| AAA ウフィツィ美術館 |
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  ホテルの食事は7時30分から取ることができる。僕らは荷物を持ったまま食堂へ。素早く朝食を済ませてホテルを出発。
ウフィツィ美術館に着くと回廊に入場待ちの観光客がけっこう並んでいる。僕らのすぐうしろには日本人ツアー。新婚さんが数組と親娘、添乗さんとその見習さんがいる。しばらくすると行列はみるみる長くなってアルノ川に到達。みるみるうちに、それが川沿いにまで伸びて、しっぽが見えなくなってしまった。8時30分過ぎに開場。朝から入場制限をしている。だから、いったん美術館の中に入ればじっくり鑑賞できる仕組みになっている。これは、克サンは最初、観光客にできるだけゆっくり見てもらおうという美術館の配慮なのだろうと考えていた。しかし、実態は大違い。ツアー客に美術館の専用のガイドをつけて、ポイントを解説するサービスをする替わりに滞在時間をコントロールし、そこそこの満足感と引き換えにツアー客を誘致したり、結果的に入場者数を
(回転を) よくするための商業的配慮だった。やるな、フィレンツェ。僕らは8時50分に入った。
ウフィツィはイタリア・ルネッサンスの殿堂。いわゆる、教科書で見た作品がずらりと並んでいる。やはりキリがないので、写真に撮ったものだけに絞る。
ジョットの板絵「マエスタ(荘厳の聖母)」。祭壇画はどれもバカでかく、例によって金ピカ。ジョットの作品では聖人が人間らしくなってくる、つまりルネッサンスらしくなってくる過程が見て取れる。
ピエロ・デラ・フランチェスカ「ウルビノ公夫妻の肖像」。ウフィツィ美術館を紹介する本には必ずといっていいほど載っている。同じプロフィールなら克サンはポッライウォーロの方が好きだ。
フィリッポ・リッピの「聖母子と天使」。マリアは生身の人間として描かれており、美人だ。リッピちゃん父はボッティチェリの師匠だけあって、弟子の作品にも画風が残る。
そのボッティチェリの作品が続く。「三王礼拝」。メディチ家の庇護を受けるために一族をモデルにしている。これは彼の他作品にも共通する。なお、同時代を生きたレオナルド・ダ・ヴィンチはボッティチェリとのパトロン獲得競争に敗れる。 「ヴィーナス誕生」。中学時代、克サンは図書館を割と利用した。本を閲覧室に持ちこまず、書庫の机にいろんな本を広げた。特別、美術に興味があった訳じゃないが、おおげさに装丁された本に、フルカラーのこの作品を見たときの新鮮な感覚がいまもかすかに覚えている。 「マグニフィカトの聖母」。まぶたを半分伏せた女性 (マリア) は艶やかだ。色彩感覚もズバ抜けている。 「プリマヴェーラ(春)」。これは
大きい。人物が等身大くらいに描かれている。写真を写すのにずいぶんと下がった。克サンは特段、ボッティチェリが好きって訳ではない。しかし、オリジナルを前にして、スゴイ!とうなってしまう。まいりました。
レオナルド・ダ・ヴィンチが2作。不思議なことがあるものだ。彼の出世作にして傑作の「受胎告知」がない。その替わりに、本来「受胎告知」がある場所に「聖アンナと聖母子」が掲げられている。この未完の絵は「レオナルドの三角形」として名高い。ちょっと前置きが長すぎるが、「受胎告知」がないだけなら修復中かな、とあきらめるのである。そこに「聖アンナと聖母子」があることが問題なのだ。「聖アンナと聖母子」は本来、ルーヴル美術館の収蔵作品なのだ。ルーヴルと一時的に交換したのだろうか。作品に説明はない。 「三王礼拝」。この未完の大作にはドラマがある。未完に終わったのは、彼がフィレンツェを見限ってミラノへ走ったため。
ブロンズィーノ「ルクレツィア・パンチャーティキの肖像」。作品自体は見事だが、モデルの表情がちょっとね。だからこそ名高いのだが。なお、ルクレツィアと名がつく女性は、彼女とフィリッポ・リッピの「聖母子と天使」のモデル、ルクレツィア・ブーティ、そしてヴィクトリア基地の教官をしていたルクレツィア・ノインのほかに知らない。
ブロンズィーノ「エレオノーラ・トレドと息子ジョヴァンニの肖像」。すばらしいの一言。コジモ1世の妻となるためスペインからやってきたエレオノーラは幸福な半生を送り、身体をこわしてからはコジモ1世はピッティ宮殿を彼女の養生のために買い取ったのである。その後訪れる悲劇についてはここでは触れない。
チマブーエ、マルティーニ、ピエロ・ディ・コジモ、ジョルジョーネ、ヴァン・ダイク、コレッジョ、マンティーニャ、ヴァザーリ、ヴェロネーゼ、ジョヴァンニ・ベッリーニ。とにかくムチャクチャにすごすぎる。絵画のブランド通りのようだ。この美術館は3階にある。第2回廊からアルノ川、ヴェッキオ橋の眺めは最高。
ミケランジェロ「聖家族」。先ほどの、「聖アンナと聖母子」に触発された作品。絵画とは云いがたく、教会の壁画的な雰囲気。 ラファエロの部屋。「レオ10世の肖像」、「ユリウス2世の肖像」、「自画像」。おっと、期待していた「ひわの聖母」がない。くやしいなぁ。昨日、「大公の聖母」を見たからいいか。(まったく理由になっていないが)
そして、彼がいないとつまらない、ティツィアーノ「ウルビノのヴィーナス」。この横たわる裸婦の絵が、近代絵画の扉を開いたとされる。アングルに通じるものがある、とは克サンの解釈。しかし、克サンのお目当ては「フローラ」。どこがギリシャ神話かと思わせるような、血色のいい美女である。「聖愛と俗愛」と同じテーマだと感じた。
パルミジャニーノ「長い首の聖母」。ミケランジェロに始まったマニエリスムは、例えばこの作品を経由してバロックへと移り行く。それとともに、フィレンツェの栄華は縮んでいく。
展示場はここでストップ。他のヴェネツィア派やリューベンス、レンブラント、ゴヤ、カラヴァッジョなど、ウフィツィの中では比較的新しい時代の作品を展示する部屋の入口が判らない。係員に聞くとクローズとのこと。そりゃないぜ。でも仕方ない。売店でガイドブックと、お土産用に美術館グッズを買って外に出る。入場を待つ長い行列は続いている。
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| D 河岸通り |
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アルノ川に沿って西へ。ヴェッキオ橋の北詰にアリタリア航空オフィスがある。お客さんがいなくてガラガラ。ローマでリコンファームできない場合はここへ来る予定だった。こっちがよかったなぁ。
サント・スピリト教会とサンタマリア・デル・カルミネ教会は川向こう。急ごう。
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| AA サンタトリニタ教会 |
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ショッピング通りの南にある古いゴシック教会はひっそりしている。正面のステンドグラスにもハデさはなく、柱の造りもゴテゴテしていない。短い休憩場所となった。
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| D フェラガモ |
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サンタトリニタ教会の真ん前にある。克サンが旅行に行くにあたり、会社にはずいぶん迷惑をかけたと思っている。にもかかわらず、課のみんなからお小遣いまでもらった。うれしいやら、申し訳ないやら。そんな人たちにお土産を買わなくっちゃならない。同僚の高嶋くんが長い髪をまとめるのにフェラガモの髪留めを使っていた。そんな小物でも、と思い、店に入る。
スニーカーにリュックという格好で入れるかどうかは自信がなかった。けれどすんなり。午前中のフェラガモはお客さんがほとんどいない。髪留めとスカーフ留めを見せてほしいと頼む。スタッフは誰もがフレンドリーで、面倒がらずに商品を見せてくれる。頼めば品物を面倒がらずに探してくれる。接客態度と笑顔はすばらしい。
スカーフ留めはいまひとつ気に入らず。髪留めのニューヴァージョンをいくつかもとめる。たったこれだけの買物なのにとてもていねいで親切だ。担当についてくれた店員が包装しにいっている間に店内を見てみる。キャメルの、角張ったハンドバックが並んでいる。それを、陳列作業をしていた店員に取ってもらう。「触っていいですか」と、尋ねると、「どーぞ」。造りはいいが、値段もいい。がぜん裕子サンの目が輝き始める。そして彼女は上目づかいのニコニコ顔で克サンを見る。これは明らかに「買っていいか」のサイン。ローマでは買物を我慢したし、バルジェッロ博物館の通りにいくつもあったお土産屋さんもパスしてきたのだから。ここでNOと云えばあとが怖い。担当の店員が戻ってきたので、ハンドバックをいくつか見せてもらう。黒の新ヴァージョンにしようとしたら、これなら別の色もあるかもしれないと、奥へ。戻ってきた手にはブルー(濃紺) のカバン。店員さんは大きな姿見を用意して、これまでショーケースの上に並べ
られたいくつものカバンを順に持ってみるようにすすめてくれる。ポロシャツに綿パンでは何を映しても似合いそうにないのに…。 結局、裕子サンはブルーをゲット。それひとつで、名高いフェラガモの靴が3つは買える。
とてもいい雰囲気で買物ができた。会計の場所にきれいな、それ自体が高級品のカタログがあって、「もらってもいいですか」って云うと、「シュアー」と笑顔で返ってくる。フィレンツェでの教訓、「ブランドものの買物は午前中に行くこと」。
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| AA サント・スピリト教会 |
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フェラガモで時間をとってしまったおかげで、急いでサンタトリニタ橋を渡り、ブルネレスキ最後の設計となるサント・スピリト教会へ。自然光を多く取りいれた教会内部は白と一部グレーだけでまとめられ、清楚な感じがする。
ギルランダイオは修復中だったが見ることができた。フィレンツェには彼の作品がたくさんあるのに、それほどじっくり見ることができなかった。特に、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会に行けなかったのが心残りである。ギルランダイオのほかにはリッピちゃん父子。
サント・スピリト広場に日用品や衣服を売る露天が並ぶ。下町の雰囲気。時間がないので急ぐ。
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| AA サンタマリア・デル・カルミネ教会 |
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 教会には入らず、ファザードに向かって右側の入り口に入る。入場料を払って緑と陽光にあふれた中庭へ。そして教会後陣からブランカッチ礼拝堂に入る。比較的平凡な教会も、ただひとつの礼拝堂が「世界の学校」として知られていることから名をはせている。
礼拝堂にはマゾリーノとその弟子マサッチョそしてリッピちゃん子が50年に渡って描いた壁画「聖ペテロ伝」がある。構図の奥行き、すなわち遠近法の確立、人物の表情の人間らしさ、体躯や衣服の表現。イタリア・ルネッサンスはマサッチョにより、ここから始まった。レオナルド・ダ・ヴィンチやボッティチェリ、少年ミケランジェロはブランカッチ礼拝堂にデッサンのため何度も訪れたという。ヴァザーリも賞賛し、以来「ルネッサンス絵画のアトリエ」となる。
克サンが大学4年のとき、古本屋で美術の本を数冊買い求めた。その中には、マサッチョがブルネレスキに完成したばかりの透視法を学びながらも、独自の構成と描画でこの絵を作り上げることでルネッサンスを開拓し、残念なことに27歳で早世したとの美術史の通説が載っていた。ルネッサンスの原点たる記念碑的な壁画を今、目の前にする。
この礼拝堂は教会側廊にある。つまり、普通に教会の身廊から見ようと思えばほんの一部だが見える。英語での説明なので何のこっちゃ判らん。一旦外へ出て、教会内部に入ろうとしたが、入口の扉は閉められてしまっていた。12時だ。
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| D 肉 屋 |
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この日もたまらなく暑い。のどが乾く。炭酸が飲みたくってしかたない。サンタマリア・デル・カルミネ教会からちょっと東へ行ったところの肉屋さんの店先に飲み物のはいった小さな冷蔵ケースを見つけた。缶のコーラを買って歩道で一気に飲みほした。
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| D 雑貨屋 |
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ピッティ宮殿の方へ少し行くと、コダックの看板を見つけた。美術館で写真をたくさん撮ったのでフィルムの残りが心配だ。
この店は不思議で、何屋さんかはよくわからない。けっこう広い店内にソファーなどの家具、電気製品、小物がある。おっと富士フィルムがある。それを3本買う。ショーウィンドウに手のひらサイズのタイマーが飾ってあって、おナベの格好をしていたりで愉快だ。ケトルのをひとつお土産に買う。店主の老夫婦の奥さんがその使い方をていねいに教えてくれた。帰り際にご主人が「チャオ」と笑顔で見送ってくれる。僕らも「チャオ」
で笑い返した。
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| C カーサリンガ |
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お昼をとる場所を探していると、路地に店の窓が開いていて食堂のテーブルが見える。表に回って中に入る。けっこう大きいトラットリアだ。その割にお客の数が少ない。奥のテーブルがずらっと並んだ一角に腰掛ける。
メインの注文は鶏肉のフライとローストビーフ。昨晩、フライがおいしかったのでウェイトレスに相談して、これになった。実は具体的に何のフライかは現物が出てくるまでわからなかったが食べてみるとどれもが絶品ですばらしい味だ。よくある鶏肉だけど味、揚げ具合ともに最高。こんなおいしいフライにはちょっとお目にかかれない。ローストビーフも同様だ。大きくて分厚いのが3枚。味付けもいい。
店内はだんだん混んできて、満員になってしまった。日本人はまったく見当たらず、地元客が主体で、観光客が少しいるといった構成だ。隣では若い女性の2人組が、日本人の感覚としてはどうも納得がいかないのだが昼真っか
ら肉厚があるステーキを食べている。おいしそうだ。今晩はそれを食べよう。
店はだんだん混雑してきて満席に。会計を頼んでもなかなか計算書が来ない。しびれを切らせて、席を立ち、無理やり会計をするよう迫ってお金を払う。
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| B ピッティ宮殿 |
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またここへやって来た。今度は中庭を横切り、奥にある噴水へ。それを見たあとボーボリ公園のチケットを買う。
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| A ボーボリ公園 |
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広大な公園は丘陵の斜面を利用しており、水と緑にあふれ、樹木は刈り込まれてよく手入れされている。ここは世界で初めてオペラが上演された場所である。ネプチューンの噴水まで出て、北へ折れる。すると、フィレンツェ市街が一望
できる場所に出る。いい景色だ。屋外にパラソルを開いたカフェもあって涼しそう。
ここで撮った写真では、裕子サンが緑色の薄手カバンをしっかり抱えている。買物したときのためにリュックにいれておいたカバンだ。その中にはフェラガモが入っている。
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| B ベルヴェデーレ要塞 |
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ボーボリ公園の北側出口に来た。フィレンツェの南の、守りの要・ベルヴェデーレ要塞の城壁が見える。結果的にはこの出口を使わず失敗した。再びカフェに戻って出口を探しに丘を下りていったが、アルノ川へ直接出るためにはさっきの出口しかないようだ。もう一度丘を登るのも嫌だったのでピッティ宮殿に戻った。
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| D ヴェッキオ橋 |
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買物第2弾。ヴェッキオ橋で革製品を探した。お土産用だ。買物となると俄然元気になる裕子サン。家族やお里の、いわゆる女衆へのものだ。ど派手なおばーちゃんの女主人に合計額をメモってもらいながら、免税額に達するまで買物をする。
ヨーロッパは買い物に関する間接税、つまり付加価値税が高い。イタリアはなんと20%である。一定額を超えると免税書類にパスポート番号などを書いて、免税申請書を作る。カード払いの場合2種類の方法のいずれかを店が決める。ひとつは支払い額全額をカードで支払い、空港などで還付手続きをする。現金払いのときも同様。もうひとつは、あらかじめ免税後の金額のみをカード払いとし、空港で免税申請後にその書類を店に郵送する。ある期間内に(1カ月程度) 書類がお店に届かないと、あらためて免税分がカードから引かれる。フェ
ラガモは前者であり、この店は後者である。このことはパリへ行ったときに体験済みだった。しかし、そのときと違うのは、今回はEC統合後であること。その違いなのか、マルペンサ空港での免税手続きは大いに迷うことになる。
さて、例の緑色のバッグに買ったばかりの財布たちを詰め込む裕子サン。記念に店内で写真を撮ってもいいかと尋くと、おばちゃんはニコニコ笑って裕子サンと肩を組み、ポーズを取る。イタリアで自己中心的で陽気なのは男ばかりじゃないことが証明された。
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| B 新市場のロッジァ |
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ここの地名をカタカナで書くと、ロッジァ・メルカート・ヌォヴォとなる。なんのことはない、直訳そのまま。
開廊の中には革製品の露店が並ぶ。テント張りの高い天井から何段にもカバンがぶら下がっている。ネズミ色の、ちょっと角張った、フォーマルっぽいハンドバッグがいいな、と指差すと、叔父サンが長い木の棒で、ひょいとヒモに下がったまま取ってくれる。掛け軸を床の間にかけるときと同じ要領。ひとつのヒモに4つくらい下がっている。悪くはないが、フェラガモと比べて革が厚く、重たそう。当たり前か。その分、値段は安い。そのハンドバッグは
E 50弱。ゴメンよ、ってしぐさをすると、まけるからって云ってくれたがパスする。
ここの名物はいのししのブロンズ像。ギリシャ時代の彫刻のコピーのそのまたコピー。コピーのオリジナル(そんな言葉があるだろうか) はウフィツィ美術館に。いのししの鼻はなでられてツルツル。その前で写真を。
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| D ホテル・サンジョルジョ |
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荷物を置きにホテルまで行く途中、裕子サンがバールの店先のジェラートに「ティラミス」と書かれているのを見つけた。どんな味だろう。
裕子さんは買ったものとリュックを部屋に置いて身軽に。もともと彼女のリュックは軽いのだが、背中に密着するものがなくなって涼しそう。ほんの少し休んで出発。
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| D 露店通り |
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サンロレンツォ教会や中央市場のあたりは、あっちへ行ってもこっちへいっても土産物を売る露店でびっしり。見て歩くだけでも楽しいのだが、あまりに店数が多すぎるのと、どこの店先の商品もさほど替わり映えしないので
だんだん飽きてくる。
土産としてのベルトを買う。男用の土産って、ホント安いよな。
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| D サンタ・マリア・ノヴェッラ広場 |
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サンタ・マリア・ノヴェッラ教会は閉じている。そして、広場には12番バスが止まっている。急いでバールに入り、チケットを買い足す。
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| D 12番バス |
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乗って待っているがなかなか発車しない。運転手は車を降りて、一服している。行き先を確認するため、バスを降りて彼に話し掛けようとする。と、そのとき裕子サンだけを乗せたバスがエンジンをかけた。克サンが話そうとしたのは後発の運転手だった。そのドッキリしたこと。裕子サンを乗せたまま発車しそうになる。あわててバスに飛び乗るとドアが閉まる。間一髪。すると、10mも進まないで停車し、またドアを開ける。なんのことはない、先発車が出たので、停留場所を前方に移動しただけなのだ。今、この出来事を書いてみると、どうってことはないのだが、その時は本当に驚いた。出発するまで、席でじっとしていた。
バスはいったん東へ向かうが、南へ折れ、アルノ川沿いを西へ。おいおい、僕らが行きたい目的地と逆じゃないか。バスは新市街を走る。なかなかきれいな町である。ローマ門が見えたときはほっとする。この門は旧市街の南の端で、広大なボーボリ公園の西出口でもあるからだ。バスはぐんぐん丘を登って行く。さて、けっこう山道を走った。
運転手に次ぎはミケランジェロ広場かって聞くと、「そうだ」と答える。彼は克サンの下手な英語を理解しなかったらしい。勇んで降りたところは山の中。とんだことになった。
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| D 山の中 |
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困ったが歩くしかない。次ぎのバスを待つなんて消極的に時間をすごしたくない。ここの道路はけっこう広く、車の通りも激しいので、気持ちとしては安心。歩道もしっかりしている。問題は暑さ。てくてく歩く道中でけっこう水を飲んだ。ただ、良かったことは登り坂でなかったこと。僕らが歩いた部分は高低がほとんどなかった。
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| AA サン・ミニアート・アル・モンテ教会 |
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不幸中の幸いは、寄ろうとしていたこの教会がミケランジェロ広場へ行く途中にあったこと。へいこらと階段を登ればロマネスク様式で、はめ石の模様がすばらしいファザードが見える。その中央上部にはモザイク画のキリストが裁きのためか、右手を上げている。振り向くとフィレンツェの町が見える、見える。市内の多くの建物が四角いだけに、町中が箱庭の作り物のようだ。ドゥオモのクーポラはムチャクチャおおきいなぁ。
この女性的な教会は中に入ってもすばらしい。祭壇上部のモザイク画は色彩があざやかである。磨り減り気味の白い大理石の床には細かく、緑色の大理石などがはめ込まれている。
裕子サンはお祈り用の椅子に腰掛けたまま。たくさん歩いたことに不平を言わなかったところをみると、まだフェラガモがきいているようである。
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| B サン・ルヴァトーレ・アル・モンテ教会 |
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観光の本の紹介によると、ミケランジェロはこの教会を「私の美しい田舎娘」と呼んだらしい。緑の中にひっそり建っており、その風景を壊したくない、邪魔したくない気分になる。そっとしておきたい、かわいい教会だ。
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| B ミケランジェロ広場 |
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ようやく来ました、ミケランジェロ広場。車の量が激しくてなかなか広場へ渡れない。ここはサルビアなどの花壇がきれいでダヴィデのコピーがあるっていう程度。見晴らしなら、さっきのサン・ミニアート・アル・モンテ教会からのほうが数段いい。まぁ、フィレンツェの定番観光スポットに来たってくらい。夕暮れに来れたなら、雰囲気はがらっと違うだろうに。写真を数枚撮って、停車中の13番バスに乗る。
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| D 13番バス |
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13番バスには2種類ある。東回りと西回り。僕らはわからないまま乗ったのだが、西回りだったため、来たときとほぼ同じコースを通る。ただし、行き先はフィレンツェSMN駅である。駅前に到着して周囲を見ると、安そうな食べ物屋さんがある。セルフも。駅近くは低価格の食堂なんかが集まるものなのだろう。駅をバックにパチリ。
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| D 食料品店 |
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ホテル近くの食品店。さっき、露店を見に行った際に大きなスーパーの袋を抱えた奥さんがでてきたことをチェックしておいたのだ。間口が狭くて、店頭に肉やハムが並んでいることから初めは肉屋さんかと思った。覗いてみると意外に奥が広く、さまざまな食品が売られている。ビールと1.5Lのファンタ・オレンジを買う。
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| D ホテル・サンジョルジョ |
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荷物をすべて部屋に入れ、地図だけ持って食事に行く。
食事場所の候補は旅行の準備段階で調べておいた。さまざまな雑誌とバックナンバーから選択したものだ。実は事前の準備の中でこの作業がもっとも疲れた。まず、「気楽に入れて、値段が安い」が条件。名前、営業時間、休
日、カード利用の可否、メニューなどの特徴、地図の掲載ページ、出典、おおざっばな地区分類に分けてある。それらの店の中でも優先順位をつけてランク分けした。事前に調べた店にこだわるつもりない。ただ、これらの店は、味はともかく、「気楽に入れて、値段が安い」ことをほぼ充たしてくれるので、利用する店に迷ったりする時間を省けるし、肩肘はらずに食事できるという安心感を持つのに役立った。
事前に一覧表にした料理店は90店。食事をした大半の店はその中に含まれる。ただ、困ったことに、ガイドブックの店の位置が正しくない場合が多い。特にJTB系の雑誌はだ。本ではせっかく写真入りで判りやすく紹介しているのに、肝心の現場でものをいう正確で判りやすいことが大切な元地図がまちがっているようでは、どれだけ注意して店の所在地を自分の使いやすい地図に転記したところで役にたたない。
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| D グッチ |
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目的はフィレンツェ風ビフテキ。トスカーナの肉料理が食べられる料理店を選択するが、1件目、2件目ともに探せない。思いきって川を渡る。その道すがら、ブランド通りを通ると、閉店時刻間際のグッチ本店が大盛況。裕子
サンは入ってみようと誘うが、克サンはお断り。そこで裕子サン1人で店の中へ。日本人客が大半で、限られた時間内にお気に入りを探そうとあせっているように見えた。ホントのところは不明。ただ、ツアーなど自由時間が少ない旅程の場合、買物は夕食前の時刻に偏るのかもしれない。ともあれ、僕らの買物は空いているときでよかった。
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| C リストランテ・ラ・ガッレリア |
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本日2回目のサンタトリニタ橋を渡ってサントスピリト地区へ。見つけたかわいいガレリアはレストランやピッツェリアのテラス席にもなっている。店先でメニューを見ていると、若い店員が笑いながらやってきて、日本の雑誌に載った記事を見せながら入るようすすめる。後から確認し直したら、リクルート社の本で紹介されていた。
テラスか店内かを聞かれた。ちょっと迷ったが、落ち着いて食事をするため中へ。四角くて広い店内にはたくさんのテーブルが並ぶ。僕ら以外に客はおらず、一番隅っこに座った。ボーイはテーブルにキャンドルを持ってきてくれた。
今回の旅行でリストランテと名がついた店に入ったのはここだけ。とはいっても、高級な感じはない。ボーイにしたって、給仕というより、普通のトラットリアやオステリアの兄ちゃんといった感じだし、だいたいが英語が通じない。じっくりメニューを眺めた。裕子サンは「フリッタータ(オムレツ)」という言葉を覚えてきたので、その文字をメニューの中に探す。フリッタータなんとかとトマトのサラダ、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(フィレンツェ風Tボーン・ステーキ) を注文する。
まず、フリッタータについて報告すると、確かに玉子料理ではある。しかし、例えていうなら高さがある丸い広皿に盛られた茶碗蒸しを想像すればだいたい正解。ただし、皿のまま焼いたらしく底がこげている。サラダはデリシャス。
さて、ステーキがでてきた。お兄ちゃんが、「焼き具合はこのくらいでいいか」と、肉を切って見せてくれる。表面は焼けているものの中は相当赤い。そこでもうちょっと焼いてもらったのが失敗だった。ステーキはかなり強い火で短い時間しか火にかけないようだ。だから再びでてきた現物は、表面が焼け過ぎの状態で、中はまだまだ赤い。食べてみると、飾りのない味がなんともいえずおいしい。最初にでてきたまま食べればもっと表面が柔らかくてよかっただろうと思ったがあとのまつり。どれだけ分厚くて大きなステーキだったかは写真のとおり。それが全部お腹に入ってしまった。ローマでも、今日の昼食でも言えることとして、「川向こうは安くておいしい」。このステーキが2人前でたった
E 13.50だった。
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| C バール |
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今日は、昨日ほどは歩いていない。しかし、結果的に同じ方向へ何度も足を運ぶこととなり、効率が悪かった。そのとき、そのときの目的に従って行動したのだから仕方ない。ヴェッキオ橋の店はとっくに閉店して、それぞれの店先を木と鉄を組み合わせた独自のシャッターで店全体を覆っている。
シニョリーア広場、ドゥオモ広場を通ってホテルへの帰路につく。フィレンツェ観光は終わった。バールの店頭で、お昼に見つけた、ティラミスのジェラートを頼む。2人とも同じ味の2段である。味はと云うと、確かにティラミスっぽいが不思議な味がする。おいしかったから、良しとする。
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| D ホテル・サンジョルジョ |
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明日はミラノへ移動するため、スーツケースの整理をする。今回の旅行に持参したスーツケースは2つ。72センチの大型のものと小さなタイプ。小さい方は裕子サンの荷物でいっぱい。大きい方は克サンのものが片面に入っており、もう片面は日本から持ってきたお
菓子などが入っているが、実質的にはカラである。今回はほとんどお菓子を食べなかった。また、フランスへ行った際に役に立った電気ポットも使わなかった。これは1キロはないもののかなり重い。しかし、パリではお湯がある安心感は大きかったので今度も持って行ったのだが、プラグが合わなくて使用できず。だからポットを使ってはインスタントの飲み物一杯すら飲めなかった。食事を充分取っているし、水さえあればなんとでもなるので特段の不便はなかった。
この晩、お茶を作った。方法はいたって簡単。水が半分入ったペットボトルを、洗面所に張ったお湯につけて温かくした後、ペットベトルの中に直接お茶葉パックを入れるだけ。このホテルのお湯は量があって、お風呂に入るための温度は問題ないが特別熱いわけでもない。時間をかけてつくったお茶を、リュックに入れて持ち歩く小ぶりのペットボトルに移す。イタリアでは日本にいるときの倍くらいの水分を補給した。
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