役立った。
 
 C マクドナルド
駅前にある、ホテル近くのマクドナルドに、スーパーの帰りに寄った。食べたのは E 0.50のソフトクリーム×2。1階で受取って、2階で食べようとしたら満席なので地下で座った。このように、イタリアでは地下が有効に使われている。
 
 C ファッション
ホテルでゆっくり休憩して、明日の帰国手順をおさらいする。7時になったので食事に出た。
 イタリア最後の夕食はホテル横のお店で。店の種類はなんと言えばいいのだろう。メニューが豊富でなんでもつくってくれる。僕らは定番のコトレッタ・アッラ・ミラネーゼ (ミラノ風カツレツ) と、カプリチョーザ、マルゲリータ、赤ワイン1/2を頼む。歩道にはみ出したテラス席は、僕らが座ったあと徐々に埋まって行く。カツレツはおいしい。裕子サンは気に入ったようだ。以前、オルセー美術館の前のブラッスリーで食べたものよりおいしいかもしれない。ピッツァは相変わらず30cmはある特大。ここのは、けっこう生地が厚めでボリュームがある。時間をかけてたいらげた。
 イタリア旅行は天気と食事に恵まれた。毎日が晴れており、それも快晴が続いた。その分暑いのはたいへんだったけど、雨や陰気な曇り空よりはいいに決まっている。食事も、小さなトラブルはあったものの全体的に見れば予想したより手配は楽だったし、何よりほとんどがおいしく食べられてよかった。この2つのことが、今回の旅行によい印象をもったことのベースになっている。
 
 D ホテル・サンカルロ
スーパーへ行く前に冷蔵庫で冷やしておいた、昨日の残りのワインを飲みながら帰国準備にかかった。チョコレートもこれだけ買うとけっこうな重さになる。空港でのチェック・インや免税手続きをおさらいする。
 

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