| D ドゥオモ広場 |
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 列車の出発時刻は9時過ぎのため、今朝はゆっくりしている。7時30分に朝食を食べ、散歩に出る。メディチ家礼拝堂の前を通ると露店の屋台を引く人たちにを見た。お店はリヤカーになっていて、自分の場所に来ると、屋根を張りだし、商品を並べたり吊り下げたりする。
ドゥオモ広場に観光客はいない。ドゥオモの真下からファザードを見上げると、丸窓や彫刻群がのしかかってくるようだ。さらにその上には青い空が広がっている。涼しい朝である。今日も天気は良さそうだ。広場からホテルに戻ろうとする道で振りかえり、写真を撮った。サン・ジョバンニ洗礼堂、ジョットの鐘楼、ファザード、クーポラが折り重なったいい写真になった。
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| D フィレンツェ・S・M・N駅 |
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構内には旅行客が多い。例によって列車の発車ホームはなかなか表示されない。掲示板を見るとウィーン行きの国際列車が遅れていることがわかる。あと数日休暇がとれるのなら、このままヴェネツィアへ行きたいところだ。
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| D 車内(FS・ES9404) |
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ESの3時間の旅は快適。途中、ボローニャに停車して列車の向きが反対になる。信号待ちだろうか、フェラーリの町・モデナのホームにも止まった。イタリアの列車は、ダイヤ管理と駅への出入りを上手にすれば所要時間の2割や3割は短く出来るのではと思ってしま
う。車窓からはブドウ畑が続いているのが見えた。
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| D ミラノ中央駅 |
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ミラノ中央駅の2階に到着。大きい駅だ。僕らはスーツケースを引っ張りながらコンコースを横切って駅前広場に出た。振りかえると、青空をバックにして白い大理石で、どでかい宮殿のような駅舎にびっくり。いくらロンバルディアの玄関口だからといって、そこまでしなくてもと思うほど威張っている。僕らのホテルは駅前にあるので、このまま少し歩いた。
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| D ホテル・サンカルロ |
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チェックイン。フロントでバスタブ付きのツインを希望すると、その通りに。ラン・オブ・スルーは早い時間のチェックインに限るね。部屋は広くて清潔。経済的なホテルでじゅうぶんだった僕らにとっては豪華すぎるくらいだ。部屋の造りなども値段の安い3ツ星としては立派なほうだ。望んだこととはいえ、駅前に立地する分、中心地区に出るには乗り物をを使う必要がある。フロントが預かっていたFAXメッセージを読む。英語で、明後日の送迎を請け負ったエージェントから、送迎のリコンファームをするようにと指示があった。おいおい、飛行機の国際線じゃあるまいし。
部屋に入って蛇口をひねると、けっこう熱いお湯がでる。ラッキー。そこで僕らは、日本から持ってきていた生麺のカップうどんを食べることにした。笑ってしまうやり方は次のとおり。洗面台にお湯を張って、出しっぱなしにして、中に水の入ったペットボトルを浮かべる。うどんはビニールで包装されているのでそまま、洗面台のお湯でゆでる。そして、カップにスープの素と温かくなったうどんと入れて、お湯らしくなった水を注いで出来あがり。まぁまぁだな。合格点はつけてもいい。お腹がふくれたところで町に出る。
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| D タクシー |
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ミラノ中央駅からタクシーに乗る。ドライバーはこりゃまた無愛想なお兄さんで、行き先を告げ、ブレラ美術館と書いた紙を見せても無表情にその紙を返して、黙って発車。
通りの大きさ、ビジネス街の規模、ここは大都会である。車はメイン通りを南下して共和国広場の公園の脇を通る。少し細めの道に入ったかと思うと、すぐに停車して、兄ちゃんはあそこがブレラ美術館だと指差した。
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| AAA ブレラ美術館 |
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 ミラノはアリタリアの根拠地だし、空の玄関口としてマルペンサとリナーテという巨大空港を擁する。だから日本人観光客のように遠方からこの地を訪れる人は多い。にもかかわらず、ミラノを代表するこの美術館でなぜか日本人を見なかった。イタリア行きのツアーを旅行雑誌を見ていると、美術館への入場は1にヴァチカン、2にウフィツィで以下は無しっていう企画が多い。だから、日本人はブレラには寄れないのか。それともみんなプラダの店へ行っているのか。不思議だ。そういえば、フィレンツェでもパラティーナ
(ここは観客自体が極端に少なかった) とバルジェッロでは日本人をほとんどみなかったな。アカデミアにはいたけど… イタリア旅行では美術館は観光として捕らえられている。なにも日本人だけのことを云っているのではないが、観光客は、ヴァチカンやにウフィツィに比べて観光的な価値が劣るブレラなんかよりドゥオモなどを見て回るので手いっぱいなのだろう。そんな訳で、ミラノの美術館巡りではけっこうゆっくり鑑賞できた。
中庭に入るとカノーヴァのナポレオン像がある。前にも言ったが、新古典主義のこの彫刻家は女性を題材にした方が格段いい。チケットを買ったら荷物を預けてくれという。荷物を入れる場所はなんと大きなケージがあるだけ。先客の荷物が5、6個入っている。なんたる大ざっぱ。リュックにヒモを通してケージに結わえ、カギをかけた。
ここの展示はダイナミック。超有名どころである、ジョヴァンニ・ベリーニの「ギリシャのマドンナ」と傑作の名高い「ピエタ」。そして金森会長おすすめの、マンテーニャ「死せるキリスト」と「セラフィムの聖母子」の4作が並んで掲げてある。もうちょっと出し惜しみすればいいのに、と思うくらいにあっさりしている。義兄弟だから並んでいるわけでもないだろうに。だいたい、この2人は互いに影響を受けあったであろうが、作風はかなり異なる。
裕子サンは椅子に座りながらジェンティーレ&ジョヴァンニのベッリーニ兄弟が共同した大作「アレキサンドリアの聖マルコの説教」を見ている。ヴェネツィア派の作家の活動範囲は広く、題材も様々でその作品数もべらぼうに多い。とはいってもヴェネツィアの守護聖人・聖マルコを取り上げたときは、ことさら気合がはいるらしい。
ここに収蔵されるヴェネツィア派には先出のほかにもティントレット、ティツィアーノなどルネッサンス成熟期の大物がずらりと並ぶ。
ラファエロが若くして描いた「マリアの結婚」、ルネッサンスの代表的建築家ブラマンテが描いた数少ない絵「柱につながれたキリスト」。ウフィツィの肖像画では帽子をかぶった姿が有名なウルビノ公が中に描かれたピエロ・デッラ・フランチェスカの「モンテフェルトロの聖母子」では彼がハゲていた(すまん)
ことがわかる。 時代はぐっとすすんで、カラヴアッジョは明暗の技法を駆使した「エマオの晩餐」。 出征兵士と恋人の姿をとらえたアイエツの「接吻」はなかなか感動的だった。このあたりまでくると、お腹の中が絵でいっぱいになってしまい、食傷気味である。
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| B スカラ座 |
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ブレラ美術館から大通りであるマンツォーニ通りへ出ようと歩いている途中、歩道に接するように軍の車が止まっており、若い兵隊さんが立っていた。2人のうちの一方はマシンガンを持っている。イタリアの街角では警察官をよく見た
。憲兵もいる。警察官は男女を問わず拳銃を下げているし、憲兵はもっと重装備だ。かといって彼らは怖くない。ツーリストに対しとても親切に接している姿を何度も見た。
ローマのクィリナーレの丘では武器丸出しの兵隊さんがたくさんいた。地図で確認するとそこは国防省だった。日本の防衛庁の前はどーだろうか。イタリアの治安は彼らに支えられている。一時よりテロは相当減ったようだ。
いましがた歩道ですれ違った女性が後ろから僕らを呼びとめた。振り向くと迷彩服を着た長身お兄さんが寄ってくる。そして1枚の紙をくれた。広げてみると、今朝列車の中で書いたミラノの、自作の観光予定表である。地図の本に挟んであったのが落ちたのだ。克サンはお礼を言うとともに条件反射的に右手を出した。彼はやはり笑顔のまま、克サンの手を握った。とてもごっつい手だった。声を掛けてくれた彼女も一部始終を見ながら笑っていた。
スカラ座は全面改装中。正面のごく一部を除いて工事シートにすっぽり覆われている。
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| B スカラ広場 |
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通りを挟んでスカラ座の前にある広場。その中心に、花壇に囲まれたレオナルド・ダ・ヴィンチと彼の弟子たちの像が建っている。ヴィットリオ・エマヌエーレ2世ガレリアの北側の入口が顔をのぞかせている。
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| D マンツォーニ通り |
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大通りでは道路を補修しているところ。30センチ角で厚さ15センチくらいの大きな石をていねいに敷き詰めている。重機を使っているとはいえ、作業のほとんどが人の手による。工事のために通りは真昼間から車両もトラムも通行止めになっている。日本では考えられないことだ。立派。
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| AAA ポルディ・ペッツォーリ美術館 |
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質素で、落ち着きがある美術館だ。入口からはどう見たって、ここが美術館とは思えない。お決まりの中庭を突きぬけたところに、それはただの売店としか見えないようなチケット売場がある。そこにはおばちゃんと、本業をリタイアしたくらいの年齢の警備員風のおじさんがいる。荷物はおじさんが、木の書棚に入れて預かってくれた。展示室は2階にある。もとは個人の邸宅だったことから大小さまざまな部屋が重なるように並んでいる。(建物は先の大戦で破壊され、その後再建された) 木張りのフロアの美術館は今回の旅行ではここだけだったかもしれない。
外観や運営は地味でも、収蔵された作品にはすばらしいものがある。いちおしは、ポッライウォーロ兄の「貴婦人の肖像」である。同じ題材の絵はウフィツィにもあって、そちらはやさしくておだやかで、少し恥ずかしげな女性をとらえているが、ポルディ・ペッツォーリのものは年齢が若いながらキリっとして芯の強い、気品にあふれた女性を取り上げている。どちらも甲乙つけがたい秀作ではあるが、克サンの好みでいえば、ポルディ・ペッツォーリの方がちょっぴり上をいくかもしれない。この作品だけは、壁ではなく、専用の画材立てに飾られている。ベルリン美術館・絵画館にも、ひと味ちがった「貴婦人の肖像」がある。いつか訪れたいものだ。
ジョヴアンニ・ベッリーニの「ピエタ」は、ブレラのそれからマリアとヨハネをとっただけじゃないか。 ボッティチェルリの「聖母子」。女性の目元、口元に独特の表現がある。ピエロ・デッラ・フランチェスカの「トレンティーノの聖ニコラ」で、ようやく世俗を離れた彼の絵を見た。 ピントゥリッキオの「聖母子と幼い洗礼者ヨハネ」はかわいい。以上は「金の間」と呼ばれる広間に一同に展示されていた。 クラナッハは宗教改革で名高い「マルティン・ルターの肖像」がある。実はウフィツィでも同じ作品を見ている。
どうにもグアルディの作品が見つからない。展示室担当の、やはり警備員風のおじさんに所在を尋ねてみると、親切に絵の前まで連れていってくれた。ヴェネツィアの風景を描いた絵は、陽光を自在に操ったモネのようにも見えるすばらしい作品だった。見方によってはイギリスの風景画家・ターナーをも連想させる。静かでいい美術館だった。満足している。
荷物を受取って、売店の前の長椅子に座って一休み。たくさんの種類のポスターが壁に貼られており、値段が付いていることからそれが売店で販売されているとわかる。中でも、ポッライウォーロの「貴婦人の肖像」を中央に据えた、ポルディ・ペッツォーリの公式ポスターが欲しくて仕方ない。けれど値段が高くて手が出ない。心残りはあるものの、あきらめた。
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| B ヴィットリオ・エマヌエーレ2世ガレリア |
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ドゥオモ広場に戻り、ミラノの名所・アーケードに入る。アーケードといっても高さがあって、幅も広く、それ自体が建物のようである。天井を見ていると、植物園の巨大温室にいるのでは、と思ってしまう。よくまあ、130年前にこれだけのものが作れたものだ。ラテン十字の形をしたガレリアの真中の床にあるはずの雄牛のモザイクは、催し物の準備のため見れなかった。
1階は全て店舗で商業主義が前面に出ているのが見て取れる。ただし、看板を同じ大きさ、取りつけ位置、同じ黒色で統一するなど、景観に配慮している。通路が交差するところにプラダがあって、その斜め向かいがなんとマクドナルドであった。別にマクドナルドがいてはまずい訳などないのだが、違和感がある。
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| C マクドナルド |
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大きい店である。マクドナルドは本当に好立地を押さえている。店舗数も多い。僕らが泊まるホテルのすぐ近くに、やはり道路の角にマクドナルドがある。それも、地図を見ると、中央駅前にいくつもあるではないか。何より重要なことは、どの店もお客が多くて繁盛してるってこと。どーして、こんなに流行るのかわからない。
僕らはセール商品である、E 0.50のソフトクリームを1個づつ買って、アーケードにせり出したテラス席で食べた。
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| B ドゥオモ広場 |
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ここ何百年かは、このドゥオモ広場がミラノの中心であり、今も同様である。この殺風景な石畳の広場には急いで行き交う人と、ゆっくり休む人、ドゥオモを見上げる人の3種類がいる。ドゥオモはフランスのいくつかの教会に共通していて、上へ上へと伸びている。これはルネッサンス以前に着手られた教会であることの証とも云える。高い尖塔はなかなかファインダに入りきらず、広場のずっと端までさがって写真を撮った。広場の中央で、鳩を集めてテレビドラマか何かの撮影が行われていた。
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| AA ドゥオモ |
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よくもまぁ、ごてごての装飾をしたものだ。すばらしいを通り越してあきれるほどだ。バロックのローマ、ルネッサンスのフィレンツェから順に見てきたので、本格的なゴシックには違和感すらある。それは、中世の匂いがするからだろうか。内部に入っても、全てがタテに細長い。天に近づくための上昇志向が、ゴシックというデザイン様式に表れたとしか思えない。床石の大理石のはめ石が花びらの形だったりして意外とかわいい。旧約聖書・黙示録・新約聖書を題材とするステンドグラスは手が込んでいて、枚数がすごく多い。
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| B 王宮 |
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ドゥオモの屋上に上がるための入口を探してドゥオモの回りを一周した。ドゥオモ周辺の敷地ははどこも修理していて、フェンスが張りめぐらされていたため、遠まきにして歩いた。ドゥオモ付属博物館である王宮は、開場していないように見えた。どの道、入場するにはドゥオモ屋上行きのエレベータとの共通券を買う必要があるので、確認はしなかった。どこがエレベータ乗り場かわからなかった。まぁ、明日も来るし、先を急がないと次の教会が閉まってしまう。
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| D タバッキ |
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Tマークのある店でメトロのチケットを10枚欲しいと云ったら、おばちゃんが面倒くさそうに投げてよこした。態度悪いぞ。
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| AA サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会 |
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1500年以上前に建てられた教会の前庭にはローマ時代の16本の円柱が建ち並ぶ。ファザードは修理中。ひそやかで質素な教会だ。こ
の小ぶりの教会は建てられた当時は、コンスタンティヌス帝のミラノ勅令が出たすぐあとであり、キリスト教が広がりつつある過程での数少ない信仰の地だったと思われる。飾りのないドームが初期キリスト教の信仰のみに頼っていた姿を裏付けている。教会内には誰もいなかった。
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| AA サンタンブロージョ教会 |
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いい教会だ。克サンも裕子サンも気に入った。今回の旅行で見た中では、好みで云えば3本指に入るだろう。やわらかくて、落ち着きがあり、見るものにやすらぎと安心感を与えてくれる。この教会は、4世紀末に、ミラノ守護聖人・聖アンブロシウスによって建てられ、彼の死後、彼の名を取った。そのあと順に手が加えられ、11〜12世紀に現在のロマネスクの外観となった。小さく、赤茶けたレンガを積み重ねてゆるやかなアーチをつくっているサンタンブロージョは、紹介情報のどれを見ても、ミラノで最も重要な教会と位置付けている。敷地が広いが、建物に高さがなく、横に広がりを見せる。教会前の小さな広場を突っ切ってアトリウム(前庭) へ。
「建物が静か」っていう感覚はなかなか文字に表せない。教会内部は天井が低めで、素朴といってよい。なんと、ここの十字架はギリシャ式である。祭壇の向こう側のドームには1000年をゆうに超えたモザイク画が鈍い金色の光沢を放っている。カトリックや教皇の権威とはかけ離れた世界である。熱心に祈りを捧げる人たちが居る。まるで時間がとまったような感覚になってしまう。
祭壇横の出口から外に出るとブラマンテの柱廊がある。傾いた日差しが廊下部分にまで届いてまぶしい。ここの柱はおもしろい。四角いもの、丸いもの、そして木の幹のように枝の節があるもの。ブラマンテらしからぬ遊び心があって愉快だ。
教会前の、背の低いレンガの塀で囲まれた広場に戻って腰をおろし、ため息がでる程ゆったりした時間を過ごした。教会へ礼拝に訪れる人がぽつりぽつりと通る。リュックからお茶を出して飲み、克サンはタバコを1本。(も
ちろん灰皿持参) 僕らは、ミラノの夕暮れをゆっくり楽しんだ。
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| D 地下鉄 |
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サンタンブロージョ教会のすぐ前にメトロ2号線のサンタンブロージョ駅がある。道路を挟んで向かいはレオナルド・ダ・ヴィンチ科学技術博物館である。
ミラノの地下鉄はホームに駅の名前がわかりやすく表示してあるので、今どの駅に着いたかがすぐにわかる。地下鉄ミラノ中央駅に降りると、方向感覚がない。人の流れに乗り、エスカレータで地上にでたら、FS中央駅建物の入口前だった。駅前広場(公園) を通ってホテルに戻る。
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| D スーパーマーケット |
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イタリアにはショッピンク゚・センターという概念がない。ダイエーやイトーヨーカドーのように食品を核として衣料や電化製品など、1カ所で衣食住に関するたいていのものが揃う小売店はない。総合食品店は数少ないがある。かといって、イタリアの総合食品店とは
肉屋と八百屋と、場合によっては魚屋がくっついて、すこしばかりの雑貨や缶詰と、必ずと云っていいほど水を売っているのであって、日本でいうスーパーマーケットとはちょっと違う。つまり、日本のそれは販売方法が完全セルフサービスで、商品がゴンドラや縦型のショーケースに陳列されており、個々の食品に値段がついていて、支払いは1カ所のレジでの精算をするということ。イタリアの総合食品店はそのどれかが欠けている。
ミラノ中央駅にあるスーパーはめずらしく日本にあるのと同じ形態だった。ここへはお土産を買いにきた。海外旅行→お土産→チョコレートという単純な図式を実践した。ただ、いかにもお土産ですといった長方形の箱のものじゃなく、普段の生活で食べているものを持って帰りたい。板チョコや珍しい包みのものを山のように買った。空港で出国手続きをしてからのほうが値段が安いとは教えてもらっていたのだが、空港で沢山買うと、家に戻るまで手荷物になってしまう。重たいものは事前にスーツケースに仕舞っておきたい。
スーパーにはいろいろな食材が売られている。さすがにチーズや酢、オリーブオイルの種類は豊富。肉は冷凍でいろんな種類が売られているが魚は見当たらない。チョコのほかに、スライスした生ハム、スパークリング・ワインの白、スイカ1/4玉、水を買った。たいへんな重さと金額になった。
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| C ブレック |
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スーパーの袋を部屋に置いて、再び駅前へ。ここはセルフ・レストラン。入ってびっくり。店内は広くて、内装はおしゃれ、カラフル。造りが立体的で清潔感があって。カフェテリアとはこんな雰囲気のことをいうのか、と感心。
セルフといっても種類ごとのブースになっていて、バイキングのようだ。なかなかいい感じ。例えばサラダは、皿の大きさによって値段が違うだけで、中身はいろんな種類を混ぜ合わせてOK。パスタもゆで上がりを食べることができる。いわゆる作り置きとはちょっと違うのだ。2人でブースを覗いて歩いた。
克サンは肉のコーナーで、若いお姉さんにマトンのステーキを焼いてもらった。それを横目に見た裕子サンはビーフを。実はマトンよりビーフは値段が3倍も高い。あとはサラダとリゾットと水。これだけを、日本円にすると2500円もかかっていない。
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| D ホテル・サンカルロ |
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スーパーで買ってきた生ハムがむちゃくちゃおいしい。これ、日本にない味です。あとは、スイカを少しとワインを飲んだら眠気がやってきて、そのままゴロン。克サンは夜中に目が覚めたときに、残ったスイカをペロリ食べてしまった。身体によくないなぁ。海外でスイカをいっぱい食べたのは、中国、台湾、フランスに続いて4カ国目となった。
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