
-3- 青春THE WHOにはまってしまった私は、「TOMMY」に引き続き「さらば青春の光」を見ようと、情報誌を読みあさり、なぜか学園祭で上映されることを知り、世田ヶ谷にある大学に足を運んだ。大学名は、忘れてしまったが、夕刻屋外にスクリーンをはっての上映ということで、薄暗くはあったが、ハッキリ言って見辛かった。入場料はただだったが、交通費は無駄になった。いや、けっこう覚えているのだから想い出にはなったか。 その後、高田馬場にある映画館で上映されていることを知る。入り口にポスターがはってあったが、僕の目の前で、女子高生二人組がそれを奪い去った。少し腹が立ったが、気を取り直して映画に専念した。 原題を「QUADROPHENIA(四重人格)」という。1973年に発表されたアルバムの方は、原題通り「四重人格」と訳された。内容的には、さらば青春の光で間違いはない。先にも書いたが、60年代のイギリス、特に若者の文化が分かると、この話は理解しやすい。モッズとかロッカーズと言うと日本には、同名のロックバンドが存在したので、混同してしまいがちだが、明らかに違う。(ちなみに日本のモッズは、森山達也率いる博多出身めんたいロックバンドで、「激しい雨」や「TWO PUNKS」等のヒット曲がある。一方ロッカーズは、あの陣内孝則がヴォーカルをとっていたバンドです。) |
「さらば青春の光」の主人公ジミー ジャケットはシングルカットされた「5時15分」という曲です。何故、この曲がシングルかっとされたのだろう?もっといい曲があるだろうに!まあ、いいけど。 |
この映画のキーワードは「モッズ」だろう。いわゆるファッションには違いない。ライフスタイルといっても良いのだろうか。modernsの訛ったものだと聞いたことがある。 日本でもいろんなファッションが流行しては、消えていったりしているが、社会現象として記憶に残っているのは、1960年代から70年代にかけての長髪文化ではないだろうか。髪をのばしただけで不良というレッテルを貼られ、反社会的とみなされたらしい。今の40から50才代の方が詳しいのではないでしょうか。 たとえ同じものが再流行しても、それは力を持たないと思う。大人に理解されないからこそ反社会的なのであって、若者の文化として力を持つのである。 結局、モッズも大人に理解されない、若者独特の文化であったのだと思う。さらに「ロッカーズ」という反対勢力もあって、「モッズ」という文化は盛り上がってゆく。 暴走族などもそうだが、彼等一人一人は意外におとなしかったりする。映画のハイライトにもなっているが、ロッカーズとの乱闘シーンで「We are mods!」といって行進してゆく様は、かなりアグレッシブだ。 |
「俺達がモッズだというのは、わざわざモッズの流れを汲み取って、それに意識的に集中しようとしたからね。」 |
この映画の解釈はいろいろあるだろうが、「青春の蹉跌」というべき内容が正しい解釈に違いない。冒頭のシーンがラストシーンに繋がっていると考えれば、良く分かるだろう。ラストはいかにも自殺したように見えるが、崖から落ちていったのはスクーターだけだ。 仮に死という表現を使うならば、そこで死んだのは過去の自分であって、少し大人になった彼は、すごすごと坂を降りてゆく。それが冒頭のシーンだ。 しかし私は思った。彼のことは笑えないと。誰もが、彼は愚かだと思うだろう。それでも彼は彼なりにモッズであろうと必死だったし、モッズのヒーローになるべく努力をしたのだ。ただ彼が追い求めたものは幻想に過ぎなかったわけで、ピエロのようではあるが、真実の探究者として私は評価する。 それと共にうまくやってるやつらのいい加減さというものを見て、世の中とはそんなものかと思ったりもする。 |
Only love Love,Reign o'er me. 四重人格より「愛の支配」 |
私が東京に出てきた年、1981年にWHOは久しぶりにチャートをにぎわしていた。キース·ムーンなき後、ケニー·ジョーンズを向かえての初スタジオアルバム「FACE DANCES」のシングルカット「YOU BETTER YOU BET」がベスト20に食い込んできた。(ビルボード誌)この頃、寝起きには必ずこれだった。 先に戻るが、1981年は、WHOとであった年で、映画館に「TOMMY」と「さらば青春の光」を見に行き、少ないアルバイト代を「四重人格」その他のレコード代に費やし、古本屋に過去の音楽情報誌に載った記事を探しに出かけた。 1982年に入って、友達のバンドに参加した私であったが、81年の暮れから曲づくりを始めるようになった。この頃書いた曲のほとんどはWHOの影響を受けていた。ローリング·ストーンズのコピーバンドであったので私の曲など取り上げてもらえなかったが、メンバーのうち二人はTHE JAMのファンであったので、WHOに対しても理解があった。 WHOの話を続けていこう。82年はピート·タウンゼンドのソロアルバム「チャイニーズ·アイズ」が発表された。このアルバム、個人的には良く聞いた。正式なタイトルは「ALL THE BEST COWBOYS HAVE CHINESE EYES」という。のちにピートは私小説要素の近い短編集「四重人格」(原題 HORSE'S NECK)を発表するが、このアルバムにおいて、そういった感性が垣間見える。内ジャケ(中ジャケ)に書かれていたのは、いわゆるライナーノーツではなく、小説的な文章だった。もちろんTOMMY以降の作品を見ても、ただのロックミュージシャンではないと思わせるが、ここにきてぐっと顕著にあらわれている。 |
宣伝文句の「時代と戦う唯一のバンド」というフレーズが好きだった。 |
1982年、秋には「It's Hard」というアルバムを発表する。これが、THE WHOとして出した最期のスタジオアルバムとなった。 最期にきて「It's Hard」である。まるで敗北宣言とも受け取れるようなタイトルに少し悲しかった。歌詞を読んでも悲壮的ではあるが、その中にも今まで全力で時代と戦ってきた彼等の誇りが垣間見られる。THE WHOのファンでさえも過小評価するこのアルバムであるが、真剣に時代を見つめてきた証がここにあると私は評価する。 確かこの頃のピートのインタビューの中でこんなコメントがあった。 |
タイトルを訳すなら「きびしいぜ!」といったところかな? |
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